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短編(1話完結)

ひな祭り

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子供の頃、雛人形が怖かった。

真っ白い顔。
にこりとも笑わないその表情。
何を考えているのかもわからない。
ぬいぐるみのようなぬくもりを感じさせないその人形たちが、ひな壇に物言わず並んでいる。

雛人形を怖いと思ったのは、おそらく見た目だけではないのだろう。
親に「触ったらダメ!」「近づいたらダメ!」とキツく言われていた事も、遠巻きに眺めるだけで親しみが沸かなかった原因だろう。

そりゃ、今ならわかる。
大変な思いをしてせっかく飾った雛人形を子供が触って台無しにされたくなかったのだろうし、毛氈(敷いてる赤い布)を引っ張って全てが崩れ落ちてきたらと考えたのだろう。

だが、そうやって遠ざけられた雛人形達は、自分のものだと言われても実感が沸かなかった。
よそよそしくて冷たい、知らない人たち。
段の上から小さな私を見下ろしている。

微笑みもしない無表情で、じっと何かを見つめている。

その無言。

怖かった。
何のぬくもりも親しみも沸かない白い顔が並ぶ雛人形が怖かった。

5月の節句の方がずっといい。
小さいとはいえ鎧兜で格好いい。
何より鎧兜であって、人形ではない所が好きだった。

夜、真っ暗で音のしなくなった部屋の中、白い顔が並ぶ。
どこを見ているともわからない顔が、ひな壇の上から私を見下ろす。
闇の中に浮かび上がる白い顔の数々。

無言。
無表情。

その度に、何か叱咤されているような気分になった。
何をとはわからないけれど、酷く責められているような威圧感を覚えた。

人形は、よく見ると口を開いているものもあった。
そこから歯が並ぶ。
女性の人形の中には、それが黒いものもあって不気味だった。
それが「お歯黒」というものだと知った後でも、妙な生々しさと不気味さを感じた。

なんで、こんな気持ちの悪いものを飾るんだろう?
桃の節句が近づくたびにそう思った。

人形には罪はないし、そこにたくさんの職人さんの精魂が詰められているのもわかっている。
無病息災を願って飾られるものだと言うことも理解している。

何かあった訳でもない。

ただ、しん……、と静まり返った闇の中。
物言わぬ白い顔が並び、高いひな壇から自分を見下ろしているあの感覚はどう説明していいのかわからない。

今日は楽しいひな祭り。

そうは唄えど、ひな壇の前に座らされた私の顔は、いつもどこか引き攣っていた。
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