クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

文字の大きさ
110 / 155

むかし歩いた道(5)

しおりを挟む
 私は少し考える。特に予定もなくブラブラとしていただけなので、これといって目的はない。

 だからと言って、このままシロ先輩と別れてしまうのは惜しい気がした。仕事で毎日会っているのにそんなことを思うなんて、私の気持ちは自分で思っていた以上に重症らしい。

 どうしたものかと迷っていたら、しびれを切らしたのか、シロ先輩の方から口を開いた。

「この辺って、カフェとかねぇの?」

 そうか。その手があったかと、私の頬が思わず緩む。しかし、それはそれで問題であることに思い至る。

(でも、シロ先輩をどこに連れて行けばいい?)

 この辺りにはカフェと呼べるような場所はない。昔からある喫茶店は少し歩けばあるが、そこは近所の主婦の憩いの場所となっているようなところで、デートをする雰囲気ではない。それに、もしも、近所の人にシロ先輩と一緒にいるところを見られたりしたら、近所でどのような噂が飛び交うか、わかったものではない。そう思うと不安がよぎる。

 グルグルと考え込んだ末に、私はとんでもないことを口走っていた。

「あ、あの。シロ先輩が良ければ、うちへ来ませんか?」

 言ってから、自分の発言にハッとする。

(しまった! 私、何言ってんの?!)

 自分の迂闊さに頭を抱えたくなった。いくら何でも、いきなり実家に誘うなんて、引かれてもおかしくない。恐るおそるシロ先輩の様子を窺うと、これでもかと言うほどに目を見開いて固まっていた。シロ先輩の反応を見て、私は慌てて言い訳を口にする。

「いや、あの。この辺りってカフェとか無いんですよ。なので、お茶をするなら家しかないかなぁと思って……。あ、でも、シロ先輩にも予定がありますよね? 何かの用事でこの辺りへ来たって言ってましたし……」

 あたふたと言い募る私の言葉を遮ったのは、プッと吹き出したシロ先輩の笑い声だった。一体どうして笑われているのかと、困惑しながらシロ先輩を見ると、おかしさを堪え切れないといった様子で肩を震わせている。

 ひとしきり笑った後、ようやく落ち着いたシロ先輩は、まだ収まらない笑みを浮かべたまま私を見た。それから、フッと表情を和らげると、優しい声で言った。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、シロ先輩は私から少し離れ、ポケットからスマホを取り出した。どこかへ電話をかけ始めたシロ先輩の後ろ姿をぼんやりと見つめながら待っていると、程なくして電話を終えたシロ先輩が戻ってきた。

「さ、お前んちに行こうぜ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

処理中です...