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序章・前世は……。
しおりを挟むあんたなんていらない!
暗い地下牢で、母は私にいつもそう言った。
たまに陽の光が隙間からさすとわかる金色の髪を振り乱しながら、鬼の形相をして。
着ているドレスはボロボロなのに、それを脱ごうとは決してしなかった。
私の着ている囚人のような服が嫌だったのか、それとも精一杯の矜持だったのか。
あたしはヒロインなのにっ!
意味のわからない言葉を何度も何度も繰り返して。
牢に入るのはあの女のはずなのにっ!
誰が代わりに入るはずだったのか、興味もなかった。
現実は母と父と私が牢に入れられているのだから。
父はいつも窓の外を見ながら、なにかを呟いていた。
目は虚ろで、母が喚こうが泣こうが、まるで聞こえていない。
ああ、狂っているんだと理解したのはいつだっただろう。
私すらも映さない瞳で、私には向けない笑顔で『誰か』に笑いかける。
寂しさが気持ち悪さへと変わったのはいつだっただろう。
時折「カルミア」と知らない名を呼んでいた。
「ぼくがわるかったよ……。だから、カルミア、もどってきて……」
母は父がそう言う度に、喚いて叫んで父を叩くのだ。
カルミアは悪役なのよっ! ヒロインはあたしっ!
あんたなんきゃ選ばなきゃよかったっ! 王妃にしてくれるって言ったのにっ!
硬いパンをかじりながら、諦めたのはいつだっただろう。
外へいけるはずはない。
だって、こんなにおかしい母がいるんだから。
きっと一生このままだ。
狂った親子だと、きっと思われているから。
父のように狂えたら、どんなにいいだろう。
母のように喚けたら、どれだけ楽だろう。
生まれてから、この地下牢しか知らない私はずっとこのままで終わってゆくのだと思っていた。
ある夜、突然父の瞳に光が灯り、母と罵詈雑言が飛び交い、掴みかかり合いはじめた。
お前のせいだと詰る声が、一瞬誰の声かわからなかった。
父はいつも許しを請うように優しく誰かの名前を呼んでいたから。
なにもできなかった能無しのくせにと母の声がした次の瞬間、父は激昂して母の首を絞めていた。
いつもただ眺めているだけだった私は、この時初めて恐怖を覚えて震え上がった。
手近にあった薄い掛け布団を握りしめて、ベッドの隅でただその光景を見ていることしかできなかった。
こと切れる寸前、母の目がこちらを向いたように思えた。
助けてと言っていた。
目で助けて、と。
いらないと言った私に助けを求める母が酷く醜くて痛かった。
ドサリ崩れ落ちた母の身体は、もう動くことはなかった。
父の瞳が私を捕えた時、私も殺されると確信した。
首に回された手が、初めて触れてくれた父の手だった。
狂気を宿した目を見て、もういいやと心が笑った。
やっとこの狂った日々が終わる。
そう思うと安堵すらした。
母は喚くばかりだった。
私を見てほしかった。
父は狂っていた。
私を知ってほしかった。
叶わなかった願い事が浮かんで消えて、締められている首が不快な音をたてる。
呼吸ができなくなっていって、意識がどんどん遠のく。
ただ、私を見てほしかった。
ただ、私を知ってほしかった。
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