悪役令嬢こと私は、ヒロインの娘です。

了本 羊

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chapter1 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ヒロイン? ①

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「やっぱりあたしはヒロインなのね! 神様がもう一度チャンスをくれたんだわ!」

ヒロインというわけのわからない単語に呆然としたのも束の間、唐突に夏葵なつきは理解した。

この人は私の母親だった人だと。








 江戸時代初期から続く名門・藤ノ百合財閥。
 華族としての地位もあった年月から、それに甘んじることなく事業を幅広く展開して財力を増やしていった。
そんな藤ノ百合家の現当主、行哉には二人の娘がいる。
 一卵性の双子である姉の夏葵と妹の夏李なつりだ。
 一卵性の姉妹なのに顔だけが似ていて、他はなにもかもがことごとく違う。それが周囲の二人に対する感想だった。
 妹の夏李は明るく活発的で、太陽のように笑い愛くるしい花の笑顔を見せて、皆を和ませる。けれど勉学は家庭教師が匙を投げるほどむいていないらしく、数人の教師の悲痛な叫びを聞いたことがある。
 対して姉である夏葵は無口で内向的。あまり笑うことはなく令嬢という肩書が似合う雰囲気を漂わせて、大人さえも竦ませる。勉学はついた家庭教師が感嘆するほど飲み込みがよく、入学が決まっている高宮東奥学園初等部に通う前にすでに四年生までの勉強過程を終了していた。これならばと、最近は外国語を何個か習わされているが、これもあまり難しくなく学べている。

 太陽と月。

そう使用人の一人が例えているのを聞いたことがあった。
そんな噂はきっと屋敷内だけではないことも薄々は知っていた。
でも、夏葵は興味がなかった。
 噂だけでなく、勉強も、家庭教師達からの称賛も、なにもかも。
 唯一関心が向かうとすれば、それは妹の夏李へだった。
 夏李はなぜだか夏葵をいつも避けていたが、夏葵は夏李が大好きだった。
 夏葵の物がほしいと駄々をこねられれば渡したし、高価な物を夏李が割れば夏葵のせいにされたことも受け入れた。ただし、あまりにも頻発することと夏葵の性格も相まって、すぐに誰だかわかり夏李は父にかなり怒られていたが。

 母は夏李ばかりを可愛がり、夏葵を邪険に扱ったけれど、夏葵の目に母の姿など映ってはいなかった。
 高価な物を買い漁り、父が家にいない時には友人との旅行と偽っての年若い男性との不倫旅行。
 名家の出ではあったけれど、傲慢でプライドが高い母は夏葵にとって身近にいるこうなってはいけないというただの見本のようなものだった。
 仕事ばかりで自分達を顧みない父は、夏葵の中で認識すら危うかった。
なのに、母によくも悪くも似ている妹の夏李は夏葵にとってすべてと言っても嘘ではないほどで。
 夏葵自身どうしてなのかと不思議に感じていた。

そんなある日、父と母の離婚が決まったと淡々と二人から告げられた。
 夏李は途端に泣き出したが、夏葵は遅かれ早かれこうなっていたのではないかと動揺すらしなかった。
 政略結婚で夫婦生活を営む二人の綻びは早く、物心ついた時にはすでに二人は同じ家の中にいるのに話をすることすらなく、偶に二人で出かけてゆくパーティーも行く前は渋い顔。帰ってくれば無言。使用人達がいつ離婚するのだろうかと囁き合っていたのを知っている。
 手続きもすべて終わっていて、夏葵は父に夏李は母と暮らすことになったと言われた。
ここで初めて夏葵は動揺した。
 夏李と離ればなれになる。
そんなことを考えてもいなかったから。

 本当にすべての手続きが終わっているのか、荷物をまとめていた母は夏李の手をとって待たせている車へと歩いてゆく。
 「運べない荷物は後日、使用人に取りに来させますわ」
 淡々と言う母に父は一瞥すらせずに屋敷の中へと戻ってゆく。
 夏李はチラチラとこちらを窺っていたが、父が姿を消すと振り返らずに母とともに車へと乗りこもうとする。
と、母の携帯に着信があったのか、携帯を取り出して少し離れた位置に移動した。
 「夏李……っ!」
 使用人の制止を振り切って夏李の元へ向かうと、夏李はこちらを振り返り、じっと見つめてきた。
 行かないでと、言おうとした。
 母はどうでもよかった。
だけど、夏李だけは嫌だった。
 離れたくなかった。
その思いで口を開きかけた時、遮られるように歓喜の声が覆いかぶさった。

 「やっぱりあたしはヒロインなのね! 神様がもう一度チャンスをくれたんだわ!」

ヒロイン?

 「そして双子の姉である夏葵は悪役令嬢! 今度こそ悪役らしい態度をとってよね! 前回の二の前はごめんよ」

 「なつ、り?」

 「同じ顔っていうのがあれだけど、まあしょうがないわよね。あたしのほうが可愛いから問題ないし」

 頭がおかしくなったのかと思った。
 高笑いしている様は母よりも酷く醜くて。
けれど、この醜さを私はどこかで見たことがあると思った。



 『あたしはヒロインなのにっ!』

 何度も何度も聞いた言葉は頭に蘇ってくる。

あまりにも強烈なフラッシュバックに眩暈がして、ふらふらと後ずさり、尻餅をついた。

 「汚いわね。そんなところに座っちゃって」

 夏李は……。

ああ、この人は……。

 『あんたなんていらない!』

 私の母親だった人だ。



 電話を終えて戻ってきた現実の母親は私を見ると顔をしかめた。
 「夏李ちゃん、行きましょう」
 夏李を車に乗せようとする。

 待って……!

 「待って! お母様!!」

 自分でも驚くほどの声が出た。
そんな私を見て母はふうっと短い溜め息を零す。

 「あなたはいらないわ」

そっくりだ。
なにもかもが。
あの時と。

 出てゆく車の中で呆然と座り込んでいる私に夏李が顔を向けて、唇が弧を描いた。

さ、よ、う、な、ら。

 一言一言嘲笑うように。
 聞こえなくても確かに見えた言葉が酷く私を打ちのめした。

 母は私をもう見ることすらなかったけれど、母なんてどうでもよかった。

 私が引き留めたかったのは……。

 夏李……。お母様だったのに。







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