あのクローゼットはどこに繋がっていたのか?

あろえみかん

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現場で安倍が感じた不穏

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安倍はコーヒーマシンの脇で部長とこの先の対策をどうするか相談していた。このまま第2報をとりあえず待つか、一度現地に行ってみるか。マンション群だから基本的に数日に一度は設備の人間が巡回している。そのスタッフについでに確認してみてもらうのもありだろう。ただ数日置いて問題ないかどうか、その判断が難しい。

そう頭を悩ませていると、隣の部署の泉が保留にした電話を回す為に、デスクを離れていた安倍に声を掛けた。

「安部さーん!さっきクフリードって言ってました?今水漏れって電話入ってるんですけど。」
「あ、え?水漏れ?とりあえず引き継ぐよ、回して。」

別部署に間違えて回された電話だったのだろう。これ自体はよくある事なのだが、同じ日に同じマンションで問題が何件も起こるのはそうそうある事ではない。

「お電話代わりました。施設管理安部です。...はい。水漏れ。壁伝いに上から水が流れてきている?...はい。川西のクフリードでよろしかったですか?...はい。何号棟の何号室にお住まいですか?...はい。6号棟の506号室。え?6号棟の506号室ですか?川西のクフリードの6号棟の506号室?...あ、いえ。分かりました。それでは設備の担当者を向かわせます。はい。今から人員を確認して、恐らく30分程度でお伺いできるかと思います。...はい。ご迷惑をおかけしております。...はい。では失礼致します。」

506号室って、606の下だよな、もちろん・・・。何だか妙に引っかかって、急いでもう一度地下の書庫で図面を確認してみるも、やはり騒音を発していると通報があった部屋と水漏れをしていると通報があった部屋は同じ、だ。移動しながら携帯で設備課に連絡を取り、誰かを回してもらえるようにする。

「設備ですか?川西のクフリード6号棟で水漏れだそうです...はい、至急今から出れる方いますか?...はい。それで問題なければ私も同行させていただきたいのですが...はい、分かりました。では5分後に駐車場で。」

急いで高梨部長に確認と取り、現場への同行を許可してもらった。どうしても気になる。同じ日に同じ部屋に対する連絡はほぼない。あれば何か重大な状況な場合である可能性をはらんでいる。念の為、先ほどコピーした階図面と部屋間取りをそれぞれ引っ掴んでカバンに突っ込むと、駐車場に急いだ。設備からはベテランの鈴木が出てきてくれていて、ホッとする。色々な現場をあたっているけれど、何だか今回は少し慌ててしまって、フォローが必要なスタッフだった場合は2人でがんじがらめになってしまうかもしれないと懸念していたのだ。とりあえず一旦心に余裕が出来たのは嬉しい。

幸い道路は空いていて、予定よりは早く着く事ができた。先に管理室近くで車を降ろしてもらって、鈴木は関係者用駐車場に車を停めに行く。ここのところは晴れていたから、雨漏りの線はないだろう。水道管などの水が通る管類の腐食は半年前に点検をした記録があったから、基本的には問題ないはずだ。そうなると、マンションでよくあるのは排水溝が詰まっていてそこに水を流して溢れ出して・・・と言うタイプか。ただやはり何をどう言っても該当の部屋は空き部屋だ。空き部屋の水道は部屋外の元栓から閉めている。入居時に居住者が開栓、退去後に設備課で閉栓しているはずだ。やはり引っかかる事が多すぎる。普通じゃない。

「こんにちわ。お疲れ様です。施設管理の安部です。設備の鈴木さんと6号棟の506と606の確認に来ました。506が上階からの水漏れらしいです。606の鍵お借りできますか?」
「お疲れ様です。6号棟の506と606ですね。じゃあこちらの入館届に記入お願いします。」
「...はい、書きました。あの、605から騒音案件が出てるんですが、何かこちらにも騒音で話来てたりしますか?」
「まあ多少はお子さんが飛び跳ねてうるさいとか、ピアノがうるさいとかはありますけど、一般的なものでどこの部屋って訳でもないですね・・・。そう言う類ですか?」
「いえ、物が落ちるほどに壁を叩かれたらしいんです。」
「あら、そんなに・・・?え、でも606って・・・」
「そうなんですよ・・・。最近内見って入った記録ありますか?あ、鈴木さん、先に506に行ってみていただけますか?部屋に住人の方いらっしゃるので、普通にインターホン鳴らしてください。私はこちらで記録確認して606に向かいます。」
「はい、了解~。じゃあまず506の現状確認行ってきますわ。」
「お願いします。あ、すみません。そうなんです。606って空き部屋ですよね・・・?」
「・・・はい。他の部屋からの音が響いてるって事もないんじゃないですかねえ。物が落ちるほどだし・・・。そこまで強いとなると普通は隣の部屋の可能性を考えますけど・・・。んーでも、最近は内見も入ってないんですよ。最後は半年前だし。」
「そうですか。では、私もそろそろ606に行ってみます。ありがとうございました。」

エレベーターで直接6階に向かいながら、何ともしれない嫌な気分を拭う事ができずにいて、できる事ならもうこのまま帰ってしまいたかった。ただ定時で帰るにはここを早急に済ませて事務所に戻るしか方法はない。そもそも自分で来たいと言って来たのだから、今ここで帰るわけにもいかない。水漏れがひどくなければ、そんなに大きい話でもないだろう。さっさと確認を済ませて帰ろうと思い直し、一度大きなため息をついてから、両手で頬をピシャッと叩き気合いを入れる。

たどり着いた6階は日中であっても静まり返っていて、遠くに街の喧騒が聞こえる程度。確かにこれだけ静かなら音が響きやすいかもしれないな、そう思いながら部屋に向かう。最初に電話があったのは隣の605か。玄関には表札もなく、ファンシーな傘が一本置かれているだけ。最近は自分も含めて玄関に名前を掲げる事は稀だ。だからこの部屋には特に問題はないかと思われる。ただやはり玄関を見ただけではあるが、玄関からしておかしい家と言うのも現実、存在する。だからまずは連絡があった部屋の様子を少しでも知りたくて、チラッと確認したのだ。こちらは一見普通、となるとやはり隣の空室を確認せざるを得ない。何もない事を祈りつつ、部屋の前に到着する。

606号室。

一見普通に見える。玄関前には当たり前に何もなく、見る限り普通の空き部屋だ。ドア上部の補助鍵を外して、恐る恐る部屋を開ける。何だかよくわからない、何とも言えない匂いがしている。1年も空き部屋だから、匂いがこもってしまっているのかもしれない。定期的に管理室に換気を頼まないと、内見に来たお客もこれではいい気分がしないだろう。日当たりがいい部屋だから変に空気が熱されてしまうのだろうか。

鈴木もそのうち上がってくるだろうからと部屋の鍵は開けたまま、そのまま持参したスリッパを履いてリビングにつながるドアを開ける。突然目の奥がツーンとし、ぐわんっと体が揺さぶられそうになった。

立ちくらみ・・・?

反射的に壁に寄りかかると、スッとその症状は引いた。きっと変な匂いで体がびっくりしたんだろう。やはりここは一度換気と場合によってはクリーニングしてもらった方がいいかも知れない。追って入ってくる鈴木もこうなってはたまらないと、まずはベランダ側の窓を開ける事にした。簡易でかけられているビニールのカーテンをずらし、掃き出し窓を開けると勢いよく風が部屋に吹き込む。これだけの風量があれば数分で部屋の空気は入れ替わるだろう。ここのところじめっとしていたから、やはり湿気やなんかがあの匂いの原因だった可能性が高い。

とりあえず水漏れの可能性がありそうな水場を見て回るが特に水が漏れている様子はない。一度外に出て水栓の確認をするが、こちらもしっかり閉まっている。となると、やはり配管だろうか。部屋の水道に問題がない事を確認した所で、騒音がしたとされる場所を確認してみる。そこはベランダに近い場所で折戸のクローゼットになっている。物入れが少ないマンションでは貴重なスペースだ。

水・・・?

折戸を引いたら、そこに水が見えた気がして、慌ててしゃがみ込んで確認する。するとその瞬間また目の奥がツーンとして、頭と体がぐわんっと揺れた。

ばたりと安倍はその場に倒れ込み、その体にじっとりと水がまとわりつく。まるで一滴一滴がその体と接触する事を望んでいるかのように。水などあるはずのないクローゼットの中から少しずつ少しずつ何かが漏れ出した。
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