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短編(1話完結)

赤眼の男と人の業 ※

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ここにアカメと呼ばれる男がいる。

アカメとは、文字通り赤眼だ。
虹彩が真っ赤なのだ。
だからここに訪ねてくる人間で運良く彼に会う事が出来た者は、初見で硬直する。
まぁ、正直気持ちのいいものではない。
普通に異様だと感じるものだ。

今回も、依頼主は彼の眼を見てガチガチに硬直した。
それを見て彼は面倒そうに小さくため息をつくと、立ち上がった。

「……後は任せる。話を聞いておけ。」

彼はそう言って障子を開けて音もなく出て行った。
何で俺が命令されないといけないのだろう??
やってられない。

「あの……?」

困惑したように、目の前のくたびれたおじさんが言った。
おじさんが悪い訳ではないしな、仕方ない。

「申し訳ない…私が思わず固まってしまったばっかりに……。話は聞いていたのに、本当に申し訳ない。」

「いえ、お気になさらず。皆さんそうですから。」

恐縮するおじさんに俺は言った。
無理もないのだ。
アカメは眼が赤いだけじゃない。
色々理由はあるのだが、とにかく普通の人から見たら、神か悪魔かの目の前にいきなり来てしまった感覚に陥るのだ。
まぁ、一言で言えば、人智を超えた存在にあった感覚になる。
だから本能的に危機感や圧倒感を感じて萎縮してしまうのだ。
例え、自分に後ろめたいところがなかったとしても、だ。

「とりあえず、私がお話をお伺いして、彼に伝えます。その後、ご連絡と言う形でも宜しいでしょうか??」

俺の言葉におじさんは頷いた。
全く、何で俺がこんな小間使いの様な事をしなければならないんだ??
俺はこっそりため息をつきながら、おじさんの話を聞いた。




世の中には不可思議な事や、この世のものとは思えない恐怖がひっそりと息づいている。
そういうものと人間は、実のところ住み分けみたいな事が行われていて、本来はそんなに関わり合うことはない。
神様が、目に見えなくても確かにいつもそこにいて、目に見えない隣人だと言うのと同じだ。
それを神と呼ぶか何と呼ぶかで、こちら側の受け取り方が変わってくるだけだ。

「何で、俺まで同行しないと行けないんですか?!」

しかも何で俺だけ荷物を持たされてるんだ?!
俺は眼鏡を押し上げながら、隣のアカメを睨んだ。
色の薄いサングラス姿のアカメは、俺の言う事など聞いていない。
こいつはいつだって、俺の話など一切、聞いていない。
本当にムカつく。

電車を乗り継いで、バスに揺られる事、3時間。
停留所を降りてから、これまた30分ほど歩いて、やっとアカメが足を止めた。

「ここだな……。」

目的地についたらしい。
見るからに何とも曰くの在りそうな建物だった。
おじさんの話では、かつてはここに、ここいら一帯を治める豪族の屋敷があったのだそうだ。
時は流れて、その豪族の子孫は名の知れた企業となり、ここに会社の保養所を立てた。
だが、やがて色々おかしくなり、企業は倒産、子孫たちがどうなったかはおじさんは言葉を濁していた。
まぁアカメに関わってそれなりに経つので、だいたいの想像はついた。
そしてこの元保養所の廃墟に話は移る。
ここいら一帯は、ダム建設とそれに伴う大型道路の建設などの開発指定地域になっている。
しかし事業を進めるうちに、やたらめったら奇っ怪な事が起こり出した。
この地に来ようとしても、事故やらなんやらで中々たどり着けなかったり、同じ所をぐるぐる巡らされたり、車に何がが乗り込んできたり、走行中に揺らされたり追い回されたり、有名な怪談話のオンパレード。
だんだんとそれはこの地だけではなく、企画を進める企業のオフィスにも様々な事が起こるようになり、ここらの開発計画は呪われた開発事業としてその筋では有名らしい。
とは言え、ダム建設が絡んでくるとなると、それは一企業の開発ではない。
当然、国家計画の一環と言う事になる。
そうなると引くにも引けず、とうとうアカメに話が来たと言う訳だ。
アカメは話をしに来たおじさんを一目見て、大体の事はわかっていた。
だからすぐにその原因が目の前の廃墟にあると理解し、俺はそれをおじさんに伝えてその情報やらなんやらをもらってアカメに伝えた。

そして現在に至る。
アカメは何も言わず、何の躊躇もなく、壊れたバリケードを潜って敷地内に入っていく。
正直、俺は入りたくない。
入ったらどうなるかわかったものではない。
だが、バリケードを越えたアカメは、無言で俺を見ている。
何も言われてはいないのだが、さっさと入ってこいと言っているのだ。
日はもう傾いている。
入るにしても入らないにしても、こんな所で一人で夜を迎えるのは真っ平ゴメンだ。
それなら呪われた地の入り口に一人でいるよりも、呪われた地の中でもアカメといた方が安全だ。

「わかりましたよっ!行けばいいんでしょう?!行けばっ!!」

俺は仕方なくバリケードを潜った。






重たいリュックをバリケードに引っ掛けて七転八倒しながら何とかその地に足を踏み入れ、俺は顔を上げた。

「……ひっ?!」

そして思わず叫ぶ。
暗い建物のその影至る所に、得体の知れない無数の眼がこちらを見ていた。
虚無的な眼、好奇の眼、憎悪の眼、悪意の眼、餓えた眼、嘲笑う眼、ありとあらゆる眼がこちらを見ている。
そのどれもに、ネガティブな粘着質を感じた。
アカメは俺がバリケードに引っかかって四苦八苦していても、何もせず見ているだけだったが、固まった俺にため息をつくと、落ちていた眼鏡を拾い、俺の顔につけた。
そして自分はかけていたサングラスを外した。
その瞬間、場の雰囲気が変わった。
ねっとりと纏わり付くような陰湿さが、急に電気でも流されたように緊張した。
そして何かを恐れるように息を潜めた。
なくなった訳ではないが、主張してくることもない。

「こんな下らぬものの相手などするな。行くぞ。」

いや、別に相手をしていた訳ではない。
かけられた眼鏡をクイッと上げて、俺はアカメの後を追った。

アカメは廃墟に入り、どんどん歩いていく。
おじさんから館内図は渡されていたが、アカメはそんなもの気にせず、ドンドン迷い無く進んでいく。
アカメには今、どんな景色が見えているのだろう?
俺は一瞬、眼鏡外そうかと手をかけ、やめた。
そんなもの見たって仕方ない。
何ができる訳でもないのだ。
むしろ隙を見せる事に繋がり、付け込まれるだけだ。
俺は諦めて、黙ってアカメについて行った。

やがて、アカメは地下の一室にやってきた。
なんだってこうも、人間というのはこういうものを地下に置きたがるのだろう??
明るい陽の光の満ちる開かれた所に置けば、少しは何か違ったかもしれないのにな等とくだらない事を思った。
アカメはその前に立ち、腕を組んで、片手を顎に軽く当てて立っていた。
何か考えているようだった。
俺はよくわからないし、指示があるまでは何もしようがない。
長々歩いて疲れた事もあり、持っていた簡易チェアーを出して座った。
アカメが結論を出して動き出すまでは、俺が声をかけようと何をしようと、どうにもならないのだ。

お腹空いたなぁ、と思いポケットからカロリーバーを取り出してモゴモゴ食べた。
汗もかいていたので、ペットボトルの水を飲んだ。
とは言え、歩いていた時は良かったが、止まってしまうと恐怖が増してくる。
何の物音もしない……いや、鬱蒼とした静けさの中に、時より家鳴りや変な音はするんだけど、気にしたら負けだ。
歩いていた時はその熱で暖かかったが、それをやめると、ズーンと寒さが皮膚からじわじわと浸透してくる。
暗さにいくら目が慣れたと言っても、手持ちのランタンの淡い光以外はないそこは、うぞうぞと闇が音もなく色を濃くしていった。
あ~、いい加減、何かはじめてくれないかな~。
俺は次第に冷えてきた体を震わせた。
降ろしていたリュックから、非常用にと持ってきた薄手の雨合羽を防寒の為に羽織る。
アカメは相変わらず何もせずに立っていた。
あの男は寒さも感じないのだろうかと少し捻くれた事を思った。

どれくらい時間が経っただろう?
あまりに長い時間が経ったので、俺は座ったまま居眠りをし始めていた。
こっくりこっくりと船を漕ぐ。
そう、居眠りをしてしまうほど、気が緩んでいたのだ。
寝入る寸前の微睡みは、逢魔が時と同じ性質を持っている。
だから簡単に付け込まれた。
眠りと現実の間にするりと意識が落ちた時、俺は彼らと人との間に引き込まれた。

突然、見える世界が変わった。
同じ部屋、廃墟の地下の一室。
朽ちた祭壇の様なものの前に、アカメが立っている。
その背中を見ながら俺は座っているのだが、周囲には何と表現をしていいのかわからないが、姿形は希薄だがその存在は強烈な憎悪のようなものが、黒いタールのように蔓延っていた。
ベッタリと部屋の空間にへばりつき、ボタボタと血のようにその一部を垂らしているそれは、じっとりと俺に目を向けた。
目などない。
だが、それがゆっくりとない頭をこちらに向けて、自分を見据えるのを感じた。
俺の体はピクリとも動かない。
呼吸だってしているかわからない。
当たり前だ。
ここは微睡みの間だ。
意識と肉体は繋がっていない。
それなのに心臓はドクンドクンと重い音を立てて全身に響き、冷たい汗が噴き出していた。
目は開いているのか瞑っているのかわからない。
だがちゃんと見えている。
ここにあるのは意識なのだ。
だから肉体的に目を閉じていようといまいと関係ないのだ。
それが俺を見据えた。
目玉がある訳ではないが、目が合ったと確信した。
全身が総毛立ち、頭の中で危険だ危険だと叫ぶ声がわんわんと響いている。
耳から入る音は何も聞こえない。
自分の中の重い心音と危険を報せる警戒音が大音量で響いているだけ。
それは俺を見た。
認識した。
そして粘度の高いドロリとした動きで俺に近づいてきた。
次第にその姿は大きくなり、アカメの背中も朽ちた祭壇擬きも見えなくなる。
ドロドロとしたそれが、目の前で大きな壁のようになりながら、俺を見下ろし近づいてくる。
歯がカチカチと鳴り、逃げなければと魂が悲鳴を上げている。
目からは涙が出ているような感覚があるが、それから目をそらす事も、目を瞑ることも出来なかった。
ふと、鼻に何か嫌な臭いを感じた。
肉が腐ったような悪臭がだんだんと強く、まとわりついてくる。
それはもう、目の前にいた。
黒くでろでろとしたそれは、動くたびに悪臭と黒いタールの様な体の一部を、ポタリ……ボタリ……と滴らせた。
部屋を覆い尽くすように大きく肥大したそれは、絶望を視覚化させたもののように見えた。
部屋を、俺を覆い尽くすように目の前にいて、粘着質な目で俺を見ていた。

ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだっ!!

このまま行けば、取り込まれてしまう。
恐怖と絶望に声も出ない。
動く事などもっと無理だ。
逃げなければとそれだけが頭に鳴り響いているのに、恐怖に身がすくんで指一本、動かす事も出来ない。

ボタリ……とそれが俺の真横に垂れた。
それを合図にするように、ボタボタボタっと、粒の大きすぎる雨のように俺に降り注いだ。

恐怖なんてものじゃない。
発狂だ。
あまりの恐怖に、気が狂った。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁっ!!」


喉を焼くように、奇っ怪な叫び声を上げる。
その声に、アカメが振り返った。
真っ暗な絶望の中でその姿は見えなかったけれども、確かにあの特徴のある赤い眼がこちらを見たのがわかった。

その瞬間、またしても景色が変わった。

目の前に、モノクロの自分がいる。
鏡に写すように、反対の動きをする自分がいる。
真っ二つに別れたのだと何故か思った。
あたりは真っ暗だ。
いや、おそらくあのタールの様な絶望に取り込まれて、真っ暗なのではなく、真っ黒なのだ。
鏡写しの自分は藻掻いている。
俺も藻掻いている。
離されまいとお互いもがくが、その距離はどんどん離れていく。
このままではまずい!と思ったその時、俺はドブンと、暗いタールの海に落ちて飲み込まれた。






痛いっ!!

身が焼かれるような痛みに、目を見開いた。
そこから逃れようと、必死に体を動かすと、矢に射抜かれた鹿がいた。
その身はピクピクと痙攣していたが、すでに生きていないと思った。
そして、感じたあの痛みは、この鹿のものだと理解した。
そこは森であり、山だった。
ズガンっと踝のあたりに声も挙げられないほどの痛みが走った。
それは何度も、何度も走り、耐え難くて蹲ったが、バキバキっと言う音に顔を上げると、大きな大木が切り倒されていた。
ああ、今、痛かったのはこのせいか。
何ともあっさりとそれを受け入れた。
そうは言っても、痛い事ばかりではなかった。
木々は風に揺れ、動物が木の葉を踏みしめて走る。
小鳥の囀り。
その小鳥を蛇が飲み込む。
小さなネズミたちが子供を育て、そして狐がそれを食べる。
痛みと暖かさ、安らぎが始終繰り返してそこにあった。
そこには人の姿もあった。
人も動物を狩り、木を切り倒す。
だが、人が木を切る事で、空いた土地が生まれ、そこに新しい木の芽が芽吹いた。
だからそれを何とも思わなかった。

けれど……。

ある時、気づくと、木々の音が全く聞こえなくなった。
聞こえていた囀りも、小動物の動くカサカサという音も、虫が葉を食む微かな音も、何も聞こえなくなった。
何が起きたのかわからなかった。
やがて、見えたのは人の顔だった。
たくさんの人間が、自分を奉り、崇めていた。
人々の声が聞こえ、赤子が生まれる音、狩の音、収穫を祝ったり不作に嘆いたりする声、死にゆくものに涙する音、様々な音が聞こえた。
森の音が懐かしく恋しかったが、人の立てる音もまた、次第に愛おしく思えるようになった。

だが、人々の声はやがて、とても重々しくのし掛かってきた。
誰かが誰かを憎む音、罵る声、蔑む音、そして呪う音。
憎悪がやがて血を生んだ。
その血を捧げられ、困惑する。
生死の営みとは関係ない願いを、強く強く懇願される。
目の前で、森のうさぎが殺された。
なのに、以前とは違って、うさぎの痛みを感じる事が出来なかった。
共に味わった命の痛みを、もう、感じる事が出来なかった。
泣いた。
泣いて泣いて、泣けくれた。
しかしそれでも、森の痛みを感じる事も、命の流れを感じる事も出来なかった。
そして悟った。
自分はもう森の一部ではないのだと、山の一部ではないのだと。
人々がおぞましい願いをかけてくる。
歪んだ、醜いむき出しの感情を向けてくる。
だが、そうやって崇められれば崇められるほど、自分の力が強くなる事に気づいた。
強くなればどんな事も出来た。
贄として血を捧げられなくとも、自ら出向いて血を啜ることもできるようになった。
歪んだ願いを叶えれば叶えただけ、大きな力がついた。
人を殺し、呪い、陥れ、どんどん力が強くなった。
そうして犠牲になった絶望に歪んだ魂も、やがては自分のものになった。

そのうち、自分や自分を崇める者達が殺めた魂以外も、引き寄せられるように自分の所に集まるようになった。

そしてふと思ったのだ。
自分を崇め、歪んだ願いをしてくるこの人間たちは、自分に必要なのかと。
結論は早かった。

必要ない。

それまで人を虐げ、踏み躙り、蔑んできた人間達だ。
一つ一つ、ゆっくり食らっていった。
それはどんな祈りや生贄よりも、大きな力をそれに与えた。
恐怖を与えれば与えただけ、それは表現のしようのないほど、格別な味がした。
だから、ゆっくり時間をかけて、一人ひとり、味わっていった。

やがて、自分を崇めていた者は居なくなった。
一人も居なくなった。

そこに来て、急に後悔した。
何もなくなってしまったのだ。

人を殺めて食べる事も出来る。
苦しめて陥れる事も出来る。
なんだって出来る力がある。

だが、だから何なのだろう?

おぞましい人の憎悪と絶望を纏い、そして何もしなくてもそれは集まり続ける。
だから力が弱まる事もない。

だが、だから何なのだろう?

何もない。
何の痛みも感じない。
何の喜びも感じない。

そして理解した。

己こそが絶望そのものに変わってしまったのだと。

だから、絶望した。
かつて祀られた祭壇に戻り、そこに閉じこもった。
けれど、どんどん、人の憎悪や嫉妬、妬み恨みは自分の周囲に集まってくる。
歪んだ魂が、どんどん集まってくる。

だから消える事も出来ない。

何故ならそれこそが絶望のあるべき姿なのだから………。

人々が忘れても、憎悪は集まる。
そしてこの地獄のような楽園を守る為に、近づいてくる人間を攻撃する。
そうやって恐怖と絶望がまた集まり、そこにいる者たちに力を与え、さらに悪化していく。

もうやめてくれ。
やめてくれ。

流す涙は黒く、ドロリとヘドロのようで、泣いたところで清められることは無いのだと絶望する。









バシッと頬に衝撃が走った。

長いこと感じていなかった痛みを覚え、頭が混乱した。
次の瞬間、バシッっと逆の頬が殴られた。

痛い!
痛みを自覚した。

そしてまた、頬を叩こうとする手が見えた。


「痛いっ!やめてくださいっ!!」


俺はその手を掴んだ。
赤い眼が俺を見下ろしている。

この野郎……本気で殴りやがった……。

腫れぼったい頬を触って、俺はムッとした顔でアカメを見上げた。

「……目が覚めたか?」

「お陰様で……っ!!」

アカメは俺が意識を取り戻した事を確認すると、何も言わずに立ち上がった。
廃墟の床にぶっ倒れていたらしい俺は、のそりとその体を起こした。

あ~、あ~っ!!
そういう事だったのか……っ!!

俺は色々理解して、腹立ちまぎれに横の簡易チェアーを乱暴にぶん投げた。
それをアカメが振り返り、冷めた目で見下ろした。

「物に当たるな。大事にすれば意思が宿るのだからな。」

「うるさいですよ。あなたに殴り掛からずに我慢しているんですから、文句言わないでくれますか??」

アカメは素知らぬ顔をした。
本当に気に食わない男だ。


「あなた……はじめから、俺を依代にする為に連れてきましたね……?!」


アカメは何も言わなかった。
ただ、遠い目で朽ちた祭壇を見ていた。

俺はそこに何がいるのか知っていた。

だってついさっきまで、俺はそれだったのだから。


「………何を見た…?」


アカメが言った。
文句を言ってやりたいが、ついさっきまで感じていた事が辛すぎて、俺は見たものを全て、そのままアカメに話した。














その後、それがどうなったのか、開発計画がどうなったのかは知らない。
ただ、街に出て生活費を下ろそうと通帳記入をしたら、アホみたいな金額が振り込まれていたので、開発計画は順調に進んでいくいるようだ。

俺は別にそんな事はどうでも良かったが、ほんの一時でも自分だったあれが、苦しみから開放されたのならそれで良かった。

アカメは何も言わない。

だが、アカメがあれに酷い事をしていない事は知っている。
何故ならアカメは人間は嫌いなのだ。
アカメが動くのは、目には見えないけれど確かにそこにいる隣人が、人の業せいで苦しめられている時だけなのだ。

彼らとは、何だかんだ住み分けができているものだ。
けれど人の業は、彼らを誘い出して歪めてしまう。
歪めておきながら、手に負えなくなると、異形の者と恐れ慄き、退治してくれと言うのだ。
本当に勝手な話だ。

とは言え、俺だってそれを知ったのはつい最近だ。
それまではただ恐ろしく忌まわしいものだとしか思っていなかった。

少しだけ、一時、自分だったものを思う。
当初、あれの感じていた痛み、喜び、慈しみ。
その後に続いた永遠とも言える憎悪と絶望は凄まじかったけれど、俺は、あの命のめぐる痛みと喜びにほんの少しでも触れられた事を、とてもありがたく思っていた。
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