乙女ゲームに悪役令嬢なんて存在しませんのに、うちの執事が悪役令嬢に仕立て上げようとしてきますの!

逢真まみ

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張り切る執事と正統派お嬢様

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「お嬢様! おじょうさまー!!
 そこに隠れていらっしゃるのは分かっていますよー!
 怖がらず、どうかその愛らしいお姿をお見せ下さーい!」

屋敷中に響き渡る、そのやけに通りの良い美声に、ロザルナは小さく肩を震わせた。

何度も繰り返されるこのやり取りも、文言も、聞き慣れすぎている。聞き慣れすぎているからこそ、逃げる準備も完璧だった。

(また始まりましたわ……)

ロザルナは豪華な花瓶と壁の間、ちょうど視線が抜けにくい死角になりそうな場所にそっと身を潜めた。

この屋敷は広く、廊下も多い。隠れようと思えば、いくらでも隠れられる――はずなのだが。

「ふふ……気配で分かるのですよ、お嬢様。本日は、右側から隠れられましたね?」

(どうして分かったのかしら!?)

思わず心の声が漏れそうになるのを、ロザルナは必死で堪えた。

声の主の名は、シルヴェル。
若くしてこの屋敷を取り仕切る執事であり、仕事ぶりは完璧、采配も的確。
彼がいなければ、この屋敷は一日たりとも回らない――それほど優秀な人物だ。

――とある一面を、除いては。

「お嬢様ー! もうそろそろ隠れんぼは終わりにいたしましょう?お嬢様、隠れる練習はレッスンにございませんが?」

「……隠れる練習ではありませんわ」

とうとう観念し、ロザルナは物陰から姿を現した。
背筋をすっと伸ばし、スカートの裾を軽く整える。その一連の所作は、まさに正統派令嬢のそれだ。

「いちおう、聞きますけれど」

にこやかな微笑みを崩さぬまま、ロザルナは問いかける。

「その“レッスン”というのは、何かしら?」

どういう答えが返ってくるかは、分かりきっている。

分かっているのだが――ほんのわずかに、違う答えを期待してしまう自分がいた。

たとえば、礼儀作法。
たとえば、舞踏会のマナー。
たとえば、淑女としての一般的な教育。

(……せめて、今日は普通の令嬢教育でありますように)

そんな淡い期待を、シルヴェルは一瞬で粉砕した。

「ああ、お嬢様! やっとやる気になって下さったのですね!」

綺麗な碧い瞳をギラギラと輝かせ、両手を胸の前で組む執事。

その姿は、使命に燃える美しい騎士のようですらある。

「もちろん――
 お嬢様を、世界一……いいえ、宇宙一の“悪役令嬢”に育て上げるためのLesson、でございます!」

「………………」

ロザルナは言葉を失った。

(やはりいつものパターンでしたわ。それと、レッスンの言い方に腹が立ちますわね)

この世界に、悪役令嬢など存在しない。

少なくとも、ロザルナの知る限り、この屋敷にも、この国にも、そんな役割は用意されていない。存在したとしても、少しばかり意地の悪いご令嬢くらいだ。

「シルヴェル」

「はい、お嬢様!」

「わたくしは悪役令嬢なんて訳のわからない存在など目指していませんわ。目指すべきは真の淑女。いわゆる“正統派令嬢”ですわ!」

「存じております!」

「悪役では、ありませんの」

「だからこそ、でございます!」

力強く断言され、ロザルナは頭痛を覚えた。

(話が通じませんわ……)

こうして今日もまた、
正統派令嬢ロザルナと、張り切りすぎる有能執事シルヴェルの、平和で騒がしい一日が幕を開けるのだった。
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