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閑話 菜々月柘榴石

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人には「音」がある。
おばあ様が言っていた言葉で、ざくろも物心ついてすぐにそう思った。
 一人一人、多種多様な音を内側から出している。
それは時に機械音だったり、音とも呼べないアンバランスなものだったりするけれど、一人として同じものはなくて。
ざくろの好きな音を出しているのはおばあ様とおじい様。それに兄様。
 逆に嫌いな音を出しているのはお母様。
 昔は違っていたのだけれどと話す、おばあ様の言葉を信じていないわけじゃないけど、ざくろには想像できない。

おばあ様と違って優しくない。
おばあ様と違って歌うようじゃない。
おばあ様と違って暖かくない。

お母様は荒々しい音。
お母様はまるで歌えと命令されているよう。
お母様は冷たい。

そう素直に言ったら、すごくすごく怒られて叩かれた。
 泣いているのに音が「私が一番なの!」と聞こえてくる。
お父様がお母様をなぐさめていた。
 後でお母様の前でおばあ様と比較することを言ってはいけないと言われた。
お母様はおばあ様にピアニストとして劣っていることに傷ついているからと。
お父様にはそう言われたけれど、兄様はざくろを庇ってくれた。
ざくろは悪くない。
お母様がおばあ様をちゃんと見ればいいんだって。
でも、どうしてもそれができないんだって。
そんなお母様、ざくろは嫌い。
そう言ったら兄様は困ったように笑って。
 「いつか母さんがざくろの好きな音を出せるといいのにな」と言った。

そんな日が来るのかな?
 人は音が変わってゆくのかな?

おばあ様は変わってゆくって教えてくれた。
そして、ざくろが惹かれてやまない音がきっとこの世界にはあるって。

そんな音があるの?
 聞いてみたいな。
 早く会いたいな。
そんな人に。



そう思っていたら、初等部一年の終わり、本当に出会った。
 不思議で不思議でたまらない音を出す子に!

 藤ノ百合夏葵ちゃん。

 天体観測をしている中で、そっと夜空に手をかざした夏葵ちゃんを見た時、ざくろの中に音が溢れてきた。
 優しくて、激しくて。
 暖かくて陽だまりのようで。
 夏葵ちゃんのためだけの旋律をまとって。

 友達になりたいと思っていたら、すぐに友達になれた。
ざくろのヴァイオリンを優しいって言ってくれた。
シベリウスの交響曲第6番を弾いていたのに。
そんな感想は今まで言われたことがなかった。

 夏葵ちゃんと友達になれて嬉しかったけど、お母様が喜んでいたのは嬉しくなかった。
 「あの藤ノ百合家のお嬢さん!?」
 夏葵ちゃんは夏葵ちゃん!
お母様の音がもっともっと不快になっていってる。
 本当に兄様が言うように好きな音になるのかな。

でも、夏葵ちゃんの周りにある嫌な音のほうが、ざくろには耳障りだった。
 紫陽宮奏多。
お母様と主旋律が同じ音を出してる。
 自分勝手でわがままな人。
 夏葵ちゃんが困ってるのに夏葵ちゃんに好きだって言ってる。
 無理だって夏葵ちゃん言ってるのに!
 夏葵ちゃんのことを女子達に聞いた時は、お付き合いしてるって皆言ってたけど、どう見てもそうは見えない。皆目が曇ってるの? 病気なの?

 嫌な音じゃないけど、神津龍之介も好きじゃない。
 紫陽宮君の好きにさせてるけど、夏葵ちゃんの気持ちはどうなるの。
それに神津君だって夏葵ちゃんを好きだって言ってる音を出してるのに、それを隠してるのもなんか嫌。
それって友達の紫陽宮君を裏切ってる行為だよ。
 夏葵ちゃんの神津君にある僅かな信頼も裏切ってるってこと。
 言えないんだったら紫陽宮君の傍にいなきゃいいのに。

 夏葵ちゃんにお似合いな人、誰かいないかな~。
 困ってる夏葵ちゃんを助けたくて呟いたら、兄様に「余計なお節介はダメだよ」って言われた。
だから、考えるのはやめたけど…………兄様だったら夏葵ちゃん、どう思うんだろう?





 最近、家に帰るのが嫌。
 帰っても練習してるか、おばあ様や兄様のところにずっといるようにしてる。
お父様とお母様のケンカが大きくなっていってる。

お父様はざくろに注意するんだから、お母様のこと好きなんじゃないの?
お母様だっておばあ様は嫌いでも、お父様のことは好きなんじゃないの?
だから結婚したんじゃないの?

 好きじゃなくても一緒にいれるの?

ある日、とうとうお母様が家を出て行ってしまった。
 兄様を勝手に連れて。
 珍しく声を荒げる兄様を泣き落としで困らせて。

 嫌だよ。
 兄様がどっかに行くのは嫌!

おばあ様の体調も自分のせいだって責めたせいで悪化して、入院することになってしまった。
おじい様はもうお父様達のこと諦めてる。

 嫌だよ。
 嫌だよ!
 勝手に決めちゃ嫌だよ。
ざくろは嫌だよ。
 兄様がどっかに行くのは嫌!
おばあ様が自分のせいだって責めるのも嫌!

なのにあれだけ嫌ってたお母様のせいにできない。
いなくなっても悲しくもないのに、どうしてもできない。

 誰か助けてよ。
わかんないよ。


 夏葵ちゃん……!






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