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ルサールカ

ルサールカ〜父と精霊の名の元に③

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「水を呼ぶ……か……。」

しとしとと降り始めた雨を見て、私は呟いた。
彼が別れ際に言ったその言葉は妙に頭に残った。
そんな非科学的な事があるはずかなく、彼の口ぶりからも本気で言っている訳ではなく、マーフィーの法則的なものなのだと思う。

ただ……。

「ルサルカ」はルサールカという水辺の精霊の名が元になっている。
水を呼ぶと言う彼と水辺の精霊の名を持つ麻薬は、なんだが因縁でも持っていそうな組み合わせだなと思ってしまい、そんな思考に自分でも笑ってしまった。

これがそんなおとぎ話なら最後はハッピーエンドだ。
悪人以外は誰も不幸にならず、幸せになれる。
それならそれでありがたい。

だがおとぎ話には残忍な一面もある。

簡単に書かれているが、子山羊を食べた狼は腹を切られ、石を詰められ刺繍糸で縫われる。
そして井戸に落ちるのだ。
虐げられていた娘は王子と結ばれ、虐めた継母に焼けた鉄の靴を履かせ、死ぬまで踊らされる。
それを子どもたちは無邪気に笑って聞くのだ。

ある意味、その方が恐ろしい事かもしれない。

「……っ?!」

彼との待ち合わせ場所に近づいた時、ヌッと伸びてきた手に路地裏に引き込まれた。
すぐ様その手を払い、応戦の構えを見せる。
相手は慌てふためいた。

「おい、落ち着け。俺だ。」

「……え??」

その声を聞き、警戒を解いたがぽかんとしてしまう。
目の前には、どう見ても物乞いをしてそうな浮浪者がいた。

「……なんだよ?!お前のご希望りだろうが?!」

しばらく呆けたように相手を上から下まで何度か見て、私は思わず噴き出してしまった。
確かにそのようにお願いしたが、まさかここまで完璧だとは思わなかったのだ。

「おい!!」

「……すみません。大変良くお似合いです。」

「嫌味か。」

笑いを噛み殺してそう言うと、彼は不機嫌そうに足を踏み鳴らした。
髭もだいぶ伸びていて、あの日からわざわざ剃らずにいたのかと思うと、なんというか仕事熱心なのだなと思ってしまった。

合流した私と彼は、そのまま裏通りを進む。
私は早足で歩き彼を無視し、彼は時より私に絡んでは金をせびる。

「……なぁ、いいだろ、少しぐらい……。」

「黙って下さい。」

そうして一般人が入る事を躊躇うゾーンへと足を踏み入れる。
物陰から私と彼を観察している目がある。
それに気づかぬふりをして先に進む。

「なぁ、頼むよ。」

「黙ってて下さい。父さん。」

その言葉を言った時、彼の目が、一瞬、正気に返った。
ハッとしたように私の顔を見つめる。
だが、それも一瞬の事だった。
彼は与えられた設定通り、ニヤニヤ笑って距離を取る。
そしてまた性懲りもなく絡んでくるのだ。

「……………………。」

父さん。

そういう設定でいるのだから、当然、口にするにおかしくない言葉だ。
そのつもりで彼に頼んだのだから。

だが、言ってしまってから私も少し動揺した。
それは彼があんな顔をしたからなのか、それとも別に理由があるのか、自分でもわからなかった。

ふと、路地にいる男と目が合った。
特徴から言って、目的の男だろう。

「……おい、少しでいいんだって……。」

「黙って下さい。それから、目的のモノが欲しいなら、少しここでおとなしくしていて下さい。」

私はそう言って、少しの金を彼に渡した。
彼は本当に演技なのかというくらい、ニチャッと笑ってそれを受け取った。

「……サンドマンの言ってた、青年実業家ってのはアンタか?」

「青年実業家という言葉が合ってるかはわからないが、おそらく私の事だ。」

そう言って、この情報を得た時に渡された空のマッチ箱を見せる。
彼は納得したように視線を反らせた。

「欲しい理由はアレか?」

「詮索はやめてもらおう。いくらだ?」

「……参ったな。」

「何だ?」

「こいつは年寄りには売らねぇ。」

「副作用が強いのか?」

「いや……元締めの……いや、何でもない。」

「だが今回は売ってもらう約束だ。前金は受け取っているんだろう?」

「……チッ。今回だけだ。新しいのが欲しいなら、次からは別なモンを見繕ってやる。」

「ゾンビもデプロイも試した。ハイになって騒ぐばかりで迷惑だ。」

「おとなしくなる系か……。」

「ああ。今ならルサルカがお勧めだと聞いた。」

「まぁ、今出回ってるもんならコイツが一番だろうな……。」

「どうなるんだ?」

「使った奴の話じゃ、頻度が増えると幸せな思い出の中に浸れるんだとよ。そこから出てくるのが嫌になるらしい。」

「へぇ……。」

「自分の中に入り込んで出てこなくなるから、その間、何したってなすがままだよ。何しろその中から出たくないんだからな。こっちが楽しむにはいい人形ができるって訳さ。」

「……定期的に売ってもらう事は?」

「アレに飲ますんだろ?無理だな。勝手な事をすればこっちが切られる。」

どうやら「ルサルカ」が若い世代に浸透しているのは、薬の元締めの意向らしい。
勝手に売った売人は取引を切る。
だから中々、扱っている売人に出会えないのだろう。

「……どこと交渉すればいい?」

「本気か?兄さん?」

「思い出から出てこなくなってくれるなら、それほど私の求める物はない。年齢で副作用が強まっても構わない。」

私はそう言って、ある程度まとまった金を彼に握らせた。
予想より多かったのか、男は少し驚いていた。

「……だいぶ苦労してるんだな、アンタ。」

「詮索はするな。」

男はチラリと浮浪者に扮した彼に目をやった。
彼はというと、はじめはおとなしくしていたが、今は苛々したように体を揺すり、時より奇声を上げている。
頼んた私から見ても完璧すぎて、本当にそうなのかと思ってしまえる振る舞いだった。

「……ま、一応、上に聞いてやるよ。」

「助かる。」

彼は渡した金を辺りを警戒しながら懐に素早くしまった。
そして目的のブツを取り出した。
私は後払い金額にチップを添えて渡してやる。

「次来るなら、再来週の木曜だ。」

「再来週?!この量で持つ訳無いだろう?!」

「……上の返答を聞かなきゃ、どのみちコイツは売れねぇ。別のモンで良ければ用意しとくがな。」

「ルサルカでないなら、わざわざこんな所まで来ない。」

「確かにな。」

男はそう言い残すと、足早に去っていく。
こんな場所だ。
売人は取引後は大金を持っているから狙われやすい。
それはこちらも同じ事だ。

「行くぞ。」

私はそう言って、奇行を繰り返す彼の首根っこを掴む。
そして引き摺るように足早にメイン通りへと向かう。

「おい!薬!薬を買ったんだろう?!早く!!早くよこせ!!」

「うるさいっ!!」

そう怒鳴りつける。
彼はヘラヘラ笑っている。
だんだんそれが演技なのか何なのかわからなくなってきた。

しかしその演技が上手すぎる事が裏目に出た。

もたつく彼を引っ張っていた私は、来た時より路地に人がいる事に気付く。
彼らがジリジリと距離を詰めてきている事も。

「大変そうだね?お兄さん?」

そう、女が声をかけてきた。
私は歩みを止めなかった。
止まったら囲まれる事はわかりきっていた。

私が止まらない事に、女はペッと唾を吐いた。
こんなところで女に声を掛けられて止まるのは、何も知らないド素人のする事。
こちらが何も知らない小金持ちで、ある程度の事はお見通しだと向こうも理解したのだろう。
次の瞬間、それまで見ているだけだった男たちがサッと動いた。

「……人の親切を無下にするとは、教育がなってねぇなぁ、兄ちゃん?」

「そうそう、この街にはこの街のルールってのがあるんだよ。」

先に進もうにも、行く手を塞がれた。
面倒だなと思う。
金を渡せばこの場は済むかもしれないが、一度渡せば毎回要求される事になる。
それは次第にエスカレートするし、その対応は売人やその上にも伝わる。
かと言って、あまり騒動にしたくない。
こんな小芝居までしたというのに、下手に身元を探られるのは困る。

「どうした?兄ちゃん?」

「怖くて動けなくなっちゃったかな??」

ニヤニヤ笑った男が、私の肩に腕を回した時だった。

バンッ、と銃声が響いた。

「ぎゃあぁぁぁッ!!」

「ログ!!」

「テメェ……?!」

ワッと彼らが声を上げたが、その声はすぐに止んだ。
私はゆっくりと振り返る
そこには銃を片手に、さっき声をかけてきた女を後ろから抱きしめる彼がいた。

「いい女だなぁ……ん?若い男より、いい思いさせてやるからよぉ……な?」

服の一部を力づくで破り、半ば顕になった乳房を彼の手が揉みしだく。
反対の手に銃がある事から、女は何も言わずそれに耐えている。
その銃は、たった今、私の肩に腕を回していた男の足を撃ち、きな臭さを漂わせていた。

「……よせ。騒ぎを起こすと、薬が買えなくなるぞ。」

「お前が薬を寄越さないのが悪いんだ!!だから別なもので発散するしかねぇだろうが!!」

そう言った彼はキチガイのように笑いだした。
空を見上げ、ゲラゲラ笑う。

「ヒッ?!」

女がそう言って彼から逃げた。
そして押し当てられていた腰のあたりをしきりに気にする。
見れば濡れている。
彼は天を仰いでゲラゲラ笑いながら放尿していた。

銃を持ったトチ狂ったジャンキー。
それを前にして女の仲間たちは距離を取った。

ざっと、それまで小雨だった雨が強まる。
叩きつけるように降り出した雨は、彼の異常さを強調した。

私は折り畳み傘を取り出し、差した。
そして皆が遠巻きにするジャンキーに近づき、差し掛けた。

「帰ろう。雨が降ってきた……。」

彼はしばらく動かなかったが、ゆっくりと私の方に目を向けた。
そして頷くと、横に並んで歩き出す。
街のゴロツキ共は、それを言葉も発せず見つめていた。

だが、少し歩いたところで、彼がいきなりグルッと彼らに振り向く。


「……俺の息子に、汚ねぇ手で触んじゃねぇ!!ブッ殺すぞ!!」


そしてそう怒鳴った。
その目は血走り、迫真の演技だった。

ゴロツキたちはその圧に負けてビクッと震えている。

演技?
これが?

私は彼の目を見ながらそう思った。
それは私がダイナーで見た、あの目だった。

ズキン、と胸に痛みが走る。
それが演技だとわかっているのに、何故か本当に父親に守られたような錯覚を起こさせた。

私はそっと彼の手に触れ、その銃を取り上げる。


「帰ろう、父さん。風邪を引くよ。」

「……ああ。」


私にそう言われた彼はおとなしく、私と傘に入って歩き出す。
ゴロツキどもは追ってこなかった。

おそらく今後この路地に来たとしても、私に手出しをする者はいないだろう。

そんな気がした。
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