悪役令嬢こと私は、ヒロインの娘です。

了本 羊

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chapter1 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ヒロイン? ③

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目を覚ますと、すでに深夜で、隣にはつきっきりで看病してくれていた千早がいた。
 謝れば当然のことだと返されたけれど、それでも申し訳ない気持ちになる。
 自分が教えてほしいと頼んだのに、それを知って倒れてしまうなんて。
けれど、教えられたことは今の夏葵には到底受け入れられないものばかりだった。

 乙女ゲームによく似た世界。

 乙女ゲームという物が女性を対象とした恋愛ゲーム、簡単に言えば恋愛マンガや小説と同じだと千早に説明された。
 千早が今の千早として生まれる前に生きていた世界にあった乙女ゲーム。そんな乙女ゲームの世界にそっくりだなんて簡単には信じられなかった。
でも、夏李は、昔の母は嬉しそうに言っていた。
やっぱりヒロインなのね、と。
 急にあの暗い地下牢での生活が思い出された。
そういえば、同じようなことを母は喚いてはいなかっただろうか。
ヒロインだとか、悪役令嬢がどうとか。

 理解が、まだできない。

 理解はできなくても現状を受け入れ始めた自分に、千早はこれからどうするのかと尋ねてきた。
 「このまま生きていけば、私は自殺しなきゃいけないんですか?」
 「それはあくまでゲームの中のお話です。少しの間話をさせていただいて感じたことですが、夏葵様は『チェトランガ』の藤ノ百合夏葵とはだいぶ違う気がいたします」
 「そう、なんですか?」
 「はい。ゲームの中の藤ノ百合夏葵は傲慢で、母親の愛情を奪った夏李を憎んでいます。けれど、今の夏葵様は夏李様を恨んでいるとは思えませんし、これからもそうなる可能性は低いように見えます」

 夏李を憎む?

ぎゅっと無意識のうちに手を握っていた。
 「……憎めたら楽なのに……」
 「夏葵様……」
 千早の顔が見れなくて、横を向いて枕を掴んだ。
どれだけ求めても同じ。夏李は、母は、私を見てくれることなんて絶対にない。
だったら憎んだらいいのに、それが簡単なのに、それもできない。

 苦しい。

 息をするのも、考えるのも。思い出すのも、思うのも。

 「私は夏葵様に生きていてほしいです」
 優しくかけられた声に、ゆっくりと振り返れば千早が微笑んでくれていた。
 「僅かの時間しか夏葵様とはいないかもしれませんが、夏葵様がどんな方なのかはちょっとだけわかったような気がいたします。それでは駄目でしょうか?」
 駄目、じゃない。
そう言いたいのに言葉が上手く出てこない。
 「それだけでは生きていく道標にはなりませんか?」
 「私は、わがまま、だよ?」
 「どこがわがままなのでしょうか? 同僚になる使用人の方々も夏李様の方がわがままだと仰っていました」
 「愛想が、ない、みたい」
 「大人のように愛想良くされてもさすがに困ります。愛想の仕方は私がこれからお教えいたしますよ」
 「可愛げも、ないって」
 「夏葵様のお可愛らしさがわからないなんて、目が節穴なのでしょう」
 「お、かあさまが、そう言ってた」
 「そうなのですか? ですが、今は奥様でもありませんし私にとっては他人の方ですから。それよりも夏葵様の方が大事です」
 大事と初めて言われて、飛び起きて千早にしがみついた。
 「夏葵様!?」

 昔も今も、今まで自分を大事だと言ってくれた人など誰もいなかった。
 願っても求めても無駄だった。
なのに千早は大事だと言ってくれた。
それが嘘でもかまわなかった。
きっと誰かにずっとそう言ってもらいたかったから。

 本当は言ってもらいたい人は他にいる。
けれど、どうあっても叶えられないのならば、自分はそれを誰かに求めても許されるだろうか?

しがみついたまま離れようとしない自分を、千早はなにも言わずにそのままにしてくれた。時折、優しく背中を撫でながら。

 未だに理解できないことはたくさんで、けれど、生きていきたいと微かに思った。
 夏李のことは気持ちの整理が、まだ追いついていない。
けれど、思ったから。
 千早のような優しい人がいる、この現実で生きたいと。





 夏李の言動から立ち直った私は、高宮東奥学園の入学に向けて千早のスパルタな指導が毎日行われることとなった。
 今まで何人もの家庭教師がついてくれたが、千早はたった一人でそのすべての勉強を教えてくれる。外国語も同じく。
 父がなぜ千早をつけたのかすぐにわかった。今まで数多の良家の子女たちを教えてきた経歴と有能さに夏葵は圧巻した。
さすがにマナー講師は別に用意されていたが。
それに加えて自分の面倒もメイドとして見てくれる千早は、息抜きにとゲームやマンガ、アニメなど様々なものを自分に勧めてくれた。
 二人きりなので父にばれることはなかったが、千早が時折アニメを見て「萌える」と叫んだり、ゲームをして「もっと甘さを!」と画面越しに懇願している場面を何度か見て、これは誰にも言わないほうがいいことなのだろうとなぜだか思ったりした。
アニメやマンガは見るだけだったけれど、ゲームは苦手だなと夏葵は思った。
 簡単だからと勧められたゲームを開始して早々に操作していたキャラクターの浮いている土への飛び方がわからずに落下して海に落ちてゲームオーバーになった。
そんな私に我慢できなかったのか、笑いをこらえる千早にどうしたら着地できるのか聞いてみたけれど、何度やっても上手くはいかなかった。


そんな今までにない穏やかな日常を過ごしながらも、夏李のことを毎日思い出した。

あっさりと私を切り捨てた夏李。

でも、日々を過ごしてゆくうちにそれは変わっていってくれないだろうか。

 今度こそ私を…………。


そんな思いがよぎる度に自嘲しながら、私は高宮東奥学園初等部の入学を迎えた。




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次の章に移ります。
 次から攻略対象者、二名が登場予定です。



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