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短編(1話完結)

怖い話を聞かせてくれないか?

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あれはバイクで一人、当て所なく旅をしていた時だった。

突然の豪雨。
辺りは民家もない山道。
これはマズイと焦っていると、トイレと自販機だけが並ぶ、休憩所が見えた。
これ幸いと小さな駐車スペースに愛車を停め、無人の休憩所に逃げ込んだ。

「おや、君も?」

ビクッとした。
バッと振り向くと、隅に置かれたオマケ程度のテーブルスペースに男が一人、座っていた。
頭からタオルを被り、ゴシゴシしている。
薄暗い蛍光灯と自販機の灯り。
男の後ろ、ガラス戸の向こうには彼の愛車であろうバイクが見えた。
どうやら同じ状況の相手らしい。
ほっと息を吐いた。

「いきなりの土砂降りですね?どちらから?」

「俺は〇〇市方面から。」

「ああ、逆ですね。僕は〇〇市に向かってて……。」

そう言いながら、男の向かいに座った。
頭を拭いていたタオルを肩にかけた男は、自分より少し歳上に見えた。

「こんなに降るとは……。」

「山間は平地の天気予報には当てはまらないからね。」

弱まるどころか強まっていく雨を見つめ呟くと、男は仕方ないと言いたげに肩をすくめた。
遠くで雷鳴が聞こえ、空を覆う黒々とした雲の中が明るく光る。

「何にしても良かった。お互いここにたどり着けて。」

「ですね。」

確かに雨風を防げるここに来れたのは、不幸中の幸いだろう。
無人とはいえ、稼働している自販機もあるので助かったと思う。
雨で冷えた体を温めたくて、年代物のカップ麺の自販機でヌードルを買った。

「……あ~。君、煙草持ってる?」

ポケットを漁っていた男が悲しそうにそう言った。
彼がポケットから出して机に置かれたそれは、雨に濡れてしまっていた。

「……どうぞ。」

「サンキュー。」

鞄から煙草を出し、差し出す。
そこから一本抜いた彼に、ライターの火を差し出した。

「……ん。悪いな。」

「いえ、それじゃ、ライターもつかないでしょ。」

「全くだ。」

彼は笑った。
ゆっくりと男が紫煙を燻らす中、温かいヌードルを啜る。
凄く昔っぽいちゃちい味が何だか懐かしかった。

「止まないなぁ~。」

「今夜は駄目じゃないですかね?」

ピカッと稲妻が走る。
見知らぬ男と二人、寂れた無人の休憩所にいる不思議。
ヌードルを食べ終え一服するついでに、もう一本、彼に差し出した。
彼はすまないな、と言ってそれを受け取る。

「電波も弱いからどうにもならんなぁ~。」

「そっちもですか?」

「うん。ここ、ちょっと谷間だからね。」

一服しながら互いにスマホを弄ってみたが、どっちも駄目らしい。
そうなると暇だから寝てしまおうかとも思うが、見知らぬ男を前にそれが安全な事とは思えなかった。

「暇だね?」

「暇ですね。」

「……そうだ、何か怖い話を聞かせてよ。」

「怖い話ですか?」

「最近、TVでも全然やんなくなったじゃん?某チューブでも、似たような話とかが多いしさ~。後はあからさまなヤラセとか、それは迷惑行為だろってのばっかりで、面白くないんだよね~。」

「はは。確かに。」

「よく、ツーリングしてんの?」

「まぁ、ぼちぼち。」

「何か怖い体験とかないの?!」

「う~ん。ご期待に添えるような怖いのは~。」

「無くはないんだろ?」

「あるにはありますけど、種類が違うっていうか……。」

「種類??」

「心霊じゃなくて、ヤバい人系ですね。ボコられそうになったとかの。」

「うわ……。」

「そっちはないんですか?」

「いや……。言い出しといてなんだけど、俺もそっち系しかないわ~。」

引き攣ったような苦笑いを浮かべる男に、こちらも苦笑いを返す。
なんとも物騒な世の中になったよな、と彼は笑った。

「昔はこういうところでこうやって出会ってもさ~、仲間に会えたって安心できたけど、最近は怖いよな~。」

「そうですね……。」

「面白い話とか怖い話もよく聞けたけど、ここんところ、誰に聞いても、そっち系の怖い話題しか出なくなったよ。」

「そうなんですね。」

「だから、な?」

「はい?」

「あんま、一人で遠出しない方が良いぞ?」

「ええ……。」

「今日は俺が守ってやったけど、そんな偶然、そんなにないんだからな?」

「はぁ……。」

「煙草の礼だよ。道中、気をつけるんだぞ?」

「……はい。」

男はそう言って笑った。
そしてテーブルに置いていた箱から、勝手に煙草を一本抜いた。
少しムッとしたけれど、黙っていた。

じゃあな、そう言って彼は笑った気がした……。





「……え?!」

ふと目が覚める。
いつの間にか、テーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
目の前を見ると男はいない。
どうやら先に発ったようだ。

「……え?……ええっ?!」

慌てて何か取られていないか確かめようとして、ギョッとした。
登り始めた朝日の中、見えた休憩所の全貌。
それは昨晩、見ていたそれとはまるで違っていた。

休憩所は、すでに閉鎖されていた。

それは随分前のようで、自販機は電気が通っていない。
ガラの悪い連中にやられたのだろう。
破壊され、あちこちに品のない落書きがされている。

どういう事だ?!
全く訳がわからない。

昨晩、嵐にあってここに来た時は、確かに無人営業している休憩所だった。
自販機には電気が通り古臭い明かりが灯っていたし、ヌードルだって買って食べた。
テーブルを見れば、確かにそのゴミが置いてある。

そして同じように置かれた、煙草の箱。

それを取り、中身を確認する。
本数を確認して唖然としてしまった。

減ってる。
男にあげた三本と、自分が吸った一本。
確かにその本数、減っていた。

「……え??」

何が起きたのかわからないまま、荒れ果てた休憩所を出る。
いた場所はかろうじて板やガラスで塞がれていたが、反対側の隅はガラスが割られたりドアが壊されていたりと散々だった。

「……………………。」

雨上がりの朝日の中、呆然と立ち尽くす。
自分は昨日、いったいどこにいたというのだろうか……。

『煙草の礼だよ』

男の言葉が思い浮かぶ。
しかし、半信半疑のまま、急いでバイクに跨り出発した。

「……怖い話を聞かせてよって……。」

軽い寒気を感じながらも、ちょっと笑ってしまった。
あの男が何だったのか、あの日のあの場所がどこだったのか、今はもう知る由もない。

ただ、あの一件以降。
彼の忠告を守って、遠出する際は必ず誰かと行くようにしている。
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