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第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
第27話
しおりを挟む翠は歌の熱狂が収束するのと同時に、後ろに下がった。
レンの手を借りて、王族専用の控室へと入り、挫いて擦り傷をつくってしまった膝を治療してもらう。魔法草で作られた貼り薬の効果は絶大だが、暫くは歩けそうもない。レンが心配気に見ているのがわかり、苦笑しつつ、ボードに言葉を書き連ねる。
『私は大丈夫だから、レンは会場に戻って』
「でも・・・」
他国から来て、王族の意向で滞在しているレンがずっと席を空けたままなのは不味い。それでも、翠を1人にしておくことが不安なのか、レンはなかなか戻りたがらない。どうしたものか、と翠が悩んでいると、部屋の扉をノックする音が響き、レンが扉を開けると、そこにはアエネアとタイムが立っていた。自然、翠の背に緊張が奔り、背筋がピンと張ってしまう。
「スイは大丈夫かな?」
「アエネア殿下・・・。はい、治療も終えて、今は休んでいます」
レンがアエネアとタイムを部屋へと招き入れる。
「あのボンクラ王子様、これで懲りるといいんですけどね」
「タイム」
「失礼しました」
タイムの物言いをアエネアが咎めるような声を出す。タイムの言葉に、純粋に首を傾げる翠に気付いたのか、咎められた直後なのに、タイムはペラペラと喋り出す。
「ゴッセン国の第2王子殿下は、常日頃から兄上である王太子殿下と比べられて、とてつもなく劣等感を抱いている面がありましてね。そんな王子様ですから、王宮の中に巣食っている虫どもからは大層チヤホヤされていまして」
「・・・・・・それとスイのことがどう結び付くんですか?」
レンの至極真っ当な問いに、タイムは翠が初めて見る、不味いものを食べたような表情をする。
「大方、馬鹿にでも何か吹き込まれたんじゃないんですかねぇ。「異世界のベアートゥスと婚姻関係を結ぶことが出来れば、国王も認めて下さる」とか何とか」
レンが眉根を強く寄せ、翠は、ダンスを踊った第2王子を脳裏に思い浮かべてみる。あの王子と結婚・・・。
『ないない。あの方とはどんな縁があっても嫌ですね』
気付けば、ボードに言葉を書き連ねて、翠は全身で否定していた。タイムは大声で笑う。
「アハハハハハハ! スイちゃんは相変わらず正直者だなぁッ!」
笑いのツボに嵌ってしまったらしいタイムを、アエネアが叩いて現実に引き戻す。
「レン殿、スイには私が付いているから、タイムを護衛として、会場に戻って大丈夫だよ」
その言葉に、翠とレンは同時に目を見開く。
「いえッ、でも・・・!」
「私のほうは妻のエスコートだけで、今日は兄上と義姉上から早々に離脱しても良い、とお墨付きを頂いるから」
それほどまでにフィアナの同伴は心身を疲弊させるのか?! と翠は現実逃避がしたくなってしまう。
「足が大分良くなったら、スイの滞在している部屋に私が送るから、安心して」
それでも、不安気に翠を見るレンに、翠は無理矢理笑顔を作ってボードに言葉を書き連ねる。
『そうしたほうがいいよ。レンがあんまり不在にしているのは不味いもの』
「わかった。じゃあ、今日はもう休んでゆっくりしてね」
レンとタイムを見送りつつ、翠は笑顔を絶やすことがなかった。
アエネアと部屋に2人っきりに強制的になってしまった翠は、とても居心地が悪かった。気分を変えてお茶でも淹れようか、と立ち上がりかけ、足に痛みが奔って、思わず蹲ってしまう。素早い動きでアエネアに支えられ、再びソファに腰掛けさせられる。
「お茶を淹れてくれようとした気持ちは有難いけれど、今無理に動いては、怪我が悪化してしまうよ」
アエネアは、どうしてか人の機微にとても聡い面がある。今だって、翠がお茶を淹れようとしたことを察知して動いてくれた。昔の感傷は疼くものなのだ、と再認識させられる。ましてや、想いを告げぬまま終わった、無残に引き千切られた恋。それを引き千切ったのは、想い人張本人。陰鬱な気持ちを殺しつつ、翠はボードに言葉を書く。
『アエネア様も、何か用事がおありでしたら、遠慮なく私に構わず行かれて下さい』
「私は本当に大丈夫だよ。それよりも・・・、どうしてスイはソファのそんな端っこに座っているんだい?」
貴方と距離を取りたいからです!!!
言いたいけれど絶対に言えない言葉である・・・。
『お気になさらず』
無難な言葉で、笑顔で返しておく。アエネアは自らお茶を自分用と翠に淹れると、翠と同じソファに腰掛けた。折角淹れてくれたお茶なので、有難く、翠は飲むことにする。
「スイ」
不意に名前を呼ばれ、そちらを振り向くと、真剣な表情をしているアエネアがいて、何故か心臓が騒いだような錯覚を覚える。
「いずれはスイの耳にも入ることなのだから、今伝えるけれど、動揺しないでほしい」
アエネアの雰囲気に、翠も居住まいを正す。
「私は近々、妻と離縁する。そのことは聞いたかな?」
頷いて肯定する。
「私はその後、すぐにでも後妻を娶らねばならないのだが、信頼している者達が、スイを推している」
翠の目が、信じられないとばかりに大きく瞠目する。
「私も、スイを妻として迎えたい。それには、スイの気持ちを聞かせてほしいんだ」
突然のことに、翠は頭の中が真っ白になっていた。後妻? 誰が? 私が? アエネア様の?! それと同時に、過去の忘れられるはずもない記憶も蘇る。
両手で握り締めるボードが震えている。時間をかけて、翠は返事を書く。
『・・・私では、アエネア様の妻は務まりません』
俯いたまま、アエネアの顔は見ないようにする。これが今の翠の正直な答え。
どれぐらい時間が経過しただろうか? 恐らくは数分なのに、数時間にも翠には感じられる。急にアエネアの手が翠の長い髪を掬い、驚いて顔を上げた翠の唇に柔らかいものが触れる。それがアエネアの唇だと気付くまでに、かなりの時間を有した。
あまりに驚いて、アエネアを突き飛ばしてしまう。ボードもソファの下に落ちてしまった。
「・・・スイは、私のことが嫌いかな?」
下を向いたままのアエネアの表情はわからない。翠は何も答えることが出来ずに押し黙るしかない。
「・・・・・・それとも」
気が動転していた翠は、アエネアの声と雰囲気がいつもと違うことに気付くのが遅れてしまった。
「スイは「オレ」の内面に気付いてるのか?」
その言葉一つで、翠の背筋が粟立ち、アエネアと距離を取ろうとするが、アエネアの動きのほうが素早かった。
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