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第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
第26話
しおりを挟む式典は、国王と王妃の入場から始まり、王太子夫妻とその子ども達、王弟夫妻の入場で開幕される。翠とレンは早々に王族席へと座り、壁の花となって式典会場を眺めていた。
「暇・・・」
シャンパングラスを片手にそんな言葉を零すレンに、翠は苦笑するしかない。
式典のパーティーに参加するつもりのない翠とレンは、簡素なドレスを身に纏って王族席に座っていた。だが、その姿は人目を集めて止まないことに、視線を浴びることには慣れきってしまっている2人は気付かない。
翠がレンのために作ったドレスは、黄緑色のホルタ―ネック。腕にベアートゥスの痣があるレンの良さを引き出し、翠ほどにはとどかないまでも、肩先以上の髪を綺麗に編み込んで、翠お手製のフルーツを模したバレッタで留めている。
翠自身は、痣を人前で晒したくはないので、青色のプリーツでカバーしている。髪は真っ直ぐ過ぎて結べないので、そのまま流して、レンとお揃いのフルーツの髪留めを付けていた。要所要所の装飾品は、2人のドレス姿を見た侍女達があれこれと何時間もかけて用意してくれた物だ。
プロセルピナでは大きな祭はあっても、そこまで格式のあるドレスなど貴族令嬢もあまり身に纏うことがない。そんな中、翠の作るドレスがプロセルピナ国内だけで人気になるのに時間は掛からなかった。他国にその情報が出回っていなかったのは、他国の催しには、キチンとしたドレスを着ていた故である。つまるところ、翠の製作したドレスは、この世界ではとても珍しい形なのだ。国など関係なく、招待されている令嬢や婦人達は翠とレンが着ているドレスに興味津々のようだ。
王太子夫妻と王弟夫妻のダンスが終わり、式典は本当の開催を告げる。
「あれが王弟妃殿下?」
レンのコッソリとした口調に、翠は頷く。
「何て言うか、第一印象は可憐な方、につきるね」
14年振りに姿を見るフィアナは、大人の女性になり、その可憐な容姿の中に色香も漂っている。それなのに、翠が何故か首を傾げてしまうのは、フィアナの瞳の奥にある輝きが、14年前とまったく変質していないからだろうか。「変わらない」ということは、良いことでもあり、悪いことでもあると、記憶の中のおぼろげな叔母が言っていた。
そんなことをツラツラと考えていた翠の前に、手が差し出された時、反応が遅れてしまった。アエネアが優しい笑みを浮かべて、翠を見ている。それなのに、翠はその笑みに空恐ろしさを感じて、何とか身震いするのを抑えた。
「スイ、一曲私と踊ってはくれないかな?」
翠は耳が聞こえないので、音楽のリズムなどわからない。それを理由に断ろうとした直後。
「大丈夫だよ、スイちゃん! アエネア殿下はダンスがとてつもなく上手いから、リードされてれば問題ナシ!」
タイムの後押しの言葉に、断る言葉を書くことが出来なくなってしまう。
「では俺は、レン・マーフィー様をダンスにお誘いしましょうか」
レンの前で、アエネアと同じく恭しく手を差し出すタイム。レンのほうも困り顔ではあったが、お互いに顔を見合わせ、頷き合う。
ここで断っても後々面倒になるだけならば、今はダンスの申し込みを受けておいたほうが良いだろう。翠とレンは、それぞれの申し込み相手の手を取った。
翠とアエネア、レンとタイムがダンスフロアに立つと、周囲が騒然とした。気持ちはわからないでもない、特に翠は耳が聞こえないので、ダンスにはまったく向いていない。曲が始まってダンスとなった時、そんな周囲の予想は大きく裏切られることになる。
実は翠はレンやプロセルピナの王族のダンス練習に付き合わされていた経験があり、耳が聞こえずとも、周囲を見て、今はどんな曲調なのかを知ることが出来る。何よりも、本当にアエネアのリードは上手く、周囲を見ずとも踊れることが翠には純粋に驚きだった。ダンスをしている最中、アエネアと目が合い、優しく微笑まれる。翠の胸の中の感傷が疼いて、何とも言えない気持ちにさせられる。
一方のレンとタイムは、流石に貴族同士と云うべきか、ダンスは上手く、レンのドレスが一層ダンスの華やかさを演出し、周囲の目を惹き付けていた。ダンスが終わると、それぞれが礼の形を取り、席へと戻っていく。
「スイ様! レン様! 叔父上とタイム殿とのダンス、とても素敵でした!!」
オブシディアンが瞳をキラキラさせながら話しかけてくる姿は何とも微笑ましい。それで終われば良かったのだが、席に戻ったと同時の翠に、またもや手が差し出された。
「奇跡のベアートゥス様。ワタシと踊っては頂けませんでしょうか?」
見上げると、恭しく手を差し出しながらも、その秀麗な美貌に傲岸さを隠しもしていない瞳の、王族だと思われる男性がいた。
「ゴッセン国の第2王子殿下ですわ」
スフェーンの小声の説明に、翠とレンは納得する。大方、翠との何かしらの縁が欲しいのだろう。アエネアと躍った手前、他国の王族のダンスの誘いを断るわけにはいかない。耳の聞こえない人間にダンスを申し込んでくるのだから、多少なりとも大丈夫だろう、と翠はダンスの申し込みを受けた。
が、それは大きな間違いだった。
フロアに立ち、ダンスが始まったと同時に、自分の思う方向へとリードする相手を慮らずに動く第2王子に、翠は悪戦苦闘を強いられた。周囲を見て、何とか体勢を取りつつも、引き摺られている感覚が半端ない。周囲もそんな様子に気付き始め、ハラハラと翠と第2王子のダンスを見守っている。
ようやく最終曲調にはった瞬間、翠が少しホッ、と安心して身体の力を抜いてしまったことが良くなかった。激し目の曲調に入り、第2王子が翠の腕を思いっきり引き、翠は足場を整えることも出来ずに大きく転倒してしまった。
「スイ!!」
レンが駆け寄ってきて、翠の身体を動かしてくれるのを、タイムが手伝ってくれる。足が痛くてズキズキとするが、それを隠して何とか笑う。
椅子に座って改めてフロアを見ると、ゴッセン国の王らしき人物が第2王子を叱り散らしている。確かに、あれは女性をリードするダンスでは決してなかった。怒られても文句は言えないだろう。しかし、第2王子は項垂れながらも、ボソボソと何か呟いている。翠には聞こえないが、恐らくは言い訳をしているのだろう。それが更に父王の怒りを買っている。翠はレンに目配せをした。レンは一瞬、目を瞬いた後、頷いて、席を立って、ピアノのほうへと走って行った。
レンがピアノの演奏者と交渉し、伴奏を代わってもらうと、翠は深呼吸をして歌いだした。
あなたはなにを祈るのでしょう
木々がささやく 海がなぐ このときに
あなたはなにを祈るのでしょう
空は青くすみわたり 小鳥がとびかう このときに
わたしはなにを祈るのでしょう
わたしをしらないわたしのままで
わたしはなにを祈るのでしょう
ささやかなものは誰かのなかではささやかではないものを
必ず人は膝をつき祈るときがあるの
あなたはなにを祈るの
わたしはなにを祈るの
おなじこと願うならいいと謳いましょう
緊迫していた場が、翠の歌で静まりかえる。
レンの伴奏と合わさった翠の歌は、会場全体を魅了していた。レンの伴奏が終わり、翠が会釈をすると、その場一体を熱烈な拍手の音が響き渡った。
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