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ファンタジー
女装男子は女性騎士団長に見初められる。③
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「じゃ!これ、お願いね!!」
ドサッと渡された洗濯物。
その量に驚いた。
だって、これが1日分だと言うのだから。
第二騎士団の3日分ぐらいある。
クーは血相を変え、大タライいっぱいの洗濯物を抱えて水場に走った。
急がなければならない。
どんなに量が多くとも、最低でも午前中に洗い終えなければならない。
洗濯を終えるというのは、日が高いうちに干して乾燥させて取り込んで、畳む所までが1セットだからだ。
パパパっと洗濯物を仕分けていく。
汚れの酷いものはつけ置き、そうでないものをどんどん洗っていく。
「あら、手際が良いじゃないの、アンタ!!」
シーツなどの大物を洗っている年配の女性がそう言って笑った。
それに少し困ったように笑い返す。
一応は貴族の息子。
なのにクーは、第二騎士団の中でこの手の仕事をさせたら右に出るものはいないのだ。
「その様子じゃ、教える事も手伝う必要もなさそうだねぇ~。」
クーは顔を上げ、満足気に微笑む女性に微笑んだ。
だがな手だけは絶対に休めない。
しかし……。
「……??」
洗っていて、たまに小さな布や変わった形の布が出てきた。
とにかく細かい事に拘っている場合ではなかったので無心に手を動かしていたのだが、その数が多い事や、第二騎士団では見かけない事から、ふと、なんだろうと持ち上げてしまったのだ。
「♭♢彡♪✩】]〈彡♢っ?!」
それを見てしまったクーは固まった。
ボンッ!と音がしそうなくらい、一気に赤面した。
「どうしたの?……あ~それね!!あはは!!見た事ないのかい?!」
コクコク頷きながら、ヒイィィィとばかりに手を離した。
それは見た事のないモノだったが、形状的に何かは理解できてしまった。
「まぁ、アンタ、ぺったんこだもんねぇ。必要なかったんだろうけど……。ふふっ。しかもマッハ様のだから、一番デカイやつだよ、それ!!」
動揺するクーを女性は豪快に笑い飛ばした。
真っ赤になってぷるぷる涙目になるクー。
さ、触ってしまった……。
女性の下着に、触ってしまった……。
これって……下手すると、死罪?!
婚姻どころか婚約もしていない女性の下着を触ってしまったクー。
赤かった顔は見る間に真っ青になっていく。
「ヤダ、アンタ、大丈夫?!」
「す、すみません……。」
「そんなに驚かなくても……。」
クーが男である事は誰にも知られてはならない事だ。
だが、だからといって女性の下着を触っていいとは思えない。
「お、お願いです!!そちらのシーツ等も私が洗いますので!!下着類だけは変わって頂けないでしょうか?!」
「……いいけど、何で下着がいやなんだい?男連中だと数日履いてて臭くて触るのも嫌な事はあっても、ここの騎士様たちは毎日取り替えてらっしゃるし、あんなにもお美しいってのに??」
「だからです!!美しく崇高な騎士様達の大切な部分に触れてしまっていると思えて、恐れ多くてとても洗えません!!」
「変わってるねぇ??あ~でもそうか……。スラムから拾ってもらったんだっけ?アンタ?」
「はい……。」
「まぁ、あっちで育ったんなら、貴族に対する畏怖みたいなのは、アタシらより強いだろうしねぇ~。どれ、貸してみな!!」
「ありがとうございます!!」
「いいっていいって。アンタ、なかなか手際もいいし。下着ぐらいで手間取られても困るからね。」
「ありがとうございます!!」
こうしてクーは、何とか危機を脱した。
しかし、そんなやり取りを物陰から誰かが見ていた事をクーは知らなかった。
「……どうされたんです??」
夕方、洗濯物を畳み終えたクーがお茶を一杯貰おうとキッチンに行くと、下女達が困り顔で集まり何か話している。
思わず声をかけると、皆が振り向いてため息をついた。
「……納品されるはずだった肉が、半量しか届かなかったんだよ……。」
「皆様、肉は必ず召し上がるからね……。かと言って人数に合わせて肉を小さくしたら、メインにならないし……。」
近づいて覗き込むと、それなりの量の肉がある。
しかし確かにこれをステーキなどにしてそのまま出したのでは、メインとしては不満が出るだろう。
貴族のディナーなら許されても、ここは騎士団詰め所。
女性であってもそれなりにガッツリと食べなければ身が持たないだろうし、何より厳しい鍛錬の癒やしが食事なのだ。
我慢を強いればストレスが溜まってしまう。
「……余裕のある食材はありますか??」
「あるけど……。」
「ジャガイモぐらいだよ。」
「腹は膨れるだろうけど、付け合せの芋を増やしてお出しするのは……ねぇ??」
クーはキョロキョロとキッチンを見て回る。
調味料の類は豊富だ。
第二騎士団なんかより品揃えがいい。
ハーブや香辛料なども揃っている。
「……あ!!このパン!!」
「そりゃ駄目だよ、クー。2日前の堅くなったやつだ。スープに浸して食べるにしたって硬すぎるし、美味しくないよ。」
「硬くていいんです!!」
クーは目を輝かせた。
じゃがいもと豊富な調味料と香辛料、そして古くなって硬くなったパン。
これがあれば「アレ」が作れる!!
「アレ」ならメインにしても騎士たちの心とお腹を満たしてくれるはずだ。
「あの!!私に考えがあります!!」
クーは自分の考えを皆に伝えた。
執務室で仕事をしているネヴァンは、ふっと香った香ばしい香りに顔を上げた。
何だろう、とても美味しそうな匂いだ。
そういえばそろそろ夕食の時間だ。
ふっと気を抜くと周りの音が耳に入り、パタパタと皆が楽しそうに食堂に向かう足音が聞こえる。
皆、この匂いに誘われて、楽しみで仕方ないようだ。
「……そういえば、今日来た……クー?だったか……。何も私の耳に入らないという事は、十分な働きをしてくれたのだろう。」
そう思って、ふっと笑う。
怯えきった子犬のようだったのに、自分を見上げてきた瞳は敬愛に満ち、うるうるしていて何となく放っておけない気分にさせられた。
「ふふっ。アイツが約束を守って人を寄越すから、いったいどんな人物かと思えば……。」
今時、あんなにも純朴な娘も少なかろう。
遠いテネデールから来たのだ。
まだこの王都にも不慣れだろうに、懸命に働いているのだと思うと何かしてやりたくなる。
もし周囲や本人が希望するなら、このままアルテミスにいてもらおう。
いくら仕事ができるからと言って、クーの様な年頃の娘が第二騎士団の詰め所にいるのは彼女の身が心配だ。
「……って、まだ一日目だな。」
早々にその事を手紙にしようとペンを取っていた自分に少し驚く。
ミネルバではないが、今はまだ猫を被っている可能性はある。
「ふふっ。あの愛らしい子犬が……猫をかぶるのか……可愛さ倍増だな……。」
そんな妙な考えになってしまい、くすくす笑う。
自分も早く食堂に行き、その姿を確かめたいが、早めに片付けなければならない仕事がある。
ネヴァンは深呼吸をしてその美味しそうな匂いを胸いっぱいに取り込んだ後、再び机に向かった。
「おい!!マッハ!!それは私のだ!!」
「早い者勝ちだもんね~!!」
ミネルバとマッハが揉めている。
クーはそれを苦笑いしながら見つめていた。
男性でも女性でも、騎士団って変わらないんだなぁ~。
そんな感想を持った。
そう、アルテミス騎士団の女性騎士たちはよく食べた。
それはもう、気持ちいいほどよく食べた。
クーは美味しそうに食べてくれる彼女たちを見つめ、とても幸せだった。
「ミネルバ様!次のが揚がりますから!!」
「……む、そ、そうか……。」
「じゃ!クー!!アタシにも一個ね!!」
「マッハ?!」
「も~!!マッハ様!食べすぎです!!他の方が食べれないですよ?!」
「だってこの……クロケット?!とか言うの!スゲー旨いんだもん!!」
「そんなに喜んで貰えて良かったです。ご希望でしたら、またお作りします。」
「マジマジ?!約束だぞ?!クー!!」
「はい。」
その場でどんどんコロッケを揚げながら、クーはマッハに微笑んだ。
あんなにも怖かったのに、コロッケを美味しい美味しいと食べてくれて、とても嬉しかった。
「そういえばミネルバ様……。団長様のお姿が見えないのですが、今夜は会合か何かでお出かけですか??」
「いや、ネヴァンは執務室で仕事をしている。」
「……え?!」
「私も何度も、食べる時はきちんと食べろと言っているのだがな……。聞き入れてくれなくてな……。」
少し寂しそうなミネルバ。
冷淡でキツいミネルバだが、それは誰よりも団長であるネヴァンを思っての事なのだとクーは理解した。
そっとそんなミネルバの皿に、コロッケを二個乗せる。
「!!」
「お疲れ様です。副団長様。」
それに嬉しそうにしながらもミネルバはツンっとそっぽを向いた。
「……そんな事をしても、近いうちにお前の化けの皮を剥いでやるからな。覚悟しろ。」
「ええぇぇぇぇぇぇ?!」
「なら、クー!!アタシにもクロケットくれ!!そしたらミネルバからこのマッハ様が守ってやろう!!」
そう言ってマッハは揚げ物トレーからコロッケを掻っ攫う。
それにミネルバが青筋を立てて怒っている。
「あはは。」
「え?!あの、いつもこんな感じなんですか?!」
「そうだね。人気のあるメニューの時はこんな感じだよ。」
「それよりクー、変わるから少し休みな。」
「あ、それじゃ、一つお願いがあるのですが……。」
申し訳なさそうに話すクー。
それに年配の下女たちは顔を見合わせ笑った。
トントントン……と、下手をしたら聞き逃してしまうほど控えめなノックが執務室に響いた。
ネヴァンは顔を上げた。
「誰だ?」
「す!すみません……クーです。あの、第二騎士団団長様からの紹介の……。」
「クー?どうした?入ってくれ。」
こんな時間にやってくるとは、クーは問題を起こさなかったようだが、こちらの人間に何かされたのだろうか?
ネヴァンはキリッと顔を引き締めた。
「し、失礼します……。」
「どうしたのだ、クー?何か不都合があったか?」
「いえ!滅相もない!!皆さん親切にして下さっています!!」
「ではどうした??」
「あの……これを、届けに……。」
見るとクーはバスケットを抱えている。
ふわっとあの、香ばしい匂いが部屋の中に漂った。
「それはもしかして夕飯か??」
「す!すみません!!出過ぎた事を!!」
怒ってもいないのに縮こまるクー。
そんなに怯えられると悲しくなってしまうとネヴァンは思った。
「怒ってはいないよ、クー。むしろ、気にかけてくれてありがとう。」
そう言うと、パッと顔を上げる。
あの、キラキラした嬉しそうな子犬の目だ。
……可愛い。
そんな言葉がネヴァンの頭に浮かんだ。
しかしすぐにハッとしてその考えを頭から振り払う。
「ちょうど少し休憩したかったのだ。」
「ではこちらのテーブルにご準備しますね。」
ネヴァンが食べてくれるとわかって、クーはルンルンで軽食の準備をした。
仕事中でも食べやすい様にと作ってきたのだ。
「……これは??」
「クロケットサンドです。」
「クロケット??」
「はい。ひき肉とマッシュポテトをまとめて揚げたものを、パンに挟んだものです。お仕事中との事でしたので、片手で摘めるようにと思いまして……。」
香ばしいいい匂いの正体はこれかとネヴァンは思った。
クロケットというイガグリみたいな食べ物が、野菜と共にパンに挟んである。
そしてそこにかけられたソースの香りが食欲を誘った。
「……頂いても?」
「もちろんです!団長様!!」
見慣れないそれに、ガブリと齧り付く。
マッシュポテトの外側の衣はバリとしているし部分的にはソースが染みていてとても美味しい。
ひき肉が混ぜてあるからと言ってもマッシュポテトなどたかがしれていると思ったが、しっかりと濃いめに味付けられたひき肉と玉ねぎなどの野菜の存在感。
ポテトも荒くしてあるようで、たまにゴロッとした感触があり、食感が楽しい。
少しだけ、と思ったのに、気づくと持ってきてもらった分を、全て平らげてしまっていた。
「す、すみません!!もっと作ってくれば良かったですね?!今、作ってお持ちします!!」
「いや、大丈夫だ、クー。とても美味しかった。手が離せなかったので助かった。感謝する。」
「いえ、とんでもない……。」
かぁ……と赤くなって俯くクー。
ネヴァンはそんなクーから目が反らせなかった。
何だろう……この気持ちは……。
控えめで奥ゆかしいクー。
真面目でしっかりと仕事をしてくれている上、自分の事を気遣ってくれる思いやりに満ちた純朴な娘。
「何か他に欲しいものは御座いますか?団長様?」
片付けをしてさろうとしているクーを見つめ、どうしてだか引き止めたいと思ってしまう。
「欲しいものは……。」
「はい。」
「クー、私の事は、ネヴァンと呼んでくれないか?」
「へっ?!」
素っ頓狂な声を上げ、真っ赤になるクー。
ネヴァン自身もまさかそんな事を自分が言ってしまうとは思わず内心、びっくりして固まっていた。
「で、ですが私は!!」
「……呼んでくれぬのか?クー??」
「え、ですが……。」
「ほら、言ってみろ。」
「……ネ、ネヴァン様……。」
「うん。今後は団長様ではなく、そう呼ぶように。」
名前を呼ばれた事が嬉しく、ネヴァンは満足してにっこりとクーに微笑んだ。
クーは頭から足のつま先まで真っ赤になって、弾かれたように頭を下げると執務室を出て行った。
何だろう、本当に可愛らしい。
ネヴァンは暫く、クーの様子を思い出してほっこりしていた。
ドサッと渡された洗濯物。
その量に驚いた。
だって、これが1日分だと言うのだから。
第二騎士団の3日分ぐらいある。
クーは血相を変え、大タライいっぱいの洗濯物を抱えて水場に走った。
急がなければならない。
どんなに量が多くとも、最低でも午前中に洗い終えなければならない。
洗濯を終えるというのは、日が高いうちに干して乾燥させて取り込んで、畳む所までが1セットだからだ。
パパパっと洗濯物を仕分けていく。
汚れの酷いものはつけ置き、そうでないものをどんどん洗っていく。
「あら、手際が良いじゃないの、アンタ!!」
シーツなどの大物を洗っている年配の女性がそう言って笑った。
それに少し困ったように笑い返す。
一応は貴族の息子。
なのにクーは、第二騎士団の中でこの手の仕事をさせたら右に出るものはいないのだ。
「その様子じゃ、教える事も手伝う必要もなさそうだねぇ~。」
クーは顔を上げ、満足気に微笑む女性に微笑んだ。
だがな手だけは絶対に休めない。
しかし……。
「……??」
洗っていて、たまに小さな布や変わった形の布が出てきた。
とにかく細かい事に拘っている場合ではなかったので無心に手を動かしていたのだが、その数が多い事や、第二騎士団では見かけない事から、ふと、なんだろうと持ち上げてしまったのだ。
「♭♢彡♪✩】]〈彡♢っ?!」
それを見てしまったクーは固まった。
ボンッ!と音がしそうなくらい、一気に赤面した。
「どうしたの?……あ~それね!!あはは!!見た事ないのかい?!」
コクコク頷きながら、ヒイィィィとばかりに手を離した。
それは見た事のないモノだったが、形状的に何かは理解できてしまった。
「まぁ、アンタ、ぺったんこだもんねぇ。必要なかったんだろうけど……。ふふっ。しかもマッハ様のだから、一番デカイやつだよ、それ!!」
動揺するクーを女性は豪快に笑い飛ばした。
真っ赤になってぷるぷる涙目になるクー。
さ、触ってしまった……。
女性の下着に、触ってしまった……。
これって……下手すると、死罪?!
婚姻どころか婚約もしていない女性の下着を触ってしまったクー。
赤かった顔は見る間に真っ青になっていく。
「ヤダ、アンタ、大丈夫?!」
「す、すみません……。」
「そんなに驚かなくても……。」
クーが男である事は誰にも知られてはならない事だ。
だが、だからといって女性の下着を触っていいとは思えない。
「お、お願いです!!そちらのシーツ等も私が洗いますので!!下着類だけは変わって頂けないでしょうか?!」
「……いいけど、何で下着がいやなんだい?男連中だと数日履いてて臭くて触るのも嫌な事はあっても、ここの騎士様たちは毎日取り替えてらっしゃるし、あんなにもお美しいってのに??」
「だからです!!美しく崇高な騎士様達の大切な部分に触れてしまっていると思えて、恐れ多くてとても洗えません!!」
「変わってるねぇ??あ~でもそうか……。スラムから拾ってもらったんだっけ?アンタ?」
「はい……。」
「まぁ、あっちで育ったんなら、貴族に対する畏怖みたいなのは、アタシらより強いだろうしねぇ~。どれ、貸してみな!!」
「ありがとうございます!!」
「いいっていいって。アンタ、なかなか手際もいいし。下着ぐらいで手間取られても困るからね。」
「ありがとうございます!!」
こうしてクーは、何とか危機を脱した。
しかし、そんなやり取りを物陰から誰かが見ていた事をクーは知らなかった。
「……どうされたんです??」
夕方、洗濯物を畳み終えたクーがお茶を一杯貰おうとキッチンに行くと、下女達が困り顔で集まり何か話している。
思わず声をかけると、皆が振り向いてため息をついた。
「……納品されるはずだった肉が、半量しか届かなかったんだよ……。」
「皆様、肉は必ず召し上がるからね……。かと言って人数に合わせて肉を小さくしたら、メインにならないし……。」
近づいて覗き込むと、それなりの量の肉がある。
しかし確かにこれをステーキなどにしてそのまま出したのでは、メインとしては不満が出るだろう。
貴族のディナーなら許されても、ここは騎士団詰め所。
女性であってもそれなりにガッツリと食べなければ身が持たないだろうし、何より厳しい鍛錬の癒やしが食事なのだ。
我慢を強いればストレスが溜まってしまう。
「……余裕のある食材はありますか??」
「あるけど……。」
「ジャガイモぐらいだよ。」
「腹は膨れるだろうけど、付け合せの芋を増やしてお出しするのは……ねぇ??」
クーはキョロキョロとキッチンを見て回る。
調味料の類は豊富だ。
第二騎士団なんかより品揃えがいい。
ハーブや香辛料なども揃っている。
「……あ!!このパン!!」
「そりゃ駄目だよ、クー。2日前の堅くなったやつだ。スープに浸して食べるにしたって硬すぎるし、美味しくないよ。」
「硬くていいんです!!」
クーは目を輝かせた。
じゃがいもと豊富な調味料と香辛料、そして古くなって硬くなったパン。
これがあれば「アレ」が作れる!!
「アレ」ならメインにしても騎士たちの心とお腹を満たしてくれるはずだ。
「あの!!私に考えがあります!!」
クーは自分の考えを皆に伝えた。
執務室で仕事をしているネヴァンは、ふっと香った香ばしい香りに顔を上げた。
何だろう、とても美味しそうな匂いだ。
そういえばそろそろ夕食の時間だ。
ふっと気を抜くと周りの音が耳に入り、パタパタと皆が楽しそうに食堂に向かう足音が聞こえる。
皆、この匂いに誘われて、楽しみで仕方ないようだ。
「……そういえば、今日来た……クー?だったか……。何も私の耳に入らないという事は、十分な働きをしてくれたのだろう。」
そう思って、ふっと笑う。
怯えきった子犬のようだったのに、自分を見上げてきた瞳は敬愛に満ち、うるうるしていて何となく放っておけない気分にさせられた。
「ふふっ。アイツが約束を守って人を寄越すから、いったいどんな人物かと思えば……。」
今時、あんなにも純朴な娘も少なかろう。
遠いテネデールから来たのだ。
まだこの王都にも不慣れだろうに、懸命に働いているのだと思うと何かしてやりたくなる。
もし周囲や本人が希望するなら、このままアルテミスにいてもらおう。
いくら仕事ができるからと言って、クーの様な年頃の娘が第二騎士団の詰め所にいるのは彼女の身が心配だ。
「……って、まだ一日目だな。」
早々にその事を手紙にしようとペンを取っていた自分に少し驚く。
ミネルバではないが、今はまだ猫を被っている可能性はある。
「ふふっ。あの愛らしい子犬が……猫をかぶるのか……可愛さ倍増だな……。」
そんな妙な考えになってしまい、くすくす笑う。
自分も早く食堂に行き、その姿を確かめたいが、早めに片付けなければならない仕事がある。
ネヴァンは深呼吸をしてその美味しそうな匂いを胸いっぱいに取り込んだ後、再び机に向かった。
「おい!!マッハ!!それは私のだ!!」
「早い者勝ちだもんね~!!」
ミネルバとマッハが揉めている。
クーはそれを苦笑いしながら見つめていた。
男性でも女性でも、騎士団って変わらないんだなぁ~。
そんな感想を持った。
そう、アルテミス騎士団の女性騎士たちはよく食べた。
それはもう、気持ちいいほどよく食べた。
クーは美味しそうに食べてくれる彼女たちを見つめ、とても幸せだった。
「ミネルバ様!次のが揚がりますから!!」
「……む、そ、そうか……。」
「じゃ!クー!!アタシにも一個ね!!」
「マッハ?!」
「も~!!マッハ様!食べすぎです!!他の方が食べれないですよ?!」
「だってこの……クロケット?!とか言うの!スゲー旨いんだもん!!」
「そんなに喜んで貰えて良かったです。ご希望でしたら、またお作りします。」
「マジマジ?!約束だぞ?!クー!!」
「はい。」
その場でどんどんコロッケを揚げながら、クーはマッハに微笑んだ。
あんなにも怖かったのに、コロッケを美味しい美味しいと食べてくれて、とても嬉しかった。
「そういえばミネルバ様……。団長様のお姿が見えないのですが、今夜は会合か何かでお出かけですか??」
「いや、ネヴァンは執務室で仕事をしている。」
「……え?!」
「私も何度も、食べる時はきちんと食べろと言っているのだがな……。聞き入れてくれなくてな……。」
少し寂しそうなミネルバ。
冷淡でキツいミネルバだが、それは誰よりも団長であるネヴァンを思っての事なのだとクーは理解した。
そっとそんなミネルバの皿に、コロッケを二個乗せる。
「!!」
「お疲れ様です。副団長様。」
それに嬉しそうにしながらもミネルバはツンっとそっぽを向いた。
「……そんな事をしても、近いうちにお前の化けの皮を剥いでやるからな。覚悟しろ。」
「ええぇぇぇぇぇぇ?!」
「なら、クー!!アタシにもクロケットくれ!!そしたらミネルバからこのマッハ様が守ってやろう!!」
そう言ってマッハは揚げ物トレーからコロッケを掻っ攫う。
それにミネルバが青筋を立てて怒っている。
「あはは。」
「え?!あの、いつもこんな感じなんですか?!」
「そうだね。人気のあるメニューの時はこんな感じだよ。」
「それよりクー、変わるから少し休みな。」
「あ、それじゃ、一つお願いがあるのですが……。」
申し訳なさそうに話すクー。
それに年配の下女たちは顔を見合わせ笑った。
トントントン……と、下手をしたら聞き逃してしまうほど控えめなノックが執務室に響いた。
ネヴァンは顔を上げた。
「誰だ?」
「す!すみません……クーです。あの、第二騎士団団長様からの紹介の……。」
「クー?どうした?入ってくれ。」
こんな時間にやってくるとは、クーは問題を起こさなかったようだが、こちらの人間に何かされたのだろうか?
ネヴァンはキリッと顔を引き締めた。
「し、失礼します……。」
「どうしたのだ、クー?何か不都合があったか?」
「いえ!滅相もない!!皆さん親切にして下さっています!!」
「ではどうした??」
「あの……これを、届けに……。」
見るとクーはバスケットを抱えている。
ふわっとあの、香ばしい匂いが部屋の中に漂った。
「それはもしかして夕飯か??」
「す!すみません!!出過ぎた事を!!」
怒ってもいないのに縮こまるクー。
そんなに怯えられると悲しくなってしまうとネヴァンは思った。
「怒ってはいないよ、クー。むしろ、気にかけてくれてありがとう。」
そう言うと、パッと顔を上げる。
あの、キラキラした嬉しそうな子犬の目だ。
……可愛い。
そんな言葉がネヴァンの頭に浮かんだ。
しかしすぐにハッとしてその考えを頭から振り払う。
「ちょうど少し休憩したかったのだ。」
「ではこちらのテーブルにご準備しますね。」
ネヴァンが食べてくれるとわかって、クーはルンルンで軽食の準備をした。
仕事中でも食べやすい様にと作ってきたのだ。
「……これは??」
「クロケットサンドです。」
「クロケット??」
「はい。ひき肉とマッシュポテトをまとめて揚げたものを、パンに挟んだものです。お仕事中との事でしたので、片手で摘めるようにと思いまして……。」
香ばしいいい匂いの正体はこれかとネヴァンは思った。
クロケットというイガグリみたいな食べ物が、野菜と共にパンに挟んである。
そしてそこにかけられたソースの香りが食欲を誘った。
「……頂いても?」
「もちろんです!団長様!!」
見慣れないそれに、ガブリと齧り付く。
マッシュポテトの外側の衣はバリとしているし部分的にはソースが染みていてとても美味しい。
ひき肉が混ぜてあるからと言ってもマッシュポテトなどたかがしれていると思ったが、しっかりと濃いめに味付けられたひき肉と玉ねぎなどの野菜の存在感。
ポテトも荒くしてあるようで、たまにゴロッとした感触があり、食感が楽しい。
少しだけ、と思ったのに、気づくと持ってきてもらった分を、全て平らげてしまっていた。
「す、すみません!!もっと作ってくれば良かったですね?!今、作ってお持ちします!!」
「いや、大丈夫だ、クー。とても美味しかった。手が離せなかったので助かった。感謝する。」
「いえ、とんでもない……。」
かぁ……と赤くなって俯くクー。
ネヴァンはそんなクーから目が反らせなかった。
何だろう……この気持ちは……。
控えめで奥ゆかしいクー。
真面目でしっかりと仕事をしてくれている上、自分の事を気遣ってくれる思いやりに満ちた純朴な娘。
「何か他に欲しいものは御座いますか?団長様?」
片付けをしてさろうとしているクーを見つめ、どうしてだか引き止めたいと思ってしまう。
「欲しいものは……。」
「はい。」
「クー、私の事は、ネヴァンと呼んでくれないか?」
「へっ?!」
素っ頓狂な声を上げ、真っ赤になるクー。
ネヴァン自身もまさかそんな事を自分が言ってしまうとは思わず内心、びっくりして固まっていた。
「で、ですが私は!!」
「……呼んでくれぬのか?クー??」
「え、ですが……。」
「ほら、言ってみろ。」
「……ネ、ネヴァン様……。」
「うん。今後は団長様ではなく、そう呼ぶように。」
名前を呼ばれた事が嬉しく、ネヴァンは満足してにっこりとクーに微笑んだ。
クーは頭から足のつま先まで真っ赤になって、弾かれたように頭を下げると執務室を出て行った。
何だろう、本当に可愛らしい。
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