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悪役令嬢レッスン、始まりましたの?
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「お嬢様。本日は“悪役令嬢基礎編”から参りましょう」
朝の紅茶を口に含んだ瞬間、ロザルナは思わずむせかけた。
「……げほっ。いま、何とおっしゃいましたの?」
「悪役令嬢基礎編、でございます」
さも当然のように告げるシルヴェルは、いつも通り完璧な立ち姿で、分厚い冊子を胸に抱えている。
表紙には見覚えのない装丁と、意味が分かるような分からないような文字がつらつらと綴られていた。
(また、その怪しい本……)
ロザルナが怪しい装丁の本を訝しんでいる間にも、シルヴェルの話は進んでいく。
「まずは悪役令嬢としての基本理念からご説明いたしますね、お嬢様。悪役令嬢とは――」
「待ってくださいな」
ロザルナは手に持っていた花のレースがあしらわれた上品な扇子を閉じ、ぴしりとテーブルに置いた。
「その前に、一つ確認させていただきますわ」
「はい!」
「この世界に、悪役令嬢という訳のわからない存在などいませんわよね?」
「はい!」
シルヴェルは元気よく即答した。
「……では、なぜわたくしを悪役令嬢として育てようとしていらっしゃるのです?」
「存在しないからこそ、でございます!」
(またその理論……)
ロザルナはこめかみを押さえた。
どうやらこの執事の中では、「存在しない=作る価値がある」という等式が成り立っているらしい。
「では、お嬢様。第一のレッスンです」
シルヴェルは一歩下がり、優雅に頭を下げる。
「――“高笑い”をしてみましょう」
「……はい?」
「悪役令嬢に欠かせない基本動作でございます。こちらをご覧ください」
彼は手本とばかりに、背筋を伸ばし、片手を口元に添えた。
「おーっほほほほほ!」
屋敷に、やけに通りの良い高笑いが響いた。
「…………」
「いかがでしょう?」
「いかがも何も……」
ロザルナは静かに首を振った。
「そのような笑い方をする淑女はおりませんわ」
「ですが悪役令嬢は致します!」
「そもそも悪役令嬢がおりませんの!」
いつもの応酬である。
「では、お嬢様もご一緒に!さん!ひい!」
「致しませんわ」
ロザルナは即答した。
「……お嬢様」
「致しません」
「お嬢様……」
「致・し・ま・せ・ん!」
きっぱりと言い切ると、シルヴェルは少しだけ肩を落とした。
しかし、すぐに気を取り直したように咳払いをする。
「承知いたしました。では第二のレッスンです」
「まだ何かありますの!?」
「もちろんでございます。“嫌味”でございます」
「……」
「例えば、気に入らない相手にこう申します」
シルヴェルは想像上の誰かに向き直り、にこやかに微笑んだ。
「まあ、その程度で満足なさるなんて、ずいぶんお幸せでいらっしゃるのですね」
「……」
「いかがでしょう?」
「それは、ただ感じの悪い人ですわ」
「はい! それが悪役令嬢でございます!」
(納得してはいけませんわ……)
ロザルナは深くため息をついた。
「シルヴェル」
「はい、お嬢様!」
「わたくしは、人に嫌味を言うために生まれてきたのではありませんわ」
「ですがお嬢様、人は嫉妬し、妬み、感情をぶつけ合うもの――」
「それは人間関係の問題です!」
「悪役令嬢も人間関係でございま
す!」
「もう何を言っているのか分かりませんわ!」
とうとう声を荒げると、シルヴェルはぱちぱちと瞬きをした。
「……お嬢様。もしや」
「何ですの」
「悪役令嬢に、向いていらっしゃらないのでは?」
一瞬、沈黙が落ちた。
(やっと気付きましたの!?)
と、思ったのも束の間。
「――つまり、より高度なレッスンが必要ということですね!」
「違いますわ!!!」
こうして午前中いっぱい、
高笑い、嫌味、扇子の使い方、視線の送り方と、悪役令嬢教育は延々と続いた。
結果としてロザルナが学んだことはただ一つ。
(この屋敷では、わたくしが正しいほど、執事が張り切る……)
昼下がり、ぐったりとソファに腰掛けながら、ロザルナは遠い目をした。
その背後で、シルヴェルは満足げにうなずいている。
「本日も大変有意義なレッスンでございましたね、お嬢様」
「ええ……そうですわね……」
(この日常が、いつまで続くのかしら……)
その答えを、ロザルナはまだ知らない。
――この悪役令嬢教育が、
やがて“学園”という新たな舞台へと持ち込まれることを。
朝の紅茶を口に含んだ瞬間、ロザルナは思わずむせかけた。
「……げほっ。いま、何とおっしゃいましたの?」
「悪役令嬢基礎編、でございます」
さも当然のように告げるシルヴェルは、いつも通り完璧な立ち姿で、分厚い冊子を胸に抱えている。
表紙には見覚えのない装丁と、意味が分かるような分からないような文字がつらつらと綴られていた。
(また、その怪しい本……)
ロザルナが怪しい装丁の本を訝しんでいる間にも、シルヴェルの話は進んでいく。
「まずは悪役令嬢としての基本理念からご説明いたしますね、お嬢様。悪役令嬢とは――」
「待ってくださいな」
ロザルナは手に持っていた花のレースがあしらわれた上品な扇子を閉じ、ぴしりとテーブルに置いた。
「その前に、一つ確認させていただきますわ」
「はい!」
「この世界に、悪役令嬢という訳のわからない存在などいませんわよね?」
「はい!」
シルヴェルは元気よく即答した。
「……では、なぜわたくしを悪役令嬢として育てようとしていらっしゃるのです?」
「存在しないからこそ、でございます!」
(またその理論……)
ロザルナはこめかみを押さえた。
どうやらこの執事の中では、「存在しない=作る価値がある」という等式が成り立っているらしい。
「では、お嬢様。第一のレッスンです」
シルヴェルは一歩下がり、優雅に頭を下げる。
「――“高笑い”をしてみましょう」
「……はい?」
「悪役令嬢に欠かせない基本動作でございます。こちらをご覧ください」
彼は手本とばかりに、背筋を伸ばし、片手を口元に添えた。
「おーっほほほほほ!」
屋敷に、やけに通りの良い高笑いが響いた。
「…………」
「いかがでしょう?」
「いかがも何も……」
ロザルナは静かに首を振った。
「そのような笑い方をする淑女はおりませんわ」
「ですが悪役令嬢は致します!」
「そもそも悪役令嬢がおりませんの!」
いつもの応酬である。
「では、お嬢様もご一緒に!さん!ひい!」
「致しませんわ」
ロザルナは即答した。
「……お嬢様」
「致しません」
「お嬢様……」
「致・し・ま・せ・ん!」
きっぱりと言い切ると、シルヴェルは少しだけ肩を落とした。
しかし、すぐに気を取り直したように咳払いをする。
「承知いたしました。では第二のレッスンです」
「まだ何かありますの!?」
「もちろんでございます。“嫌味”でございます」
「……」
「例えば、気に入らない相手にこう申します」
シルヴェルは想像上の誰かに向き直り、にこやかに微笑んだ。
「まあ、その程度で満足なさるなんて、ずいぶんお幸せでいらっしゃるのですね」
「……」
「いかがでしょう?」
「それは、ただ感じの悪い人ですわ」
「はい! それが悪役令嬢でございます!」
(納得してはいけませんわ……)
ロザルナは深くため息をついた。
「シルヴェル」
「はい、お嬢様!」
「わたくしは、人に嫌味を言うために生まれてきたのではありませんわ」
「ですがお嬢様、人は嫉妬し、妬み、感情をぶつけ合うもの――」
「それは人間関係の問題です!」
「悪役令嬢も人間関係でございま
す!」
「もう何を言っているのか分かりませんわ!」
とうとう声を荒げると、シルヴェルはぱちぱちと瞬きをした。
「……お嬢様。もしや」
「何ですの」
「悪役令嬢に、向いていらっしゃらないのでは?」
一瞬、沈黙が落ちた。
(やっと気付きましたの!?)
と、思ったのも束の間。
「――つまり、より高度なレッスンが必要ということですね!」
「違いますわ!!!」
こうして午前中いっぱい、
高笑い、嫌味、扇子の使い方、視線の送り方と、悪役令嬢教育は延々と続いた。
結果としてロザルナが学んだことはただ一つ。
(この屋敷では、わたくしが正しいほど、執事が張り切る……)
昼下がり、ぐったりとソファに腰掛けながら、ロザルナは遠い目をした。
その背後で、シルヴェルは満足げにうなずいている。
「本日も大変有意義なレッスンでございましたね、お嬢様」
「ええ……そうですわね……」
(この日常が、いつまで続くのかしら……)
その答えを、ロザルナはまだ知らない。
――この悪役令嬢教育が、
やがて“学園”という新たな舞台へと持ち込まれることを。
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