【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去

第15話

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翠が目を覚ますと、部屋の中は真っ暗で、テーブルの上にランプが一つ、置かれている。


サザリが持って来てくれた食事を食べた後、薬の影響もあって、眠り込んでしまったらしい。
 翠はベッドから起き上がると、本棚が置かれている隅の壁際に立った。



ここずっと、翠は己の異常さにまったく気付いてはいなかった。
 食事は普通通りに食べているつもりだし、何よりも、祈ることを優先しなければならない、とそう思って身体が動く。
それが周囲にどんな風に映るのかも、翠は気に留めない。
その夜もそうだった。
 普段の翠ならば絶対にしないことを実行しようとしていた。
 以前、王妃から自室にある隠し通路のことを教えられていた。


 「何か緊急事態が起こった時に、この隠し通路を使うのですよ」


 翠は本棚の中から一冊手に取り、その本を絨毯で隠れている、少し窪んでいる床に嵌め込んだ。
 隠し通路は音もなく開き、翠は吸い寄せられるようにその中へと入って行った。
 初めて使う通路なのに、翠は迷いなく、目的地へと向かっている自信が何故かあった。
 目指す場所は王宮内の神殿。



 神殿の隠し通路に近づいてくると、翠は微かに漏れる薄い灯りと人の話し声がすることに気付いた。


こんな時間に、神殿に何の用があるのだろう? 


 翠は隠し通路のすぐ側に腰を降ろすことにした。流石に体力のない身体で歩き続けるのはキツかった。
ともすれば眠りに落ちそうになる思考を何とか動かして、翠は聞き耳をたてる。




 『それにしてもいいのか? あんなお嬢様を娶ることに決めて』
 『問題はない』
 『確かに家柄も容姿も問題はないな。しかもベアートゥスだし。でもな、あのお嬢様は間違っても神様からの贈りものじゃねえよ』
 『当たり前だ。あんな甘やかされた、頭が花畑のベアートゥスが早々いるものか』
 『辛辣だねぇ・・・』




 聞こえてくる声はとても耳に馴染んでいる声の一つ。
タイムとアエネアだ。
しかし、翠は最初、タイムのことは気付けても、もう一人の声がアエネアだとは気付けずにいた。
それほど普段のアエネアとは違い、声は感情を削ぎ落としたように冷淡で、容赦がなく、温かみの欠片もなかった。




 『アエネア、そういえば、スイちゃんにはお前がフィアナ嬢と婚約したこと、話したのか?』
 『話していないし、誰も好んでしないだろう』
 『まあなぁ』




 婚約。
その単語は、思考が鈍っている翠の脳にキチンととどき、心臓が跳ね上がる。




 『でもなぁ、スイちゃん、間違いなく、お前に恋してるんだぞ、アエネア』
 『・・・使い勝手があるのなら、あの娘と婚約しても良かったのだが』
 『いや、スイちゃんのほうがフィアナ嬢よりもベアートゥスとしての価値は高いだろう』
 『そうだがな。恐らくあの娘は長くない』




 心臓がバクバクと煩いのに、アエネアとタイムの声はハッキリと聞こえ続けている。


なに? なに? 一体、何の話をしているの・・・?




 『え? 医師から診断がおりたのか?!』
 『違う。が、あの様子では、遅かれ早かれだろう』
 『いや~、そんなことになったら、流石に陛下と王妃様が動かれるだろう?』
 『今は兄上と義姉上は動けない。お前も知っているだろう?』
 『確かに。どんだけ強欲達が集まってくるんだよって感じだからな』
 『願いを叶えた者達には、それ相応のものを約束させた。ドルドーナ国の、兄上と義姉上の治世の繁栄に繋がることを』
 『お前は本ッ当に陛下と王妃様主上主義だねぇ~。まあ、気持ちはわかるけど』
 『当たり前のことを訊くな。それに、あの娘がこの国にやって来たせいで、戦争が起こり、兄上は疲弊し、義姉上は死にかけた。それならば、代わりにその命を差し出してもお釣りがくるほどだ』
 『まめに贈り物を贈って、王宮の色々な場所を紳士的に案内して、お茶会に誘い出した人間の口にすることじゃないがなぁ』
 『所詮あの娘もそこいらにいる女共と大差がなかったということだろう。異界の知識は役にたったがな』




・・・・・・頭が、痛い。背中も、どうしてか酷く痛む・・・・・・。




 『兄上と義姉上の治世のための贄となるために役立つことが出来るのならば、あの娘も本望だろう』
 『俺の主君は怖い、怖い』
 『減らず口を叩くな』
 『はいはい。我が主の仰せのままに』




そこまで聞くのが限界だった。
いつの間にか翠は自室へと戻り、ベッドの中に潜り込み、頭と背中の痛みに耐えていた。
 今さっき聞いた声が耳から離れない。
 嘘だ、と思った。
 思いたかった。



しかし、妙な確信もあった。
 翠がアエネアに対して恋心を自覚する前とした後でも、変わらず国王と王妃は温かい眼差しで見ていてくれていたが、周囲の視線とは、何かが違っていた。
 例えて言うのなら、温かさの中に、切ない願いと心配が混じっている。
そんな視線。
 恐らく、国王と王妃はアエネアのああいった仄暗い、底なし沼のような部分に気付いていたのだ。
 翠を救ってくれた優しく賢い国王と王妃は、願っていたのだろう。


 『翠と共にあることで、アエネアの心が救われるように』


 可笑しくて、翠はベッドの中で一人笑った。
 笑っているのに、目から涙が零れ落ちて、止まってはくれない。


 自分はなんて、愚かだったのだろう。


そう思い、再度笑いが込み上げてくる。
 頭と背中の痛みは麻痺してしまっていた。


 「―――っ。―――ッ! ――――?!」


 突然だった。
 喉から声が音を発しなくなった。
 慌てて自分の喉を両手で押さえてみても、空気が喉から零れるだけ。
 瞬間、背中に激痛が奔った。
 今まで祈った時に感じた以上の激しい痛み。
 頭も鈍痛を繰り返し、翠は気を失った。




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