猫と話をさせてくれ

ねぎ(ポン酢)

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第一話

ロープと猫缶⑤

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 ホームセンターは意外と込み合っていた。

え?不用不急の外出ってしたらダメなんじゃなかったっけ?
何故か子供が走り回る店内を見て、俺は拍子抜けした。

あれ?世の中、生存の危機に瀕してるんじゃなかったのか?
危険はもう、なくなったのか?

子供のはしゃぐ声の裏、店内放送が感染のリスクを語る。

誰の耳にも入っていないそれは、日本語なのに、異国の音楽か何かのようだった。
もしくは、お経や祝詞のように、必死に見えない何かを鎮めようと唱えられている様に聞こえた。

いくら祈っても、守るべきものがこれでは、守りようがないだろうけれども。

もう、俺には関係ないけれど、その祈りをありがたく受け取ろうと思った。


とにかく、買うものを買って、さっさと出よう。
俺はまず、猫缶を探しにペットコーナーに向かった。

猫缶はめちゃくちゃたくさん種類があった。

高いのと言われたが、どれが良いのか解らない。
猫はそれなりの大きさがあったし、高くてもあんまり小さいと食い出がないだろうし、大きければ良いって訳ではないだろうし。

悩む俺に、誰かがぶつかった。


「あ、すみません。」


反射的にそう言ったが、相手のオッサンは舌打ちして、


「ぼさっと立ってるな!不用不急の外出しやがって!!感染広めるな!」


と、言って、持っていた消毒薬を吹き付けてきた。


「ちょっと!何するんですか!!」

「お前らが出歩くから感染が広まるんだ!消毒してやったんだからありがたく思え!!」

「私は用があってきました!今日まで1週間ほど出歩いてなどいません!」


信じられなかった。

何なんだ?この人は?!
と言うか、そう言うお前は何なんだ?!と思った。


「てめえが悪いのに言い訳するな!」


言い返されて頭に来たのか、オッサンは大声を出しながら、また消毒薬を吹き付けてきた。

さすがに頭に来て、どうしてやろうかと思ったその時、


「こっちです!警備員さん!ここでまた、暴れています!」


女の人の声がした。

マスクのせいで少しくぐもった声だった。

その声にオッサンは舌打ちして、素早く逃げようとしたので、俺は逃がすまいと行く手をふさいだ。


「邪魔だ!!」


オッサンは猿みたいな勢いで突っ込んできて、俺はひっくり返った。

ひっくり返った俺の脇を、店員さんと警備員さんが駆けていく。


「大丈夫ですか?」


そう言われて顔をあげると、同い年位の女性が覗き込んでいた。

「お怪我はございませんか?」

彼女は起き上がるのを手伝ってくれようとしたが、その時急に、猫に臭いと言われたことを思いだした。


「だっ大丈夫です!すみません!一人で立てます!」


俺は慌てて立ち上がり、女性と微妙に距離を取った。
心の底から、今度出歩くときは、風呂に入ってからにしようと思った。


「ごめんなさい、近寄られたら嫌ですよね?」


思わぬことを言われ、俺は慌てて顔を上げた。

女性は白衣を着ていた。

マスクの上から覗く目が、申し訳なさそうに俺を見ていた。


「違うんです!俺、昨日、風呂に入ってなくて!臭かったらと思って!!」


勘違いさせてしまったと慌てた俺は、ついうっかり、本当の事を言ってしまった。
(正しくは数日、入ってないんだけどね)

そう言うと、女性はきょとんとした目をした後、笑ってくれた。


「よかった。最近はお釣りを触られるのも嫌がる方がいらっしゃるので、何か色々申し訳なくて。」

「大変なんですね。」

「それだけ危機意識が高いって事なので、良いことだと思ってます!
 とはいえ、他の方に消毒薬をかけてくるような方は困るのですが。」


女性は屈託なく、そう言った。

何か眩しくて、自分がみみっちく思えた。
居たたまれなくて、誤魔化すように話題を探した。


「…このお店、薬局があるんですか?」

「申し訳ございません。当店には調剤薬局はありません。ドラッグストアーと同じ市販のお薬があります。何かお薬をお探しですか?」

「いえ、俺は猫缶を買いに来てて…。」

「猫ちゃんがいるんですね!羨ましい!」

「い、いえ、知り合いに買ってきて欲しいと頼まれただけで、、、。」

「そうなんですね!係りの者にご相談されますか?」

「い、いえ、大丈夫です。」

「承知致しました。この度はご迷惑を御掛けしまして、申し訳ございませんでした。後でお怪我など見つかりましたら、ご相談下さい。」


彼女はそう言うと、綺麗に45℃のお辞儀をして、去っていった。

訳の解らないオッサンと、マスクで顔のわからなかった優しげな女性はいなくなり、俺はまた、たくさんの猫缶の前に1人、頭を悩ます事になった。
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