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漏れ出した何か
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506を訪問していた鈴木はどうも妙な胸騒ぎがした。確かに小一時間前に水漏れはしたそうだ。だが、それ以降は特に問題ないらしく、それは時折耳にする豪雨の際の換気扇からの吹き込み漏れを指すようだった。それでもそれは運悪く換気扇口に吹き込むような激しい風雨だった時くらいなもので、ここのところ晴れ続きのこのマンションで起こるはずがない現象だった。一応他の箇所も確認はしてみたが、問題はない。現時点では特に直すべき箇所も見当たらない以上、手の尽くしようがない。それでは再発したらすぐにまた連絡をください、ととりあえず住人に言い残して部屋を後にした。目に見えた被害がなかったからいいのだが、何だか引っかかる。おそらくこの分だと606でも特に何もないのかもしれない。ただ、幸い上の部屋は空き家だったはずだから、一度調整して、床下を確認してみてもいいかもしれない、そう考えながら鈴木は工具バックを持ち、非常階段へと向かう。たった1階分の移動となれば、エレベーターを待つよりも歩いた方が早い。廊下の端にある階段で606に向かっていると、つんざく様な悲鳴が聞こえた。6階からだ。
後数段だった階段を駆け上がり、その声の方向に目をやると女性が部屋から飛び出してきた。叫び声に驚いた近隣住民も外に出て来ている。
「どうしましたか?マンションの設備のものです。大丈夫ですか?」
「・・・こ、声が!声が!」
「声?声がどうかしましたか?」
「壁から・・・!声が、声がして・・・!」
心配そうに見に来た住人の1人に管理人を呼んでくれるように頼んだ。顔を上げて部屋番号を確認する。605
号室。この部屋は確か安倍が騒音連絡を受けていた部屋だ。ただこの怯え方は普通じゃないだろう。壁から声がするだなんて、もしかしてその通報と関係があるのだろうか。安倍の独り言、にこの反応はしないだろうと思いながらもとりあえずこの女性を宥めつつ、駆けつけてくれた管理人に彼女の対応を引き継ぐ。
あれ・・・?
この騒ぎで安部は何故出てこないんだ。他の部屋同様に飛び出してきてもおかしくないのに。ドアを閉めていても聞こえるような金切り声だったし、何より隣の部屋だ。何軒も様子を見る為に出て来ている程なのだから、聞こえないはずはない。
ガチャリ。
何かあったのかと思いながら、恐る恐る606のドアを開けると同時にじっとりとした汗が背中を流れた。あまりそう言う類は信じないし、分からないのだが、これは恐らくそうなのだろう。
ああ、一生分かりたくなかった感覚だ。足は鉛のように重く感じ、体は部屋に入る事を本能的に嫌がっている。つまり、この部屋では何か起こっている。金切り声よりも問題な何かが。
「安部くん!安部くん!いるんだろ?大丈夫か?」
返事はないものの、玄関に靴とカバンがある以上、ここにいるはずだ。どうにも入りたくはないが、仕方ない。咄嗟に死んだばあちゃんを思い浮かべて守ってくれと念じる。思い込みだろうが、それで歩が進められるなら今はそれで構わない。嫌な予感と気配はやはりその通りのようで、リビングに入るとその先に倒れている安倍が見えた。走り寄ってみると、クローゼットに頭を突っ込んだ状態で倒れている。そして何よりも頭からグッチョリとずぶ濡れで、心の底からゾッとする。
「・・・あ、安部!おい!」
呼びかけても返事はない。だが、それでも息はある。気絶しているのかもしれない。駆けつけたもう1人の管理人に救急車を要請した。うっすらと目を開けた安倍が譫言のように呟いた。
「雨がすごくて・・・山で・・・寂しい・・・」
そう言うと安倍はまた目を閉じた。
雨?何の事だ。どうしてしまったのか、何より、何故お前はずぶ濡れなんだ。これは、汗ではない。
その時ふっと雨に濡れた木の葉の匂いがして、こちらまで気を失いそうになる。そして気がついた。階下の水漏れ箇所はまさにこの下だ。
どう言う事なんだ・・・この水はどこから・・・?
・・・こっちです!この部屋とこの部屋です!
外から救急隊員を誘導する声が聞こえてきて、ストレッチャーが近づく音がする。トリアージで一旦安部が優先され、運び出されていく。隣室の女性も管理人から対応が引き継がれ、2人の管理人がその他の住人を宥めて部屋に帰した後、606に入ってきた。腰を抜かして座り込む鈴木を見て、ギョッとした2人は急いで問題のクローゼットに駆けつける。
ガタッ...
するとクローゼットの奥の板が音を立てて外れ、中から血のついた服と枯れ葉がバサリと溢れ出る。じっとりと湿ったその異物からは雨に濡れた森の匂いがして、明らかに空き部屋のクローゼットとは違う匂いだった。
3人は言葉を失い、動揺して、その場にへたり込んだ。それでもどうにかこうにか鈴木が意識を保って、震えた手で警察に連絡した。
空き部屋のクローゼットから、水が染み出してきて、その壁の奥から血まみれの服と枯れ葉が出てきたと。
通報を受けた近くの派出所から程なくして警官が2人やってくるも、その異質な空気に気が付き眉間に皺を寄せる。すぐに普通の状況ではない事を確認すると、無線で応援を呼び、10分も経つ頃にはその階の住人が改めて何事だと各戸のドアから覗き見る事となった。
一度に色々な事が一つの部屋で起こり、そしてその謎は一つも解決せず、ただ積み重なっただけだった。じっとりとした湿気を残したままに。
後数段だった階段を駆け上がり、その声の方向に目をやると女性が部屋から飛び出してきた。叫び声に驚いた近隣住民も外に出て来ている。
「どうしましたか?マンションの設備のものです。大丈夫ですか?」
「・・・こ、声が!声が!」
「声?声がどうかしましたか?」
「壁から・・・!声が、声がして・・・!」
心配そうに見に来た住人の1人に管理人を呼んでくれるように頼んだ。顔を上げて部屋番号を確認する。605
号室。この部屋は確か安倍が騒音連絡を受けていた部屋だ。ただこの怯え方は普通じゃないだろう。壁から声がするだなんて、もしかしてその通報と関係があるのだろうか。安倍の独り言、にこの反応はしないだろうと思いながらもとりあえずこの女性を宥めつつ、駆けつけてくれた管理人に彼女の対応を引き継ぐ。
あれ・・・?
この騒ぎで安部は何故出てこないんだ。他の部屋同様に飛び出してきてもおかしくないのに。ドアを閉めていても聞こえるような金切り声だったし、何より隣の部屋だ。何軒も様子を見る為に出て来ている程なのだから、聞こえないはずはない。
ガチャリ。
何かあったのかと思いながら、恐る恐る606のドアを開けると同時にじっとりとした汗が背中を流れた。あまりそう言う類は信じないし、分からないのだが、これは恐らくそうなのだろう。
ああ、一生分かりたくなかった感覚だ。足は鉛のように重く感じ、体は部屋に入る事を本能的に嫌がっている。つまり、この部屋では何か起こっている。金切り声よりも問題な何かが。
「安部くん!安部くん!いるんだろ?大丈夫か?」
返事はないものの、玄関に靴とカバンがある以上、ここにいるはずだ。どうにも入りたくはないが、仕方ない。咄嗟に死んだばあちゃんを思い浮かべて守ってくれと念じる。思い込みだろうが、それで歩が進められるなら今はそれで構わない。嫌な予感と気配はやはりその通りのようで、リビングに入るとその先に倒れている安倍が見えた。走り寄ってみると、クローゼットに頭を突っ込んだ状態で倒れている。そして何よりも頭からグッチョリとずぶ濡れで、心の底からゾッとする。
「・・・あ、安部!おい!」
呼びかけても返事はない。だが、それでも息はある。気絶しているのかもしれない。駆けつけたもう1人の管理人に救急車を要請した。うっすらと目を開けた安倍が譫言のように呟いた。
「雨がすごくて・・・山で・・・寂しい・・・」
そう言うと安倍はまた目を閉じた。
雨?何の事だ。どうしてしまったのか、何より、何故お前はずぶ濡れなんだ。これは、汗ではない。
その時ふっと雨に濡れた木の葉の匂いがして、こちらまで気を失いそうになる。そして気がついた。階下の水漏れ箇所はまさにこの下だ。
どう言う事なんだ・・・この水はどこから・・・?
・・・こっちです!この部屋とこの部屋です!
外から救急隊員を誘導する声が聞こえてきて、ストレッチャーが近づく音がする。トリアージで一旦安部が優先され、運び出されていく。隣室の女性も管理人から対応が引き継がれ、2人の管理人がその他の住人を宥めて部屋に帰した後、606に入ってきた。腰を抜かして座り込む鈴木を見て、ギョッとした2人は急いで問題のクローゼットに駆けつける。
ガタッ...
するとクローゼットの奥の板が音を立てて外れ、中から血のついた服と枯れ葉がバサリと溢れ出る。じっとりと湿ったその異物からは雨に濡れた森の匂いがして、明らかに空き部屋のクローゼットとは違う匂いだった。
3人は言葉を失い、動揺して、その場にへたり込んだ。それでもどうにかこうにか鈴木が意識を保って、震えた手で警察に連絡した。
空き部屋のクローゼットから、水が染み出してきて、その壁の奥から血まみれの服と枯れ葉が出てきたと。
通報を受けた近くの派出所から程なくして警官が2人やってくるも、その異質な空気に気が付き眉間に皺を寄せる。すぐに普通の状況ではない事を確認すると、無線で応援を呼び、10分も経つ頃にはその階の住人が改めて何事だと各戸のドアから覗き見る事となった。
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