悪役令嬢こと私は、ヒロインの娘です。

了本 羊

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閑話 此花千早

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私が前世と呼ばれるものを思い出したのは高校卒業間近でした。
 国立大学への進学も決まり、意気揚々としていたある日、それは本当に唐突な出来事だったのです。

まあ、夢でうなされて思い出したという安易なオチですが。

 昔から現実のような夢を見ることは多々あったので、気に止めていなかったのですが、その時にハッキリと前世の記憶を思い出しました。
 名前もどんな風に生きていたのかも。
そして、死に方も。
 老衰でした。
そこそこ満足のいく人生だったと思います。
 普通は前世って悪夢のような出来事を体験したり、死に方が事故だったり殺人だったら思い出すものなんじゃないんですかね?
まあ、それはさておき思い出しても前と変わらない日々を過ごして数日、私は大変なことに気づいてしまったのです!

ここは乙女ゲームの世界なんじゃないかと!

 頭がおかしいと思う方もいらっしゃるかもしれません。
が、事実は事実。
 高宮東奥学園という名前を聞いて、財閥家に藤ノ百合家、紫陽宮家があることを知り、確信したんです。
ここが乙女ゲーム『チェトランガ』の世界であると!
あ、財閥家の名前を知らなかったことは無知ではありませんよ。
 一般家庭に生まれた人間が財閥家の名前なんて覚える必要はないじゃないですか。
けっして無知ではありませんから!

 納得したと同時にストーリーが始まる前だと知った私は、すぐさま考えました。
どうやったら『チェトランガ』の世界を見てゆくことができるのかと。
 前世からの趣味は変わらずに、私はアニメやゲームが大好きでした。
その物語が目の前にあるんですよ!?
 見たいと思うのは当然じゃありませんか!?
 必死に必死に考えて、私は一つの結論を導き出しました。

メイドになろう! と。

え? 意味がわかりませんか?
 上流階級の奥様になる道も考えましたが、窮屈な生活を強いられそうで即却下しました。
 物語が始まるのは、おおよそ見積もっても数年後。
あ、ストーリー前だと知ったのは藤ノ百合家や紫陽宮家にまだ物語の子ども達が生まれていなかったからです。
そして、紫陽宮奏司が生まれたばかり。
 確か8歳ぐらい弟の奏多とは差があったはずです。
それまでにできることで私がストーリーを見ることができる立ち位置を考えての結論でした。

メイドになろうと誓ったものの、どうしたらなれるのかさっぱりですし、面接に落ちたら目も当てられません。
よしスペックを磨こうと大学を一年休学して留学したり、とにかく勉強を頑張りました。
 今の私は前世の私より頭がとてもよくて助かりました。

 大学を卒業すると、色々な上流な方々の家で家庭教師から始め、実績を積むことにしました。
 名を売っておけば、それだけメイドになれやすいというものです。
あ、メイドの仕事も経験しましたよ。もちろん。


そして、チャンスがとうとうやってきたのです!
ななんと藤ノ百合家当主の行哉様から直々に娘の専属のメイドになってほしいと申し出があったのです!
 本当は紫陽宮家で美形が育ってゆくところを見たかったのですが、それは仕方がありません。
すぐに了承の返事をしましたが、ここでゲームの中では悪役令嬢だった藤ノ百合夏葵がどんな子どもか少しだけおっかなびっくりでしたね。
でも、ここまで頑張ってきたのです!
チャンスを棒に振るなどするわけがないでしょう!
それに色々な上流の家で培われたものはだてではありません。
わがままな子ども相手には負けないと意気込んで初日を迎えました。

なのですが…………。


 初めてお会いした時、夏葵様は子どもとは思えない空虚な目をしていました。
 大切な誰かに傷つけられた目をして、今にも泣きそうな顔をしていたんです。
 母親に愛されなかったことは、それほど夏葵様の幼い心を抉ったのでしょう。
 当然ですね。
 藤ノ百合夏葵の父親は娘を道具としてしか見ていないことは、ゲームをやっていたのだから知っています。
そんな父親を愛せるはずもなく、母親とヒロインである双子の妹の藤ノ百合夏李だけが心の救いだったはず。
その二人を同時に失って、6歳の少女が耐えられるはずもありません。
そんなことを考えていると、じっと夏葵様がこちらを見てきます。
ゲーム画面越しに成長した姿しか知りませんが、美人だったので子どものころもさぞや可愛いとは思っていましたが、想像以上です。
 思わず口に出していました。

 「本当に悪役令嬢ですか?」

 慌てた私をよそに夏葵様は初めて感情を露わにして悪役令嬢とはなにかと問いただしてきました。
ヒロインとはなにかと。
カチリとなにかがはまったような気がしました。
 話しを聞くかぎり、どうやらヒロインの夏李様は私と同じ転生者のようです。
かなり悪い方向の。

 親切丁寧を心がけて夏葵様に全てをお教えすると、倒れてしまわれました。
まあ、それはそうですよね。

 目覚めた夏葵様は、まだ混乱の渦の中にいるようでしたが、か細くも話される姿に私はゲームの藤ノ百合夏葵と現実の夏葵様は違うのだと認識したのです。
 私に懸命にしがみついてくる小さな背中を引きはがすなんてことはできませんでした。
この方は幸せになるべきだと思いました。


 夏葵様と過ごすようになり、夏葵様は勉学も、教養も、教えられたことはほぼ間違えることなくおできになる方で感嘆しっぱなしで、私の名前を呼びながら嬉しそうに笑う様など天使のごとき愛らしさなのです!

 高宮東奥学園に入学して紫陽宮奏多様達と接近した時も悪いようにはならないとなんとなく感じてはいましたが、まさかまさか! あの紫陽宮奏多様が夏葵様をお好きになるなんて!
 夏葵様は相当嫌がっているので、見込みはかなり、いえものすっごく低いですが、頑張ってもらいたいものです。攻略対象が愛を囁く場面を目撃できるなんてなんと至福なのでしょう!
それが夏葵様にばれてしまわないようにするのは大変ですが、なんとかやっています。
このままいい方向に向かっていくように私も影ながら助力いたしますね!

それにしても問題はヒロインである夏李様です。
あの方は自分がヒロインであるということに夢を見過ぎです。
 乙女ゲームかもしれませんが、ここはれっきとした現実なのです。
それを理解しているのでしょうか?
 行哉様に頼まれて素行調査をしていましたが、あまりの酷さに「もういい」と打ち切りを言い渡されました。
 完全に夏李様を見放されたようです。
まあ、夏李様を調査するのはやめませんが。
 行哉様に頼まれていた仕事が、私用に変わっただけのことです。
 調べるといってもプライバシーは侵害していませんから、大丈夫です。
そんなヘマはいたしません。

 夏李様はどうやら紫陽宮奏多様がお気に入りの様子。
もし奏多様が夏葵様を好きだと知った日にはどうなることやら。
 現段階では大丈夫ですが、注意が必要ですね。
あの方はいずれ夏葵様の害になる気が絶対にします。



ずっと見ていて、夏葵様のことで気づいたことがあるのです。
 私に心を許してくださっている。
けれど、たまに夏李様の話をする度に痛ましい表情をされます。
 最初は憎めない妹への愛情を、どうしたらいいのかわからないだけだろうと思っていました。
けれど最近、それは違うのではないかと思いはじめたのです。
なにが違うのかわかりません。
 気のせいかもしれません。
ですが、あのなにかを願いながら諦めた瞳が夏李様を追っているような気がして。
どうしてそこまで求めるのか理由がわからないですし、夏葵様は話そうとはしません。
 自分も聞いたことはありません。
もし間違っていたら、夏葵様のお気持ちを傷つけてしまいますから。

いつか、話していただける日はくるのでしょうか?
 今はただ信じるしかできないのがつらいところです。

さあ、そんなことを考えている前に仕事が待っています。
 山積みです。
 差し当たっては、ずっと気になっていることから片づけてしまいましょうか。






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