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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去
第17話
しおりを挟む次に目が覚めた時、翠を取り囲むように、国王と王妃が椅子に座って翠を見下ろし、クインティ、サザリ、シュレーが室内に待機していた。
国王と王妃は老医師から、翠が声を出せなくなったこと、耳が聞こえなくなっていることを説明されている最中らしい。
翠は目を開けながら、天井をボーッ、と眺めていた。
目覚めてからも、無音の世界は相変わらずで、あまりの音のない世界に、翠は現実味が湧かずにいた。
不意にベッドに横たわっている翠の頭を、優しい手が撫でた。
それはここ数年で翠の慣れ親しんだ優しい温もりの一つ。
国王が、辛そうな表情で翠の頭を撫でている。
王妃は目に涙を浮かべながらも、翠の手を握ってくれていた。
クインティ、サザリは涙を隠し切れず、シュレーは俯いて拳を固く握って震わせ、老医師は
「痛ましい」
というしかない表情を浮かべて翠を見ていた。
紙に書きながら、国王は翠に起こったことを話してくれた。
翠が食べた果物には、やはり毒物が混入されており、犯人はすぐに捕まった。
捕まった犯人が市井の子どもだったことには、流石の翠も驚きを禁じ得なかった。
翠を殺そうとした理由は、
貴族の方に何度も嘆願してベアートゥス様に会わせてほしい、と願い出ていたのに、
『ベアートゥス様は貴族や商人以外にはお会いになられないご様子』
といった返答を返されたらしい。
その間に、仕事で大怪我を負った父親は怪我が元で亡くなり、病弱な母親も過労で死んでしまった。
幼い息子と娘を残して。
すべては民を蔑ろにした翠のせいだ、と少年は怨み、市井の献上品の中に毒入りの果物を紛れ込ませた。
それが真相だった。
翠はそんな嘆願を聞いたことがなかった。
王妃の話によると、翠の力を独占したい貴族達は、翠の力が市井の民達にも使われることがないように、そんな嘘を吹聴したらしい。
その貴族は、既に処罰を受けている、とのことだった。
猛毒を受けた翠は、半年近く生死の境を彷徨っていた。
それほどの時間が掛かったのは、元々、身体が衰弱していたのも原因だった。
何とか一命を取り留めたものの、翠は毒の影響で耳が聞こえなくなってしまっていた。
当初は声が出なくなってしまったことも毒の影響だと思っていた周囲に、翠は震える手で紙に言葉を書きながらも、声が出なくなった経緯を説明した。
声が出なくなったのは毒のせいではない。
翠の声が出なくなった理由を知った国王や王妃達は驚き、涙を流した。
翠は完全に、ドルドーナ国の被害者と言える状態だった。
翠は身体がある程度回復するまで、国王が用意してくれた王宮から離れた、避暑地として使われるこの離宮で過ごすことになった。
その間に、目まぐるしく国王や王妃は翠の今後のことを決めていた。
翠は離宮で静養していたものの、毒と衰弱により死亡したことにして発表し、国王と王妃の幼馴染が女王と勤める、小国の豊かな国、プロセルピナに秘密裏に移住する。
その際の養父母として名乗りを上げたのがシュレーとクインティであった。
二人の家繋がりでも翠を利用することばかりを懇願され、二人は実家に見切りをつける覚悟を既に決めていた。
サザリには既に家庭があるので国を離れるわけにはいかないが、クインティとシュレーに、翠のことを涙ながらに託した。
最終決定権は翠にあったが、翠は国王と王妃の提案に素直に頷いた。
今はこの国から離れて、ただただ静かに休みたかった。
出発の前日、国王と王妃が翠も元を訪ねてきて、久方ぶりに一緒の晩餐を摂った。
恐らく、これから先、一緒に食事を摂る機会はほとんどなくなってしまうだろう。
翠はまだ完全には身体が回復していないため、喉に通りやすい食事であったが、本当に久しぶりに心が落ち着いていた。
食事が終わると、部屋には翠と国王と王妃だけが残された。
クインティやシュレー、サザリ達が気を利かせてくれたらしい。
翠は蜂蜜入りの紅茶を一口飲む。
温かさが身体中に沁み渡るような感覚。
国王が紙に何事かを書き、それを翠に見せる。
『スイ、アエネアの婚約のことは聞いたのかい?』
その文章に、翠は一つ頷くと、紙に自分の文字を書き足す。
『はい。でも・・・、アエネア様は私などでは到底支えることの出来ない御方でしたから、これで良かったのでしょう』
その言葉で、国王と王妃はすべてを察したらしい。
聡いということは、良いことではないな、と翠は思う。
『・・・・・・アエネアは儂とは腹違いの兄弟でな、あまり地位のない側室が産んだ弟なんだ』
国王の筆記の話を、翠は黙って聞いていた。
現ドルドーナ国王、フォレトと王弟アエネアの父親は、王妃の他に側室を何人か娶っていた。
しかし、それが義務で娶っただけのものであり、前国王は王妃を心から愛し、現国王と王女一人を産んだ。王女は他国の王族の妃になり、ドルドーナ国は益々発展していった。
前国王は義務で娶っただけの側室にも、分け隔てなく接した。
それは、現国王の優しさの血を垣間見せる。
しかし、そんな前国王と前王妃に横恋慕してくる側室が現れた。
それがアエネアの母親だった。
アエネアの母親は貴族出身ではあったが、裕福ではなかった家のために、娼館に売られ、高級娼婦としてのし上がった頃、父親からの打診で後宮入りを果たした。
アエネアの母親はその育ちから、忌避される存在であったのを救ったのが前国王であったらしい。
娼婦の時にも感じたことのない見返りを求めない優しさは、アエネアの母親が前国王に恋してしまうのに時間は掛からなかった。
そこまでならば良かった。
前国王を慕っている側室は他にもいたのだから。
けれど、アエネアの母親は現状に満足しなかった。
娼館という、油断をしたら足元を掬われてしまう後宮のような場所で育ったアエネアの母親にとって、相手の愛情を得ることは息をするように自然な行動だったのだ。
けれど、アエネアの母親にとって問題だったのが、前王妃だけではなく、周囲にいる人間達であった。
前国王と前王妃の仲の睦まじさは他国にも知られているほど。
周囲はそんな二人に危害がないようにと細心の注意を払う。
そこでアエネアの母親は宮廷医師の一人を籠絡し、前王妃のお茶に毒物を混入してくれるように頼んだ。
それは上手くいき、前王妃は病に倒れた。
と、同時に、アエネアの母親の懐妊がわかった。
すべてが上手くいく、と考えていたアエネアの母親にとっての誤算は、勝算の一つであった妊娠であった。実は側室達全員には避妊薬が支給されており、それを飲まなければならないのだが、アエネアの母親は馬鹿らしい、と飲むことをせずにいた。
それは、前国王と前王妃への忠誠を示すものだったと言うのに。
結局すべてのことが発覚し、アエネアの母親は国王の子どもを身籠っているという理由で身分のある者達が収監される塔への軟禁が決まった。
アエネアの母親は泣き狂った。
愛した人の優しさも離れ、子どもを産んでも見舞いにも訪れてはくれない。
例え王家の血を引いているとは言え、罪人の子どもに会うにはそれなりの手順が必要だったが、前国王が自分の子どもに会いにくることはなかった。
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