5 / 7
噂、ですの?
しおりを挟む
授業中、ロザルナは何度目か分からない、周囲からのチラチラと目配せするような視線を感じていた。
(……また、ですわ)
黒板に向かうふりをしながら、意識だけを周囲に向ける。
囁き声、ひそひそとした笑い、視線が逸らされるような気配。
(何か、変ですわ……)
昨日の“初登校の一件”が原因なのはなんとなく想像はついていた。
教室に執事が乱入し、「悪役令嬢としての心構え」などという意味不明な言葉を残していったのだ。
それが目立たないはずがない。
――ただし。
(わたくし自身は、何もしていませんのに)
ロザルナは内心でため息をついた。
休み時間になると、教室のあちこちで声が弾み始めた。
「ねえ、聞いた?」
「昨日の新入生のこと?」
「ほら、執事がついてきたって……」
ロザルナの耳に、断片的な言葉が届く。
「家柄が相当すごいらしいわよ」
「だって、執事よ? 学園まで付き添うなんて」
「しかも、あの言い方……“悪役令嬢”ですって?」
(……その言葉、まだ覚えられていますの?)
すのね)
ロザルナは机の上のノートに視線を落とした。
文字を追っているふりをしながら、会話だけが耳に入ってくる。
「わざと目立とうとしているんじゃない?」
「強気な雰囲気だったし……」
「ちょっと怖い感じしなかった?」
(怖くはありませんわ……)
心の中で否定しつつも、反論できない自分がもどかしい。
(確かに、昨日は……静かではありませんでしたけれど)
そこへ、隣の席の令嬢がそっと声をかけてきた。
「……ロザルナさん、でしたっけ?」
「はい。何か?」
「その……ご気分を害されたら、ごめんなさい」
少し言いにくそうに前置きされ、ロザルナは首を振った。
「いえ。どうぞ」
「噂が……広がっていて」
(やはり、そうでしたのね)
「皆さん、色々と想像なさっているだけだと思いますわ」
できるだけ穏やかに返す。
「そう、ですよね……」
相手はほっとしたように微笑んだが、すぐに小声で続けた。
「でも……“関わると大変そう”って言ってる人もいて……」
胸が、きゅっと縮んだ。
(わたくし、そんなつもりは……)
「ご心配に及ばずとも大丈夫ですわ」
そう言う声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、普通に学園生活を送りたいだけですの」
その言葉に、相手は少しだけホッと安心したようにうなずいた。
―昼休み。
ロザルナは一人、廊下の窓辺に立っていた。
(噂というのは、本人の知らないところで育つものなのですね……)
屋敷では、こんなことはなかった。
ここでは、視線も言葉も、すべてが近い。
(学園とは……やはり、簡単な場所ではありませんわ)
ふう、とため息をついたそのとき。
「お嬢様!」
背後から、聞き慣れた声がした。
「……なぜ、ここにいらっしゃるのです?」
「噂の確認でございます」
嫌な予感しかしない。
「学園内ではすでに、“執事付きの令嬢”として認識されております」
「でしょうね……」
「さらに、“何か企んでいそう”“近寄りがたい”という評価も」
「やめてくださいませ!」
ロザルナは思わず声を張り上げた。
「わたくしは、何も企んでいませんわ!」
「はい。ですので――」
シルヴェルは満足げに頷いた。
「悪役令嬢としての導入は、極めて順調でございます」
(違いますわ!!!)
ロザルナは、遠い目をした。
――どうやら、自分が気付かぬうちに学園ではもう、何かが始まってしまっているらしい。
(噂、ですの……)
それは、静かに、確実に。
ロザルナの学園生活を包み込み始めていた。
幸先の悪さにくらりとよろめいたその時、そっとロザルナの背にしなやかな手が添えられた。
「おっと。あぶない。……君が、噂のご令嬢かな?」
後ろに佇んでいたのは、しなやかな体つきの優しい金の髪をした男性だった。
(……また、ですわ)
黒板に向かうふりをしながら、意識だけを周囲に向ける。
囁き声、ひそひそとした笑い、視線が逸らされるような気配。
(何か、変ですわ……)
昨日の“初登校の一件”が原因なのはなんとなく想像はついていた。
教室に執事が乱入し、「悪役令嬢としての心構え」などという意味不明な言葉を残していったのだ。
それが目立たないはずがない。
――ただし。
(わたくし自身は、何もしていませんのに)
ロザルナは内心でため息をついた。
休み時間になると、教室のあちこちで声が弾み始めた。
「ねえ、聞いた?」
「昨日の新入生のこと?」
「ほら、執事がついてきたって……」
ロザルナの耳に、断片的な言葉が届く。
「家柄が相当すごいらしいわよ」
「だって、執事よ? 学園まで付き添うなんて」
「しかも、あの言い方……“悪役令嬢”ですって?」
(……その言葉、まだ覚えられていますの?)
すのね)
ロザルナは机の上のノートに視線を落とした。
文字を追っているふりをしながら、会話だけが耳に入ってくる。
「わざと目立とうとしているんじゃない?」
「強気な雰囲気だったし……」
「ちょっと怖い感じしなかった?」
(怖くはありませんわ……)
心の中で否定しつつも、反論できない自分がもどかしい。
(確かに、昨日は……静かではありませんでしたけれど)
そこへ、隣の席の令嬢がそっと声をかけてきた。
「……ロザルナさん、でしたっけ?」
「はい。何か?」
「その……ご気分を害されたら、ごめんなさい」
少し言いにくそうに前置きされ、ロザルナは首を振った。
「いえ。どうぞ」
「噂が……広がっていて」
(やはり、そうでしたのね)
「皆さん、色々と想像なさっているだけだと思いますわ」
できるだけ穏やかに返す。
「そう、ですよね……」
相手はほっとしたように微笑んだが、すぐに小声で続けた。
「でも……“関わると大変そう”って言ってる人もいて……」
胸が、きゅっと縮んだ。
(わたくし、そんなつもりは……)
「ご心配に及ばずとも大丈夫ですわ」
そう言う声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、普通に学園生活を送りたいだけですの」
その言葉に、相手は少しだけホッと安心したようにうなずいた。
―昼休み。
ロザルナは一人、廊下の窓辺に立っていた。
(噂というのは、本人の知らないところで育つものなのですね……)
屋敷では、こんなことはなかった。
ここでは、視線も言葉も、すべてが近い。
(学園とは……やはり、簡単な場所ではありませんわ)
ふう、とため息をついたそのとき。
「お嬢様!」
背後から、聞き慣れた声がした。
「……なぜ、ここにいらっしゃるのです?」
「噂の確認でございます」
嫌な予感しかしない。
「学園内ではすでに、“執事付きの令嬢”として認識されております」
「でしょうね……」
「さらに、“何か企んでいそう”“近寄りがたい”という評価も」
「やめてくださいませ!」
ロザルナは思わず声を張り上げた。
「わたくしは、何も企んでいませんわ!」
「はい。ですので――」
シルヴェルは満足げに頷いた。
「悪役令嬢としての導入は、極めて順調でございます」
(違いますわ!!!)
ロザルナは、遠い目をした。
――どうやら、自分が気付かぬうちに学園ではもう、何かが始まってしまっているらしい。
(噂、ですの……)
それは、静かに、確実に。
ロザルナの学園生活を包み込み始めていた。
幸先の悪さにくらりとよろめいたその時、そっとロザルナの背にしなやかな手が添えられた。
「おっと。あぶない。……君が、噂のご令嬢かな?」
後ろに佇んでいたのは、しなやかな体つきの優しい金の髪をした男性だった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる