推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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番外編 きみに、心ほどかれ(5)

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「これどうぞ」

 彼女の手の中にはいちごミルク飴が1つ。

 彼女の意図が分からず戸惑っていると、彼女はとんでもない秘密を打ち明けるかのように、俺の耳元に口を寄せて囁いた。

「蓮は、この飴が大好きなんですよ」

 いたずらっ子のような表情で笑う彼女に、俺は面食らってしまった。そんなこと初めて知った。……というか、何情報だそれは? 俺の知るあいつは、飴なんかで喜ぶような男じゃない。そんな可愛げのある奴ではないのだ。

 だけど、彼女はとても嬉しそうに言う。

「蓮が好きだって知ってから、持ち歩くようにしているんです。不意に蓮に出会うなんて幸せイベントに遭遇しても、すぐに渡せるように」

 無邪気にそう言う彼女の様子に力が抜ける。

「そっか。いつか渡せるといいね」

 思わず頬が緩んで、そんな言葉が口をついて出た。

 俺は彼女の想いのお裾分けを受け取ると、包み紙を開いて小さなピンクの飴をポイっと口へ放り込む。久しぶりに食べたいちごミルク味の飴は、甘酸っぱくて優しい味がした。

 今度蓮に会う時は、いちごミルクの飴を差し入れしよう。この熱心なファンの女の子の代わりに。自然とそう思えた。

 彼女は、俺の視線が上がったことを確認すると、そっと立ち上がった。

「それじゃあ、私はそろそろ」

 俺も一緒に立ち上がる。その拍子に、膝からペットボトルとハンカチが滑り落ちた。俺がそれを拾い上げているうちに、彼女はその場を立ち去ってしまった。

 なんてことのない出来事だった。名前も何も知らない女の子とのひと時。だけど、それは俺の心に確かな変化をもたらした。

「努力……してなかったわ」

 俺にはまだチャンスがあるだろうか。いや、あると信じたい。適当に流されていては生き残れない世界だ。俺には立ち止まっている暇なんてなかった。

 あいつらは、俺よりも一歩先にいるけれど、それでも努力し続ければいつか追いつけるだろうか。……いや、追いつくんだ!

 そんな想いを胸に、それからの俺は真剣に仕事に打ち込むようになった。歌もダンスも演技も全て全力。少しでも自分の糧になるように。未来の俺に繋げられるように。

 俺はあいつらに追いつけるのか、追い越せるのか。はたまた、そんな日は来ないのか……。それが分かるのは、まだもう少し先のこと。努力の先に答えがある。

 俺が前を向いたことで、蓮たちとの溝は少しずつ修復されていった。

 あれから数年が経ったーー

 あの時のあの子のことは、ずっと忘れずに俺の心に残っていた。
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