スターチスを届けて

田古みゆう

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13.3月20日

13.3月20日 p.7

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「な、なんで? 悪い。手痛かったか?」

 浩志は慌てて掴んでいたせつなの手を離した。せつなはフルフルと頭を振って応える。

「なぁ? どうしたんだよ」
「……お母さん……」

 消え入りそうなほど小さな声で呟かれたその単語を浩志は聞き漏らすことなく受け取ると、その先を促した。

「母ちゃんがどうした?」
「せつな……お母さんのこと……今まで忘れてた」

 そう言いながら大粒の涙をこぼし本格的に泣き崩れてしまった少女を、浩志と優は何とも言えない表情で見つめることしかできない。中庭には、せつなのしゃくりあげる声だけが寂しげに響く。その声を聞き咎め、その場へやって来る者は誰もいない。

 どれだけの時間そうしていただろうか。せつなのしゃくり声が小さくなった頃を見計らって、優はせつなの背中に優しく手を置いた。そして、トントンと一定のリズムを刻みながらその背中を軽く叩く。せつなは、優に甘えるように彼女の胸に顔をうずめた。その様子はまるで小さな子をあやすようで、姉と妹、もしくは母と娘のように浩志には見えた。

「大丈夫?」

 優しく問いかける優の声に、せつなは彼女の腕の中でコクリと頷く。始終その様子を困り顔で見つめていた浩志は、一人安堵のため息を漏らした。自分だけではおそらく手に余したであろうこの状況を、優が慌てることなく対応してくれたことに浩志は心底感心していた。

「せつな……ごめんな」

 浩志が控えめにせつなに声を掛けると、せつなは優の腕の中でフルフルと頭を振った。

「成瀬くんは、何も悪くない。ただ、突然お母さんのことを思い出しちゃって……」
「どういうことだ?」

 浩志は首を傾げる。そんな彼に、優は少女の背中をさすりながら自分の見解を述べる。

「たぶんだけど。今のせつなさんは、自身を形作っている物、つまり、学校と花と制服。これに紐づけされている意識のみを表層意識として捉えているんじゃないかな」
「紐づけ? 表層?」
「そう。せつなさんは病床で強く願った心の一部。あの写真の日のことを強く思ったからここにいるんだよね?」

 確認するように優に視線を合わせられた浩志は小さく肯く。せつなも優の腕の中で肯いていた。二人の反応を確認して優は再び口を開く。

「その思いの中には、家のことや、残念だけどお母さんのことは含まれていなかったんじゃないかな。もしかしたら、お母さんやお父さんを思って他にもせつなさんのココロノカケラがどこかに散らばっているのかもしれない」
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