乙女ゲームに悪役令嬢なんて存在しませんのに、うちの執事が悪役令嬢に仕立て上げようとしてきますの!

逢真まみ

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噂、ですの?

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授業中、ロザルナは何度目か分からない、周囲からのチラチラと目配せするような視線を感じていた。

(……また、ですわ)

黒板に向かうふりをしながら、意識だけを周囲に向ける。

囁き声、ひそひそとした笑い、視線が逸らされるような気配。

(何か、変ですわ……)

昨日の“初登校の一件”が原因なのはなんとなく想像はついていた。

教室に執事が乱入し、「悪役令嬢としての心構え」などという意味不明な言葉を残していったのだ。

それが目立たないはずがない。

――ただし。

(わたくし自身は、何もしていませんのに)

ロザルナは内心でため息をついた。
休み時間になると、教室のあちこちで声が弾み始めた。

「ねえ、聞いた?」

「昨日の新入生のこと?」

「ほら、執事がついてきたって……」

ロザルナの耳に、断片的な言葉が届く。

「家柄が相当すごいらしいわよ」

「だって、執事よ? 学園まで付き添うなんて」

「しかも、あの言い方……“悪役令嬢”ですって?」

(……その言葉、まだ覚えられていますの?)
すのね)

ロザルナは机の上のノートに視線を落とした。

文字を追っているふりをしながら、会話だけが耳に入ってくる。

「わざと目立とうとしているんじゃない?」

「強気な雰囲気だったし……」

「ちょっと怖い感じしなかった?」

(怖くはありませんわ……)

心の中で否定しつつも、反論できない自分がもどかしい。

(確かに、昨日は……静かではありませんでしたけれど)

そこへ、隣の席の令嬢がそっと声をかけてきた。

「……ロザルナさん、でしたっけ?」

「はい。何か?」

「その……ご気分を害されたら、ごめんなさい」

少し言いにくそうに前置きされ、ロザルナは首を振った。

「いえ。どうぞ」

「噂が……広がっていて」

(やはり、そうでしたのね)

「皆さん、色々と想像なさっているだけだと思いますわ」

できるだけ穏やかに返す。

「そう、ですよね……」

相手はほっとしたように微笑んだが、すぐに小声で続けた。

「でも……“関わると大変そう”って言ってる人もいて……」

胸が、きゅっと縮んだ。

(わたくし、そんなつもりは……)

「ご心配に及ばずとも大丈夫ですわ」

そう言う声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

「わたくしは、普通に学園生活を送りたいだけですの」

その言葉に、相手は少しだけホッと安心したようにうなずいた。

―昼休み。

ロザルナは一人、廊下の窓辺に立っていた。

(噂というのは、本人の知らないところで育つものなのですね……)

屋敷では、こんなことはなかった。
ここでは、視線も言葉も、すべてが近い。

(学園とは……やはり、簡単な場所ではありませんわ)

ふう、とため息をついたそのとき。

「お嬢様!」

背後から、聞き慣れた声がした。

「……なぜ、ここにいらっしゃるのです?」

「噂の確認でございます」

嫌な予感しかしない。

「学園内ではすでに、“執事付きの令嬢”として認識されております」

「でしょうね……」

「さらに、“何か企んでいそう”“近寄りがたい”という評価も」

「やめてくださいませ!」

ロザルナは思わず声を張り上げた。

「わたくしは、何も企んでいませんわ!」

「はい。ですので――」

シルヴェルは満足げに頷いた。

「悪役令嬢としての導入は、極めて順調でございます」

(違いますわ!!!)

ロザルナは、遠い目をした。

――どうやら、自分が気付かぬうちに学園ではもう、何かが始まってしまっているらしい。

(噂、ですの……)

それは、静かに、確実に。
ロザルナの学園生活を包み込み始めていた。

幸先の悪さにくらりとよろめいたその時、そっとロザルナの背にしなやかな手が添えられた。

「おっと。あぶない。……君が、噂のご令嬢かな?」

後ろに佇んでいたのは、しなやかな体つきの優しい金の髪をした男性だった。
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