25 / 31
閑話 菜々月柘榴石
しおりを挟む人には「音」がある。
おばあ様が言っていた言葉で、ざくろも物心ついてすぐにそう思った。
一人一人、多種多様な音を内側から出している。
それは時に機械音だったり、音とも呼べないアンバランスなものだったりするけれど、一人として同じものはなくて。
ざくろの好きな音を出しているのはおばあ様とおじい様。それに兄様。
逆に嫌いな音を出しているのはお母様。
昔は違っていたのだけれどと話す、おばあ様の言葉を信じていないわけじゃないけど、ざくろには想像できない。
おばあ様と違って優しくない。
おばあ様と違って歌うようじゃない。
おばあ様と違って暖かくない。
お母様は荒々しい音。
お母様はまるで歌えと命令されているよう。
お母様は冷たい。
そう素直に言ったら、すごくすごく怒られて叩かれた。
泣いているのに音が「私が一番なの!」と聞こえてくる。
お父様がお母様をなぐさめていた。
後でお母様の前でおばあ様と比較することを言ってはいけないと言われた。
お母様はおばあ様にピアニストとして劣っていることに傷ついているからと。
お父様にはそう言われたけれど、兄様はざくろを庇ってくれた。
ざくろは悪くない。
お母様がおばあ様をちゃんと見ればいいんだって。
でも、どうしてもそれができないんだって。
そんなお母様、ざくろは嫌い。
そう言ったら兄様は困ったように笑って。
「いつか母さんがざくろの好きな音を出せるといいのにな」と言った。
そんな日が来るのかな?
人は音が変わってゆくのかな?
おばあ様は変わってゆくって教えてくれた。
そして、ざくろが惹かれてやまない音がきっとこの世界にはあるって。
そんな音があるの?
聞いてみたいな。
早く会いたいな。
そんな人に。
そう思っていたら、初等部一年の終わり、本当に出会った。
不思議で不思議でたまらない音を出す子に!
藤ノ百合夏葵ちゃん。
天体観測をしている中で、そっと夜空に手をかざした夏葵ちゃんを見た時、ざくろの中に音が溢れてきた。
優しくて、激しくて。
暖かくて陽だまりのようで。
夏葵ちゃんのためだけの旋律をまとって。
友達になりたいと思っていたら、すぐに友達になれた。
ざくろのヴァイオリンを優しいって言ってくれた。
シベリウスの交響曲第6番を弾いていたのに。
そんな感想は今まで言われたことがなかった。
夏葵ちゃんと友達になれて嬉しかったけど、お母様が喜んでいたのは嬉しくなかった。
「あの藤ノ百合家のお嬢さん!?」
夏葵ちゃんは夏葵ちゃん!
お母様の音がもっともっと不快になっていってる。
本当に兄様が言うように好きな音になるのかな。
でも、夏葵ちゃんの周りにある嫌な音のほうが、ざくろには耳障りだった。
紫陽宮奏多。
お母様と主旋律が同じ音を出してる。
自分勝手でわがままな人。
夏葵ちゃんが困ってるのに夏葵ちゃんに好きだって言ってる。
無理だって夏葵ちゃん言ってるのに!
夏葵ちゃんのことを女子達に聞いた時は、お付き合いしてるって皆言ってたけど、どう見てもそうは見えない。皆目が曇ってるの? 病気なの?
嫌な音じゃないけど、神津龍之介も好きじゃない。
紫陽宮君の好きにさせてるけど、夏葵ちゃんの気持ちはどうなるの。
それに神津君だって夏葵ちゃんを好きだって言ってる音を出してるのに、それを隠してるのもなんか嫌。
それって友達の紫陽宮君を裏切ってる行為だよ。
夏葵ちゃんの神津君にある僅かな信頼も裏切ってるってこと。
言えないんだったら紫陽宮君の傍にいなきゃいいのに。
夏葵ちゃんにお似合いな人、誰かいないかな~。
困ってる夏葵ちゃんを助けたくて呟いたら、兄様に「余計なお節介はダメだよ」って言われた。
だから、考えるのはやめたけど…………兄様だったら夏葵ちゃん、どう思うんだろう?
最近、家に帰るのが嫌。
帰っても練習してるか、おばあ様や兄様のところにずっといるようにしてる。
お父様とお母様のケンカが大きくなっていってる。
お父様はざくろに注意するんだから、お母様のこと好きなんじゃないの?
お母様だっておばあ様は嫌いでも、お父様のことは好きなんじゃないの?
だから結婚したんじゃないの?
好きじゃなくても一緒にいれるの?
ある日、とうとうお母様が家を出て行ってしまった。
兄様を勝手に連れて。
珍しく声を荒げる兄様を泣き落としで困らせて。
嫌だよ。
兄様がどっかに行くのは嫌!
おばあ様の体調も自分のせいだって責めたせいで悪化して、入院することになってしまった。
おじい様はもうお父様達のこと諦めてる。
嫌だよ。
嫌だよ!
勝手に決めちゃ嫌だよ。
ざくろは嫌だよ。
兄様がどっかに行くのは嫌!
おばあ様が自分のせいだって責めるのも嫌!
なのにあれだけ嫌ってたお母様のせいにできない。
いなくなっても悲しくもないのに、どうしてもできない。
誰か助けてよ。
わかんないよ。
夏葵ちゃん……!
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
婚約破棄から~2年後~からのおめでとう
夏千冬
恋愛
第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。
それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!
改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる