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chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ⑩
しおりを挟むパーティーの会場に入ると、やはり同年代の少女達は皆、紫のドレスかドレスに紫の刺繍があるものばかりを着ている。
あからさまな主張に、私が当事者だったら引くなと考えていた。
けれど、奏多はどうだろう?
「藤ノ百合さん、こんばんは。赤いドレス、とっても素敵だね。でも、できれば紫色を着てほしかったな」
「御冗談がお上手ですね。紫陽宮様は」
主催者に父と挨拶に出向き、もちろんのことながらそこには奏多の姿もあって。
挨拶をした瞬間には、このセリフ。
私の父がこの場にいるんですよ?
「冗談じゃないよ。紫のドレスを着た藤ノ百合さんをいつか見せてね。きっと天使のようだよ。あ、今でも充分天使だけど。いや、女神様かな」
「あらあら、奏多は夏葵さんを随分と好いていらっしゃるのね。わたくし初めて知りましたわ。でも、夏葵さんなら納得ね」
奏多のお母様、紫陽宮紅音様も奏多にニコニコと微笑みながら、そんな話題を振らないで!
「納得していただいたよ、藤ノ百合さん」
なにが!?
笑いながらも言葉が出せなくなってしまう。
ここで慌てて変なことでも言ったら取り返しがつかない。
父が隣で含み笑いをしているのが苛立つ。
奏多の足を踏みたい。
ものすごく。
「奏多、夏葵さんが困っていらっしゃるだろう。あまり女の子を困らせるものではないよ」
夏葵の心の内を悟ってくれたのか、奏多の兄、奏司が助け船をだしてくれる。
奏多と似ているキラキラしい容姿が五割増しに輝いて見える。
奏多とは8つも歳が離れていて、すでに紫陽宮の跡取りとして相応しい立ち振る舞いを自然とする奏司に同年代ぐらいの中高生のお嬢様方が、うっとりと奏司を見つめている。
奏司も婚約者がいない身。
奏多以上に大変な目に遭っているのかもしれない。
「夏葵さんもごめんね。奏多が強引で。悪気はないんだ。なさすぎて困ってるよね」
よくわかっている。さすがは兄弟。
でも、頷くことはできないので曖昧に微笑んでおいた。
他の賓客達ももちろんいるため、奏多達は笑顔で会釈をして離れていく。
が、寸前で奏多は夏葵の腕を掴んだ。
「後で一緒に踊ろうね。僕が一番最初だから。約束だよ」
勝手に約束を取りつけて颯爽と去って行ってしまう。
「よくやっているな。もうお前に惚れているようだ、奏多君は」
嬉しさを堪えきれないように言う父の背中を蹴り飛ばしてやりたいと思わずにはいられなくて。
「お父様、私少しだけ夜風にあたってまいります」
父の傍にいるのが嫌でしょうがなくて、そう言って僅かの時間逃げ出した。
パーティーの喧騒から抜けて一人になると、知らず知らずのうちに溜め息が零れていた。
予想していたことの連続でも、やはり疲れる。
庭園を歩きながら、ふと自分の手もとを見ると、7歳の少女の手だと一目でわかる幼く小さな掌。
それを夜空に向けてかざすと、昔もこうやって闇の中で手をかざしていたことを思い出す。
あの時は今よりも大きな手だった。
こうやって歳を重ねる毎に同じことをしていけば、いつか自分が死んだ時の年齢がおぼろげながらにでもわかるのだろうか。
でも、それを知ってもなにもない。
でも、いつかきっとわかる日がくる。
それが、少しだけ……怖い。
考え込みながら足を進めていたせいで、パーティー会場をだいぶ離れてしまったことに気づかなかった。
誰かの話し声が聞こえて我に返って辺りを見回した。
複雑な造りではないけれど、ダンスの時間までに戻らなければ奏多が騒ぎ出す気がする。
いや、絶対。
慌てて会場に戻ろうとした時、涙声が聞こえてきて足を止めてしまった。
「ご、めんなさい! 菫! ほんとうにっ……!」
好奇心には勝てずに、そっと声のした方に足を向けると、噴水の傍で三人の男女が話している。
そこそこに整った顔立ちをした優しい雰囲気をした20代後半の男性と、その隣で泣き続ける20代前半の可愛らしい容姿をした女性。女性自身も自分の可愛らしさをわかっていて、桃色のドレスに身を包んでいる。
対峙するように立つ、もう一人の女性は千早と同年代ぐらいに見える穏やかで静かそうな綺麗な女性だった。
青を強調としたドレスは、その女性にとてもよく似合っていて、可愛らしい女性よりもドレスの着こなしになれているように見える。
そんな女性は泣き続けるもう一人の女性を、ただ黙って見つめている。
「菫! 怒ってるよね……。でも、でも、私! 清嗣さんのことがどうしても諦められなくて! 菫の婚約者だってわかってたのにっ!」
「菫! 悪いのはなずなではなくて僕なんだ! 君の友達だとわかっていたのに好きになってしまった!」
これが千早さんが言っていた修羅場? というものだろうか?
千早さんは理由はどうであれ、浮気するほうと誘惑するほうに非はあると語っていたけれど。
「それになずなのお腹の中には僕の赤ちゃんがいるんだ!」
あ、千早さんが言っていた最低最悪なのは相手がいるのに浮気して、妊娠させてることって言っていた。
じゃあ、あの男性は最低最悪な人なのかな?
優しげな印象から、そんな風には見えなくて、もう一度こっそりと覗いてみると、なぜだか菫と呼ばれた女性はショックを受けた顔をしていた。
「子ども……清嗣さん、子どもはいらないとおっしゃっていたのに……」
「すまない! 菫! やっぱり僕は自分の子どもを産んでくれる女性がいい! 君では、無理だろう?」
ピキっと頭のどこかで怒りのスイッチが入った気がした。
「……わかりました。両親には清嗣さんから知らせてください。なずなもそれでいいわよね?」
「菫! ごめん、なさいっ」
「……いいのよ。子どもができない私よりもなずなのほうがいいのは当然だし、お互いに好き合っているならどうしようもないわ」
「菫! 君だったら僕よりも素敵な人と巡り会える! 本当にすまない!」
やっぱり千早さんが言っていたことは当たっている。
夏葵は息を吸い込んで、がさりと近くの茂みを揺すった。
「誰だ!?」
清嗣という男性の声に二人の女性もこちらを向く。
「あの……ここはどこですか?」
夏葵は精一杯の演技を心がけて、迷った感じを装った。
子どもがここにいることに驚いていた三人だったが、すぐにこちらに駆け寄ってくれたのは菫という女性だった。
「どうしたのかしら? 迷子になってしまったの?」
「はい……。会場を出て散歩をしていたら迷ってしまって。帰りかたがわからないんです」
「じゃあ、一緒に帰りましょうか? 私も今会場に戻るところだったのよ。清嗣さん、なずな、行きましょう。話は終わったのだし、こんな小さな子を一人にはさせられないわ」
「ありがとうございます。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
礼をとると菫は微笑んで夏葵の前に屈みこんだ。
「礼儀正しいのね。偉いわ。私の名前は洪流菫です。あなたのお名前は?」
「夏葵と言います」
「夏葵ちゃん。いい名前ね」
「ありがとうございます」
にこやかに接してくれる菫に手を引かれて、夏葵はパーティー会場へと戻った。
その間、後の二人とは一切挨拶を交わさなかった。
連れて戻ってくれると言ったのは菫だけだったし、後の二人はお互いを気遣い合いながら、こちらに見向きもしないで後ろをついてきていた。
たったいま別れを告げた婚約者が近くにいるというのに。
パーティー会場に戻った夏葵は菫の手を掴んだまま父親を探した。
父に会わせたい。お礼がしたいと言って。
後の二人はもういいじゃないかと言っていたが、無視した。
父親の姿を見つけて歩み寄る。
ここから演技の第二幕! 千早さんから教わった技術を生かす時!
「お父様、ただいま戻りました」
「夏葵か。遅かったな。そちらの女性は」
「こちらは洪流菫さんとおっしゃる方です。私が会場に戻る道がわからずにいたら親切に案内してくださったんです」
「そうですか。娘が御足労をおかけいたしました。藤ノ百合行哉といいます」
「え!? あの藤ノ百合家の当主様!?」
声を上げたのはなずなと呼ばれた女性だった。
菫は最初は驚いて数度瞬きを繰り返したものの、すぐに表情を戻した。
「いいえ。会場に一緒に戻ってきただけですので、迷惑ではありません」
「洪流といえば、あの名家のご令嬢ですか?」
「藤ノ百合様に覚えていただいていて光栄です」
「あ、あの! 藤ノ百合様! 私は麻倉清嗣といいます。初めまして!」
父と菫の会話に清嗣という男性が割って入る。
「麻倉家? あの最近急成長中の株式会社麻倉のご子息ですか?」
「はい! 藤ノ百合様に知っていていただけて光栄です!」
菫と同じ言葉を言っているのに、下品に思えるのは、きっと下心ありありで父と話をしているからだ。
急成長中の会社ということは洪流家との縁組みは親同士が決めた会社も交えてのものだと、すぐに推察できた。
「お父様、婚約というのはご本人同士が決めてもいいものなのですか?」
「なんだいきなり?」
「そちらの麻倉さんという方と洪流様はご婚約されているようですが、あちらの女性に子どもができたから別れてほしいとおっしゃていたんです。私、婚約は家同士の問題も含まれているので簡単には破棄できないと思っていましたが違うのですね」
会場がざわりと揺れた。
と、同時に場の空気も。
「ありえん」
そんなざわついた会場の雰囲気なんて関係ないというようにバッサリと行哉は切り捨てる。
「家同士の結びつきで婚約をするからには破棄するにも家同士の了承が必要になる。当人同士で勝手にできると思い込むのはアホだけだ」
それはつまり私に自由な恋愛など認めないし、するなと言っているのだろうと推察できる。
まあ、そんな父親だとは思っているし期待もしていない。
だからこそ自分が望んだとおりの答えに満足した。
「でしたら、そちらにいる麻倉様はアホなのですね。私は関わらないことにします」
藤ノ百合家の当主がアホといい、娘が関わらないと言った。
その意味を理解して青ざめる清嗣に麻倉家と洪流家、それになずなと呼ばれた女性の両親達が飛んできた。
紫陽宮家のパーティーで内輪揉めなどまずいと、早々に切り上げて帰ろうとする三家に聞こえるように無邪気に夏葵は声を出す。
「ですが、いつかお父様が再婚される際には是非、菫様のような方がいいです。優しくて品があって。理想のお母様になってくれそうです。お父様にアホと言われるような方は選ばないでくださいね」
あんに、なずなのような女性は嫌だと言うと、意味を理解しているのかいないのか。
「忙しくて、そんなことを考えている暇は今はないな」
いつもでしょうと付け加えたかった。
そんな夏葵の声になずなは会場を出る前に泣き崩れて、清嗣は蒼白で、菫だけは夏葵のほうを見て、少しだけ嬉しそうに微笑んでくれた。
パーティの終わりごろに行われる社交ダンスに、拒否権など与えられる暇もなく奏多に手をとられて中央に出る。
会場にいる同年代の少女達からの殺気がものすごい。
特に花蓮が禍々しいものをはなっている。
従兄妹なのだからいるとはわかっていたが、髪飾りも靴も紫色はどうなのでしょうか?
9歳が身につけるには、まだ少々早いのではと言いたくなる。
踊るために向かい合うと、奏多はなぜだか酷く上機嫌だった。
「今さっきの全部見ていたよ。藤ノ百合さんって女優さんになれるんじゃない?」
「御冗談が本当にお得意ですね。私はなにもしておりませんが?」
「洪流家のご令嬢を救ったじゃないか。きっと明日には麻倉家の会社の株は急落してるよ。狙ってたんでしょ?」
「なんのことだか私にはさっぱり」
「……ますます好きになったな」
物騒な発言は聞かなかったことにします。
ダンスを踊っている時に、龍之介を見つけたが、他のご令嬢とダンスを踊っていた。
今日会っていないのだから、終わり間近だが挨拶に後でいこうと思っていると、不意に龍之介の視線を感じて、視線を辿ると龍之介はなぜだか複雑な表情をしながら踊っていた。
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