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第2章 変動

第14話ー⑤ ほんとうのじぶん

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 僕がマリアの部屋にきてからかなり時間が経過していたが、未だに何かが起こる気配はなかった。

 そして僕が時計に目をやると、まもなく日付が変わろうとしてるところだった。

「何も起こらないね……」

 僕がそう言うと、マリアは答えた。

「今日はこのまま何も起こらないのかも」
「毎日起こるわけじゃないんだね」
「うん。一昨日は何もなかったし。今日はそういう日なのかも」
「そっか。それじゃあ、今日はもう帰ろうかな。明日も授業があるしね」

 そして僕は立ち上がり、自室に戻ることにした。

「じゃあおやすみ、マリア」
「うん。ありがとう、キリヤ。おやすみ」

 そう言ってから僕は部屋を出た。

 真っ暗な廊下を歩き、僕は自室に向かう。

 こんなに真っ暗な廊下なら、何か変なものに遭遇してもおかしくないかも……

 そんなことを思い、僕は歩いていると。

 ガチャン……ガチャン……

「え……今のって……」

 何かが壊れる音が聞こえた。

 ……ガチャン……ガタガタ

「どこから聞えるんだろう?」

 そして僕は廊下を歩き回り、音の出所を探る。

 真っ暗な廊下で音だけを頼りに進み、僕がたどり着いた先は……

「ここって……」

 扉の表札には、『糸原』と書かれていた。

 優香の部屋は他の女子よりも少し離れた場所にある。

 確かにここから音がしても、何が原因かなんてわからないのも納得かもしれない。

 ドドドド……ガタン、ガタン。

「一体、優香に何が……」

 そして気になった僕は扉の前に座り込み、扉の隙間に手を当てる。

 するとそこから蔓が伸びて、優香の部屋の中に入っていった。

 僕は蔓を伝い、優香の部屋の中を覗き見る。

「これは……」

 僕はその部屋の様子を見て、とても驚いた。

 部屋の中はそこら中に物が散乱しており、髪を振り乱しながら手に持つものを壁や床に投げつけている優香の姿が見えたから。

 そして優香は小さな声で何かを言っているようだった。

「……いと」
「よく聞こえないな……」

 僕は蔓に力を集中させて、耳を澄ませた。

「うまく、やらないと。私はまた……」

 うまく、やる……? 僕は優香のその言葉の意味が分からなかった。

 それから優香は少しだけ落ち着いたのか、その場に座り込む。

 しかしその姿はとても辛そうだった。

 いつもの笑顔からは想像できないほどの不安と恐怖に満ち溢れる顔。

 このままでは、優香が壊れてしまうと僕はそう感じた。

 それから僕の身体は勝手に動いていた。そして気が付くと優香の部屋の扉を開けていたのだった。

「え……桑島君!?」

 いきなり開いた扉から、キリヤが現れたことに驚く優香。

 そして僕は自分のしてしまったことの重大さに気が付く。

「あ、これは……その」

 それから焦った僕は優香の部屋に入り、扉を閉める。

「不法侵入ですよ!!」

 普段は温厚な優香が、珍しく声を荒げて怒っていた。

「でもなんか……一人にしちゃいけないと思ったから。ごめんね」
「早く、出て行ってください……」

 僕は優香の言葉を無視して、部屋の状況を見る。

「これ、何……」
「何でもないです」
「何でもなくないだろ」
「部屋の片づけをしようとしただけです」

 そう言って目をそらす優香。

「昨日の夜も?」
「ええ」
「なんで本当のことを言わないの?」
「本当に掃除をしていただけです。もう早く出て行ってください!」

 優香は大声を出して、そう言った。

 こんな部屋の状況を見て、これが掃除中だって思える人がいるのなら、ぜひお目にかかりたいものだ。

 優香はずっと無理をしてきたんじゃないのか……。

 今の優香の姿を見て、僕はそう思った。

「本当は優等生でいることにストレスを感じているんじゃないの? そうじゃなきゃ、物に当たったりしないだろう? さっき、見ていたんだ。君がここにあるものを投げつけるところを」
「!?」

 僕の言葉を聞いた優香は、ひどく動揺していた。

「ごめん。僕の能力で、さっき部屋を覗いていたんだ」

 優香は拳を強く握り、不安な表情になる。

「……最低」
「どうしてこんなことに?」
「……」
「優香?」

 僕は覗き込むように、優香に問う。

「……ばれちゃったなら、仕方ない、か。」

 そして優香はゆっくりと口を開くと、話し始めた。

「私、皆に嫌われたくないの。だからいい子でいなきゃいけない。いい子じゃないと、私はまたみんなに嫌われちゃうでしょ。私はもう同じことを繰り返したくない。だからたくさん我慢するの。本当の私のことなんて、誰も好いてくれないから」

 優香は笑顔でそう言いつつも、その笑顔にどこか悲しさを感じた。

「ほんとは言ってやりたいことがたくさんあるけど、でも私は言わないよ。だって私はみんなに好かれるいい子でいないといけないから」
「なんで本当の自分が好かれないって思うの?」

 僕のその問いに何かを思い出すように優香は答える。

「だって今までそうだったから。私が悪い子だったから、お母さんもクラスの子たちもみんな私を嫌いになった。みんなの都合のいいように生きられない私には価値なんてない……」

 そう言って優香は俯く。

「価値……?」
「私は必要ない存在なんだよ。だから誰かの都合のいい存在でいなくちゃ、生きている意味なんてない。本当の私なんて、誰からも求めてもらえない……存在する意味なんてないんだよ!!」
「優香……」

 優香はきっと本当の自分を見てほしいんだ。でも過去の経験からそれを出すことを恐れている。だから偽りの性格で優等生を演じ続けて、それでこんなに苦しんでいるんだ。

 ――このままじゃ、ダメだ。優香が壊れてしまう!

 そう思った僕は俯く優香を見ながら、

「優香。君のその考えは間違ってるよ……」

 そう告げた。
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