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第2章 変動

第11話ー① 旅立ち

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 剛が暴走してから、1か月が経過した。

 剛はあれから何も変わらず、未だに目を覚ますこともなく眠り続けている。

 そして今日の俺は、剛の様子を見るために研究所に訪れていた。

「1か月も経ったのに、やっぱり相変わらずか……」

 俺は眠る剛の顔を見ながら、そんなことを呟いていた。

 剛は小さく寝息を立てながら、眠っていた。

 こうしてみると、管に繋がれている以外は本当にただ眠っているだけなんだよな。

 そう思いながら、暁の表情は曇る。

「でも俺は、信じるって決めた。剛、俺はお前をずっと待っているからな」

 そう言ってから、俺は立ち上がる。

「じゃあ、俺はもう行くよ。研究所へ来たのは、もう一つ理由があるんだ」

 それから剛に微笑みかけて、俺は部屋を出たのだった。

 

 剛の部屋を出た俺は、研究所に併設されているカフェへやってきた。

「ここで待っていれば、いつかはきっと……」

 そう。実はもう一つ、俺はここでやるべきことがある。

 俺は注文したホットコーヒーを受け取ると、空いていた窓側の席に腰かけた。

「やっぱり連絡入れるべきだったかな……」

 俺は右手で頬杖をつきながら、そんなことを呟いた。

 そもそも毎日ここへきているとは限らないのに……。もしも今日会えなかったら、どうしようか。

 そんなことを思っていると、俺は背後から声を掛けられる。

「やあ、暁君。調子はどうだい?」

 振り返ると、そこには優しい笑顔で立っている白銀さんの姿があった。

「白銀さん!? あははは。俺は相変わらずって感じですね」

 そう言って、俺も笑顔で返した。

 それを見た白銀さんは安堵した表情をする。

 しかしまさかここで待っていて、本当に白銀さんと会えるなんて……と俺は正直驚いている。

 ――そう。俺がこの研究所へ来たもう一つの理由は、白銀さんに会うためだった。


「もう、大丈夫みたいだね。よかったよ」

「あの、白銀さん。あの時はありがとうございました。言われたことの意味、やっとわかったんです。だからずっとお礼を言いたくて」

「なるほど。ここにいれば、私に会えると思って、待っていてくれたんだね。ふふふ。お礼なんていいよ! 私も恩返しみたいなものだから」

「恩返し? それってどういう意味ですか?」

「今はわからなくていいさ。いつかその意味が分かるときが来るからね。じゃあ、私は仕事に戻るよ! またね!」


 そしてそう言った白銀さんは仕事へ戻っていった。

 もしかして白銀さんは、俺が研究所に来ていることを知っていて、わざわざ俺と会うためにここへ来てくれたのだろうか。

 ――それにあの恩返しの意味って何なんだろう。

 やっぱり白銀さんって不思議な人だな……。

 俺はそんなことを思い、白銀さんが去っていた方を見ていた。

 まあとりあえずは今回の目的も果たしたことだし、そろそろ施設に戻ることにしよう。きっとみんなが俺の帰りを待っているはずだから。

 そしてコーヒーを飲み干した俺は、施設に戻っていった。



 施設に戻ると、ちょうど昼食の時間だったため、俺は食堂に直行した。

 食堂に着くと、生徒たちはそれぞれで食事を楽しんでいた。

 俺の姿を最初に見つけたいろはが俺に駆け寄り、声を掛ける。

「センセー、おかえりー! 剛の様子はどうだった?」
「ただいま。相変わらずだったかな。でも顔色は良さそうだったぞ!」
「そっか……」

 俺の言葉を聞いたいろはは、少し心配そうな表情をしていた。しかしすぐに首を横に振ると、俺に笑顔を見せる。

「きっともうすぐ目を覚ますよね! アタシらが信じなくちゃだもんね!」

 いろははそう言ってから、自分の食事の置いてあるテーブルに戻り、食事を再開した。

 いろはもちゃんと剛の事を信じて待っているんだな。生徒同士の見えない絆ってやつできっと繋がっているんだろう。
 
 そんなことを思い、俺は小さく微笑んだのだった。

「先生、こっちで一緒に食べよう」

そう言いながら、マリアが俺の目の前に現れる。

「ああ、わかった」

 俺が笑いながらマリアにそう返すと、マリアはそんな俺の右手を掴み、席へと誘導する。

 なんだか迷子センターに連れていかれる子供の気分だ。

 そんなことを思いつつ、俺はマリアに手を引かれ、そして結衣が座っている席の隣に座らせられた。

「じゃあ先生が好きなから揚げ、取ってくるですよ!」

 俺が席に着くのと入れ替わるように、結衣が俺のために食べ物を取りに行ってくれた。

「ありがとな、結衣!」

 それから食事を始めた俺の席の周りには、生徒たちが集まっていた。

 そして楽しそうに話しかけてくれる生徒たちの姿を見て、俺はとても幸せな気持ちになった。

 ……今回の剛の一件で、俺は教師を辞めるかどうかを本気で迷った。

 このクラスの生徒たちにはもう俺なんて必要ないんだって本気でそう思ったから……。

 でも奏多たちが教えてくれた。必要かどうかなんて考えなくっていいって。

 だから俺は俺の今できることをしようって思えたんだ。

 俺は生徒たちと過ごすこの時間を大事にしたい。一緒に過ごすこの時間が、俺にとってはかけがえのないもので、俺の幸せなんだからな……。

 俺はそんなことを思い、顔が微笑んでいた。

「先生、なんだか嬉しそうだね?」

 笑っている俺の顔を見て、キリヤがそう言った。

「そうだな。みんなと今を過ごせて、俺は幸せだからな」

 そして俺の言葉を聞き、その場にいる生徒は笑顔になった。

 本当は剛もここにいてくれたらとは思ったけれど、あいつは今、自分と戦っている。

 だから剛が戻って来るまで、あいつが好きだって言ってくれた場所であるように、俺はここを守っていくだけ……。

「ほら、昼休憩なくなるぞ? ご飯を食べたら、午後の授業があるんだからな!」
「「はーい」」

 それから昼食を済ませた俺たちは、午後の授業を始めたのだった。



 授業後、教室にはまゆおと俺だけが残っていた。

 学習ノルマを終え、机上の片づけをするまゆお。

 そんなまゆおを見ながら、俺はキリヤから聞いたことを思い出す。

 確か……まゆおの言葉に生徒の心が動いたんだって、キリヤは感心していたな。

 あのいつも怯えていたまゆおが、そんなことをやるなんて……。

 俺はしみじみと嬉しくそう思い、一人頷いていた。

 そんな俺を怪訝そうな顔で見つめるまゆお。

「先生? 何かあったんですか?」

 その表情のまま、まゆおは首をかしげて俺にそう言った。

「最近、まゆおは変わったなって思って」

 俺がそう告げると、困ったような顔をするまゆお。


「そ、そうでしょうか……自分ではわかりません」

「自分の変化には自分が一番疎いものさ。まゆおの言葉とか行動とか、俺が初めて会った時よりも良い方向に変わっていると思うぞ」

「……」


 俺の言葉に、俯くまゆお。

 しかし俺はそんなまゆおを気にせずに、話を続けた。


「俺が剛のことで研究所にいるときに、まゆおの一言がみんなの不安を取り除いたって聞いたんだ」

「ぼ、僕なんて、そんな……」

「ありがとな、まゆお。助かったよ」


 その言葉をきいたまゆおは恥ずかしそうに顔を赤らめて、ゆっくりと顔を上げる。

 そして照れ臭そうに笑いながら、頬をかいた。

「先生やいろはちゃんのおかげ、ですかね。僕の方こそ、ありがとうございます。先生、これからもよろしくお願いします!」

 そしてまゆおはそう言って、教室を出て行った。

「まゆお、嬉しそうだったな」

 俺はそんなことを呟き、「ふっ」と微笑んだ。

 それにしても、まゆおは本当に明るくなったと思う。「ありがとう」って、あんなに素直に言えるようになるなんてな。

 そんなまゆおの成長に俺は嬉しく思いつつ、荷物を手に持った。

「さて、俺も戻るかな」
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