【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去

第16話

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その日から翠は高熱をだしてまったく熱が下がらなくなった。


 食事も上手く摂れず、周囲は気が気ではない。
 翠が声を出せなくなってしまったことは、まだ気付かれてはいないが、時間の問題だった。



 翠には、声が出なくなってしまったわけがおぼろげながらも理解出来てしまっていた。
 翠にだけ見える花びらが舞う幻影。
それは、何故か願いの内容を思い付いたり、聞いたりした時に必ず目に見える。
けれど、見えない時もあった。
いや、最近では、見えることのほうが稀だっただろうか。
 砦を回っていた時は必ず見えていた幻影が、王都に帰還してからは度々しか見えなくなったのには意味がキチンとある。
 花びらが舞う時が、願いを叶えて良い、という承諾の証のようなもの。
 逆に花びらが舞わない時は、何とかなる願いや、叶えてはならない願いだったりするのだ。
それなのに、翠は他者の懇願に抗えずに安請け合いばかりしてしまった。
 声がでなくなったことは、その対価。
きっと、もう一生声がでることは叶わない。



 絶望したかった。
でも、絶望は出来なかった。



アエネアとタイムは違えど、翠を本当に想ってくれる人達がいる場所で、すべてを悲観したくはなかったのだ。
ようやく翠の熱や体調が落ち着いてきた日、サザリやクインティだけでは回らないので、信用のおける家の出の侍女がもう一人、翠の世話役として付き、その侍女が、


 「民からのお礼の品ですよ」


と言って持って来てくれたのは、翠の好きな李すももに似た果物だった。
 果物ならば食べられそうだと思い、少しだけ起き上がって手に取る。


・・・・・・こんな場所にも、幸せはあるのだから、落ち込んでばかりではいけない。


そう思いながら、翠は果物を口に入れた。
 甘い果汁が溢れ、とても美味しい。
 一口、二口、三口と食べている時に、それは起こった。



 再度口に運ぼうとした果物が翠の手を滑り落ちて床に落ちた。
それと同時に、翠は口元を両手で覆って、吐き出した。
 吐き出したのは大量の血だった。
 侍女が悲鳴を上げるのと、翠が意識を手放すのは同時だった。












 『おかあさん。おかあさんはどうしておとうさんとけっこんしたの?』
 『どうしたの?』
 『あのね、ほいくえんでね、おなじひまわりぐみのまいちゃんがね、「じぶんのパパとママは、すっごくすてきなこいをしてけっこんしたんだよ」ってじまんしてた! だから、おかあさんにきいてみたくなったの』
 『今頃の子どもって成長が早いのね・・・』
 『どうしておかあさんはおとうさんとけっこんしたの?』


 再度同じことを問う翠に、母親は苦笑しつつ、翠を自身の膝の上に座らせて、その柔らかな髪を梳く。


 『う~ん・・・。そのまいちゃんのご両親と同じような素敵な恋ではなかったけれど、お母さんとお父さんは、お互いが「一緒にいたい」、と思ったから結婚したのよ』


 首を傾げる翠に母親は微笑んだ。


 『どんなにスゴイ恋愛をしても、「好き」だけじゃ恋愛は出来ても、結婚は出来ないのよ』
 『どうして~?』
 『翠も大人になったら、その意味がわかるわよ。それまでは、子どもの特権の恋愛をしていなさい。それは幸せなことなんだから』





・・・・・・お母さん、今なら、あの時のお母さんの言葉の意味がわかります。「好き」だけでは、どうにもならない。深い昏過ぎる闇も、身分も。お互いの気持ちが重なりあったとしても、持つ気持ちが一方通行だとしても。・・・・・・私は、そのことに気付くのが遅過ぎたみたい。












 重かった瞼が開くと、見慣れない天井が視界に広がっていて、翠は困惑した。
 右手を目線の高さまで持ち上げてみるが、どうにも腕が震えて上手くいかない。
 目を開けながら、何度かそんな意味のない行動を取っていると、突然左腕を取られて、脈を計られる。



 驚いてそちらのほうに視線を向けると、最近ではお世話になってばかりの宮廷医師の老医師である先生が、慎重に翠の脈を計り、安堵の表情を浮かべた。
その横では、クインティが涙を流しながらも翠に笑いかけている。
 翠はクインティに声を掛けたくて、口を開く。


 「――――。――――っ!」


そうだ、声は出なくなってしまったのだと、その時になって思い出す。
 老医師は驚いた顔をして、翠の喉に触れ、何事かをクインティに伝えた。
クインティの両目が大きく見開かれ、今さっきとは違う種類の涙が零れ落ちる。
 老医師に再度何事か言われ、クインティは素早く部屋を後にしていった。


・・・・・・ああ・・・、声が出せなくなったことがバレてしまったな・・・・・・。


 翠は息を吐いて、ベッドに横になりながら、そんな風に考えていた。
しかし、老医師が翠の肩を優しく叩き、紙にペンで文字を奔らせて翠に見せる。


 『ワシの声が聞こえるかね?』


 翠は首を傾げた。


 何故、そんなことを訊かれるのだろうか? 


と。
けれど、訊ねられて、瞬間的に気付いた違和感に翠は途惑った。
 音が聞こえない。
 身体の倦怠感と気怠さのせいで気付かなかったけれど、室内には必ず発生している、物が発する音、衣擦れ、空気の小さな振動。何も耳に聞こえない。無音の世界。


 「―――――――ッッ!!!」


 翠は絶叫を上げた。
つもりであったが、声は音にはならなかった。
 部屋の異常さに気付いたらしいシュレーが飛び込んで来て、翠は抑え付けられて、鎮静剤を打たれ、そのまま、また眠りの世界へと落ちていった。





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