あのクローゼットはどこに繋がっていたのか?

あろえみかん

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人気立地の不人気物件

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安倍は早速事務所地下の書庫に行ってクフリードの資料を探す。大抵の管理物件の資料はこの地下書庫に集められていて、図面や修繕履歴、関わった業者やトラブルの履歴など、各物件のあらゆる情報がここでは調べられる。棚は地域別に分けられた上で、マンション名であいうえお順に並べられている。

川西地区のクフリード、クフリード・・・あった。

クフリードは6棟からなるそれなりに大きい団地とも言えるマンション群で、駅近でありながら築年数の関係から値段が手頃で働き世代に根強い人気のあるマンションだ。基本的に分譲だが、一部賃貸もあり、大体分譲組と賃貸組の意識の差がトラブルの種になっている事が多い。今回も恐らくそんなところだろう。そう思いながらも前に騒音問題で階下の人が上の人を刺した事件が他県で起こった事を思い出した。他人事、そう思っていたら手遅れになる事もあると改めて自分に灸を据え直して、分厚いファイルから該当の階の見取り図と部屋の間取り図をそれぞれ割り出す。築年が古いものはまだまだ紙資料が多く、このマンションもその類だった。このまま写メを撮ってもいいのではとも思いつつ、従来の手順通りに該当の書類だけを抜き、付箋を残してから、コピーを取るために一度席に戻る。

関係資料をコピーしながら、印刷された拡大コピーを見て気になる事があった。該当と思われる場所に何か書いてあって、それを消した跡がある。原本を見てみると、強く消そうとしたのか、図面の紙が少し擦れている。跡はあるものの、判別できる程ではなく、消しているのならいいかとその時安倍は深く考える事はしなかった。

どちらも賃貸か・・・。

そして部屋の大規模修繕記録あり。どちらの部屋にしても一度はまるっと天井から床まで入れ替えた記録が残っていた。訴えてきている部屋はリビングにあたる場所で、音がしているとされる部屋は606号室のようだ。間取りを見る限り、ファミリー向けだろうか。角部屋で2LDKある。そしてその該当箇所はクローゼットだ。

もしかしてただ単に住人が何か物を強引に突っ込んだだけとか・・・?

1人探偵ごっこをしても疑念は晴れない。とりあえず出来る事をこなさなければ定時に帰れなくなってしまう。一度息を吐いて、気合を入れ直した後に同僚の木下に情報確認を頼んでみる事にした。わかる事を今は集める必要がある。

「木下さん、居住確認お願いできますか?川西のクフリード、6号棟、605と606。家族構成と居住年数教えてください。騒音案件です。」
「分かりました。少しお待ちくださいね。今調べちゃいますので。えっと、川西のクフリード。ん?606は空室ですね。605は女性1人でお住まい、居住年数は2年3ヶ月です。」
「空室?あれ、部屋番号見間違えたのかな・・・。図面で見ると605のこの壁から音がするなら、こっち側で該当の部屋は606なんだよな。んー・・・?606はいつ退去してます?」
「ちょうど1年くらい前ですね。」
「1年空き家って事?クフリードの角部屋で?」
「はい、そうなりますね。」
「そうなんだ。珍しいな。わかった。困ったなあ、空き部屋から騒音かあ・・・。」
「マンションだと意外と他の部屋って可能性もありますけどね。」
「でもドンってされて物が落ちたらしいんだよ。そこまでだとやっぱり隣っぽいよなあって思って。」
「あぁ、それは確かに・・・。でもそうは言っても住人はいないはずです。不法占拠とかされちゃってるのかな・・・。」
「いやいや、問題をより大きくしないで?怖いから。とりあえずじゃあわかった。ありがとう。」

女性1人・・・。

先ほど電話をしてきたのは男性だ。父親や彼氏・・・だったのだろうか。まあ確かに言いにくいからと相談されて、じゃあ言ってやると言うのはなくもなさそうだ。にしても引っかかる。このマンションは人気物件で、特に角部屋は空き次第すぐに埋まるはずだ。それに空き部屋ならどう音を出せるんだ。内見で人が入ってその時に何かあった可能性もないとは言えない。もしかすると、壁を叩いて確認するような客が見にきたのだろうか。部屋のリフォームで騒音が出た可能性も考えられる。実際に音が出たのは日中だと言っていた。それならば、と物件の履歴を確認するが、直近でリフォームが入った記録は残されていない。ハズレだ。では何だ、本当に不法占拠でもされているのだろうか。朽ち果てた廃墟ビルならいざ知らず、駅近のキラキラ系マンション群で玄関にはオートロックだって付いている。確かに全ての犯罪から身をを守れるとは思えないが、それでも抑止力にはなるはずだ。

何かが引っかかる。少しずつの何故と経験の間で何かが挟まって普段とは違う胸騒ぎがあるのだ。胸騒ぎと言うと少し大袈裟かもしれないが、何だかこう気になってしまう。それが何かわからないままに、図面と確認してもらった情報を元に報告書を作成する。とりあえず記録は残しておかないと、また電話があった時に無駄にトラブルを生んでしまう。取り急ぎ部内で確認出来るように速さ優先で書類を作成すると、チーム用の共有フォルダへと格納した。センシティブな内容が多いからこそ、この手間だけは省けない。安倍も今までに何度もこの共有文書に助けられてきたから、どんなに面倒でも要点だけはサッと記入できるようになっていた。それにしてもこの物件はどうしたものか。一旦コーヒーを淹れ直しに行きつつ、改めて部長に相談してみる事にした。
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