【改稿中】молитва~マリートヴァ~

了本 羊

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第3章 悪魔の申し子が生まれた日

第30話

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父王と王妃が国に帰還したのは、アエネアの母親の葬儀から2ヶ月後のことだった。
アエネアは兄と義姉と一緒に謁見に赴いた。初めて見る父王は、確かに髪と目の色は兄と同じ色であったが、端麗な容姿は兄が群を抜きん出ていたし、風格や威圧も、兄のほうが上だと感じた。王妃は終始穏やかさを身に纏ったような美しさを兼ね備えていたが、義姉のほうが断然美しさや賢さでは上だと判別出来る。
 父王と王妃、アエネアをまだ見たことのなかった重鎮達は、一様に驚いたような、呆けたような表情をしている。まあ、ずっと母親と一緒に幽閉されていた王子が王太子の傍にいたら、驚くのも無理はない、とアエネアは思った。
 事実は、アエネアの神がかった美貌に、周囲は目を瞠っていただけである。救い出されてからのアエネアは、まるで、それまでの成長を取り戻すかのように背が短期間でグンと伸び、甥のサガを軽々と超していた。
 宰相が口を開く前に、アエネアは先制攻撃を仕掛けた。
 「初めまして、陛下。失礼ながら、貴方は今後続いていく兄上の治世の邪魔と害悪にしかなり得ません。即刻玉座を兄上に譲り、どこぞで最愛の王妃様と隠居なされて下さい」


アエネアの開口1番のこの台詞に、謁見の間は騒然と化した。兄と義姉に止められたが、不快感を露わにする父王に、どこがどう、王としてなっていないのか、懇切丁寧にアエネアは説明した。
アエネアと母親が閉じ込められていた塔は、王と王妃の信奉者で固められ、衛兵達はアエネアが母親から虐待を受けていることを知りつつも、見て見ぬ振りをしていたのだ。そんなことにすら気付かない、愚鈍な王は玉座には要らない。
 王子ではあるが、もうすぐ6歳ほどにしかならない幼子の理路整然とした態度と頭の良さに、周囲は息を呑んでいた。その場は兄から義姉へと目線で促し、アエネアは義姉と共に退室したが、口元は楽しそうに笑んでしまうのを、アエネアは必死に隠していた。


その日からアエネアは、『罪人の母親に虐待を受けていた不遇の王子』と貴族や民達からも認識され、王族が受ける帝王学やその他の勉強を、僅か3年で習得し、褒めそやされた。それに驕ることもなく、2歳しか違わない甥を弟同然に可愛がる姿は王宮や貴族達の癒しとなっていった。
 一方で、兄と義姉を慕う姿は誰の目から見ても微笑ましく映った。自分を助け出してくれた、大好きな人達、という感情を、アエネアは敢えて隠さなかった。やがて、少しずつ少しずつ、王宮内や貴族、民達の間に違和感の種が芽生えていった。
 『国王は確かに良い統治者であるが、罪人の子とはいえ、自分の子に愛情を持っていないのだろうか? アエネア殿下は、王太子殿下が助け出さなければ、間違いなく死んでいたのに?』
すべてはアエネアの思い通りに運んだ。国王や王妃とは頑なに食事や一緒の時間を取らない、誰からも愛される王子の行動は、波紋を投げるには充分なものだったのだ。


アエネアはすべての前準備が整うと、本格的に国王派を切り崩しにかかった。元々、己が大切なものや慈悲をかけるもの以外に無頓着な父王には、隙が多かった。それに追随する貴族や重鎮達も。そういった者達は、ある意味流されやすく出来ている。
アエネアが仕掛けるだけで、簡単に道を転がり落ち、信じるもののために、という大義名分を翳して悪事に手を染めていく。大体の勢力の要を追い落とすと、次に父王と王妃を信奉する側室達を同じような手で王宮から追い出した。その頃には、王妃は信頼し、大好きな者達が自分の前から消えていく事実に、身体を弱らせて頻繁に寝込むようになっていた。側室達が追い出された時点で、ある程度は頭の良い父王と王妃はアエネアの仕業だと気付いたが、証拠など何一つとして存在しない。最後の仕上げは、王妃の実家である公爵家を追い落とすだけ。


 運命の神はアエネアの味方をした。父王から注意を受けていた王妃の父親である現公爵はアエネアを警戒したが、次期公爵の息子は簡単にアエネアを信じ込み、掌の上で踊ってくれた。次期公爵だった息子は問題を起こし、その椅子から引き摺り降ろされ、責任を取る、という形で公爵は次男に家督を譲り、長男と共に王都から大分離れた地へと隠居することとなった。
この事で、王妃は完全に心身に不調をきたし、王妃の実家が不祥事を起こした、ということで、父王にも不審の目が向けられるようになってしまった。結果、早々に王太子に王位を譲渡しなければならない事態となり、王妃と父王は『王妃の療養のため』という名目で離宮に赴くことが決定した。


 密かな出立の日、アエネアは堂々と兄と義姉の横に並び、王妃と父王を見送る列に加わった。父王はアエネアを射殺さんばかりの視線で睨みつけ、
 『お前は悪魔の子どもだ!!』
と罵倒したが、アエネアは美しい微笑みを浮かべ、最上級の優雅な礼を取った。
アエネアはこれ以上ないほどのスッキリとした気持ちだったが、兄と義姉はアエネアのことを心配し、アエネアに側付きを付かせた。それがタイムとの出会いとなった。
タイム・アージはアージ公爵家の三男坊で、アエネアと同い年で、周囲を笑わせることに長けていた。それなのに武術も勉学も覚えが良く、アエネアの側付きとしてはこれ以上ないほどの優良な人物であった。


 初めての顔合わせの際、タイムはすぐにアエネアの本性を見抜いてみせた。
 『表向きな場では主従関係は崩しませんが、誰もいない処ではこうやって砕けて話してもいいですよね。ずっとは肩が凝って仕方がありません』
こんな破綻した性格の自分に仕えることになって良いのか? 
そうアエネアが問うと、タイムは可笑しそうに笑った。
 『この世に、存在すべてが清い人間なんか存在しませんよ。寧ろ、存在したなら気持ちが悪い。それに、貴方は最上を定めている。それが俺が仕えることを決めた理由です。そういった人間のほうが面白味があります』
タイムとは存外気が合った。そこから何年も経過し、甥のサガも王太子として立太子し、友好国の王女であるロロネーを妃として迎え、すべてが順調であった。真実、兄が王となり、義姉が王妃となってからは、ドルドーナ国は飛躍的に発展を遂げていき、最早前王や前王妃のことを思い出す人間など、ほとんどいなくなっていた。サガが結婚すると、次はアエネアが妃を迎える番だとばかりに、妻の選定が行われ始めた。
アエネアは結婚に興味などなかった。女性経験はタイムと共に高級娼館などに通ってそれなりに覚えたが、誰かを恋しい、愛しいなどと感じたことは1度としてない。これからもそうなのならば、誰を妻としても同じことだ。兄や義姉の治世と、それを受け継いでいくサガの治世の邪魔にならなければそれでいい。


そんな風に考えていたアエネアに従者が重大な報告を持って転がり込んで来たのは、ゴッセン国との会談へと赴いている時であった。魔法草の研究をしていたテカルド侯爵の子息が大規模な実験を失敗し、異界から幼い少女を呼び寄せてしまった、とのこと。少女は兄と義姉が保護し、王宮に住まわせている、との報せであった。
 帰国を早め、王宮内の図書館でロロネーと共にいると聞き、向かった先で出会ったのは、自分の背丈では取れない本を必死になって取ろうとし、梯子から落ちそうになっている少女。咄嗟に受け止めたアエネアを、大きな黒い瞳で見上げ、口を開けて呆けている。少女の意識を引き戻すために、服の胸元に飾られている長いリボンの端を持ち、そこに唇を落とした。少女は瞬く間に首筋まで真っ赤になり、素早くロロネーの後ろに隠れてしまった。


 『は、初めまして・・・。す、翠・・・・・・、と言います』
 短いフワフワの猫毛の黒髪を持った少女は、本当にまだまだ幼く、巻き込まれたのが不運としか言いようがない。テカルド侯爵は自分の娘がベアートゥスとして生まれたことを鼻にかけ、尊大な態度を崩さない馬鹿であり、そのくせ、権力やお金には弱いときている。娘のフィアナ嬢がベアートゥスでさえなかったら、早々にアエネアが失脚させる貴族リストの上位に君臨しているほどだ。
 異界の少女、スイは、アエネアと会うと、過剰にいつも反応した。その瞳にはありありとアエネアに対する恋情が窺えるのに、本人は己の気持ちにまったく気付いていない。異世界に突然放り出されれば、自分の気持ちに鈍くなってしまうのも致し方がないことなのだろう。スイのような瞳を異性から向けられていることに慣れ切っていたアエネアは、これは絶好の機会ではないか? と考えていた。


スイは元の世界の知識を活用して、食事などの再現に勤しんでいたりするが、美味な食事に慣れている王族やアエネアでさえ、その美味しさには驚いた。話を訊くと魔法草のない世界で、独自に発展を遂げていった世界らしい。世界が違えば、発展の仕方、食文化の仕方まで違うのか、とアエネアは改めて思い知らされた。スイが普及した食べ物やお菓子は広く浸透し、更にドルドーナ国の発展に大きくどころかとてつもなく役立っている。どこぞの貴族の令嬢か他国の王族の姫を娶るよりも、スイが成長し、結婚出来る年齢になって、アエネアの妻として迎えれば、何ら不都合なことはない。スイをドルドーナ国に留めておけるし、異界の知識で更なる発展が見込まれる。
そう打算を張り巡らせていたアエネアであったが、予期せぬ事態が勃発した。


リョンロート国の前触れなしの宣戦布告だった。





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