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学園、ですって?
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「お嬢様。おめでとうございます!」
朝食後の静かな客間で、シルヴェルはいつになく晴れやかな表情で頭を深々と下げた。
その嬉々とした声色に、ロザルナは嫌な予感しかしなかった。
「……何がですの?」
「学園でございます!」
「はい?」
「本日より、お嬢様は王立学園へ通われることとなりました!」
ふっと、とロザルナの思考が止まった。
「……いま、何と?」
「学園、でございます。お嬢様」
大事なことなので二度言った、というこのドヤ顔である。
(学園……?)
王立学園といえば、貴族子女が通う名門校だ。
礼儀作法、学問、社交――どれを取っても一流の教育が受けられる場所である。
「……なぜ、急に?」
「急ではございません。実に満を持して、でございます」
満を持して、という言葉の使い所が違う気がする。
「お嬢様の“悪役令嬢教育”も、基礎は十分に整いました」
「整えた覚えはありませんが」
「いえ、整いました」
即答だった。
「屋敷という閉ざされた環境では、もはや成長に限界がございます」
「それは、普通の令嬢教育でも同じでは?」
「はい!」
「……話を聞いていらっしゃいます?」
「つまり――」
シルヴェルは一歩前に出て、きらりと目を輝かせた。
「人の目がある場所でこそ、悪役令嬢は真価を発揮するのでございます!」
(発揮しなくて結構ですわ……)
ロザルナは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「わたくしは、学園に通うこと自体に反対しているわけではありませんの」
「おお!」
「ですが、そこで“悪役令嬢”をするつもりはありませんわ」
「もちろんでございます!」
「……本当ですの?」
「“自然体”で悪役令嬢を演じていただくだけでございます」
「それが一番難しいですわ!」
話は平行線のまま、学園行きは既に決定事項として進んでいった。
「では、お嬢様。まずは制服の確認を」
シルヴェルが差し出したのは、端整な学園制服――の、はずだった。
「……なぜ、黒いリボンと薔薇が付いていますの?」
「威圧感でございます」
「必要ありませんわ」
「ではこちらの手袋は?」
「白いレースの手袋ですわね?」
「決闘を申し込む際に必須でございます!」
「決闘など致しませんわよ!?」
着替え、姿勢、歩き方。
学園用の準備は、なぜかすべて“悪役令嬢向け”に調整されていく。
「お嬢様。廊下では、少し顎を上げて」
「転びますわ」
「では視線だけ上から」
「それはただの感じの悪い人です!」
「完璧でございます!」
(完璧ではありませんわ……)
ロザルナはぐったりと椅子に腰を下ろした。
「……学園とは、もっと平和な場所ではありませんでしたの?」
「はい。平和でございます」
「ではなぜ、こんな準備を?」
「平和だからこそ、悪役令嬢が映えるのでございます!」
理解を放棄した方が楽だと、ロザルナは悟った。
夕方。
準備を終え、窓辺に立つロザルナは、遠くに見える学園の門を眺めた。
(あの場所に……通うのですのね)
胸に湧くのは、不安と、ほんの少しの期待。
(新しい場所、新しい人たち……)
その背後で、シルヴェルは満足げにうなずいている。
「ご安心くださいませ、お嬢様」
「何を、ですの?」
「学園でも、このシルヴェルが全力でお支えいたします」
――悪役令嬢として。
ロザルナは、ゆっくりと振り返った。
「……それが、一番の不安ですわ」
こうして、
正統派令嬢ロザルナの平穏な日常は、
“学園”という新たな舞台へと足を踏み入れようとしていた。
それが、どれほど騒がしく、
どれほど注目を集めることになるのか
――この時の彼女は、まだ知らない。
朝食後の静かな客間で、シルヴェルはいつになく晴れやかな表情で頭を深々と下げた。
その嬉々とした声色に、ロザルナは嫌な予感しかしなかった。
「……何がですの?」
「学園でございます!」
「はい?」
「本日より、お嬢様は王立学園へ通われることとなりました!」
ふっと、とロザルナの思考が止まった。
「……いま、何と?」
「学園、でございます。お嬢様」
大事なことなので二度言った、というこのドヤ顔である。
(学園……?)
王立学園といえば、貴族子女が通う名門校だ。
礼儀作法、学問、社交――どれを取っても一流の教育が受けられる場所である。
「……なぜ、急に?」
「急ではございません。実に満を持して、でございます」
満を持して、という言葉の使い所が違う気がする。
「お嬢様の“悪役令嬢教育”も、基礎は十分に整いました」
「整えた覚えはありませんが」
「いえ、整いました」
即答だった。
「屋敷という閉ざされた環境では、もはや成長に限界がございます」
「それは、普通の令嬢教育でも同じでは?」
「はい!」
「……話を聞いていらっしゃいます?」
「つまり――」
シルヴェルは一歩前に出て、きらりと目を輝かせた。
「人の目がある場所でこそ、悪役令嬢は真価を発揮するのでございます!」
(発揮しなくて結構ですわ……)
ロザルナは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「わたくしは、学園に通うこと自体に反対しているわけではありませんの」
「おお!」
「ですが、そこで“悪役令嬢”をするつもりはありませんわ」
「もちろんでございます!」
「……本当ですの?」
「“自然体”で悪役令嬢を演じていただくだけでございます」
「それが一番難しいですわ!」
話は平行線のまま、学園行きは既に決定事項として進んでいった。
「では、お嬢様。まずは制服の確認を」
シルヴェルが差し出したのは、端整な学園制服――の、はずだった。
「……なぜ、黒いリボンと薔薇が付いていますの?」
「威圧感でございます」
「必要ありませんわ」
「ではこちらの手袋は?」
「白いレースの手袋ですわね?」
「決闘を申し込む際に必須でございます!」
「決闘など致しませんわよ!?」
着替え、姿勢、歩き方。
学園用の準備は、なぜかすべて“悪役令嬢向け”に調整されていく。
「お嬢様。廊下では、少し顎を上げて」
「転びますわ」
「では視線だけ上から」
「それはただの感じの悪い人です!」
「完璧でございます!」
(完璧ではありませんわ……)
ロザルナはぐったりと椅子に腰を下ろした。
「……学園とは、もっと平和な場所ではありませんでしたの?」
「はい。平和でございます」
「ではなぜ、こんな準備を?」
「平和だからこそ、悪役令嬢が映えるのでございます!」
理解を放棄した方が楽だと、ロザルナは悟った。
夕方。
準備を終え、窓辺に立つロザルナは、遠くに見える学園の門を眺めた。
(あの場所に……通うのですのね)
胸に湧くのは、不安と、ほんの少しの期待。
(新しい場所、新しい人たち……)
その背後で、シルヴェルは満足げにうなずいている。
「ご安心くださいませ、お嬢様」
「何を、ですの?」
「学園でも、このシルヴェルが全力でお支えいたします」
――悪役令嬢として。
ロザルナは、ゆっくりと振り返った。
「……それが、一番の不安ですわ」
こうして、
正統派令嬢ロザルナの平穏な日常は、
“学園”という新たな舞台へと足を踏み入れようとしていた。
それが、どれほど騒がしく、
どれほど注目を集めることになるのか
――この時の彼女は、まだ知らない。
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