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1章
誘いのアンダーワールド
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「それではこれより、ゲスト様がより楽しんでいかれるよう、特別な魔法をご覧にいれましょう」
さきほどのキャストが深々とお辞儀をした瞬間、あたり一面が七色の空気に包まれた。
「―今の姿じゃあ、心から楽しめないでしょう?どうぞ童心に返ってお楽しみ下さい」
ハッと我に返って自分の姿を見てみると、いつの間にか子どもの頃の姿になっていた。
「えっ!?何これ、どういうこと!?」
私が慌てた素振りを見せても、キャストは知らん顔で続ける。
「私どもからのちょっとしたプレゼントです。さあ、ゆっくりと園内をお楽しみ下さい――」
軽やかな音楽が流れ、キャストが腕を広げる。
“Ladies and gentlemen, welcome to... the Wonder Underland — where memories come alive!”
その声が響いた瞬間、場面が切り替わったように、エリアが様変わりしていた。
視界が反転したように、光の粒が世界を塗り替えていく。
さっきまでの夜はすっかり消え失せ、そこには絵本の中みたいな街並みが広がっていた。
ピンクと水色の家々、雲の上を走る汽車、チョコレートの匂いを漂わせる川――まるで夢の国そのものだった。
けれど、そのどれもが、どこか「懐かしい」のに「思い出せない」。
記憶の断片をかき混ぜられるような違和感が、胸の奥を小さく叩いた。
「……すごい。これ、本当に現実?」
誰にともなく呟くと、風が答えるように頬を撫でていった。
風の匂いさえも、幼いころに嗅いだ“夏祭りの夜”の空気と同じだった。
浴衣を着て、誰かの手を握って――。
……誰の、手?
その記憶を辿ろうとした瞬間、視界の端で金の光が瞬いた。
ふと見ると、道の向こうに仮面をつけた案内人が立っていた。
仮面には、変わらず“笑顔”が描かれている。
けれど、その笑みが、今は少しだけ歪んで見えた。
「ゲスト様、ワンダーアンダーランドへようこそ。ここは、“思い出が反射する世界”でございます」
「思い出が……反射?」
案内人は静かに頷いた。
「そう、あなたの心が映し出す景色。その心が変われば、世界もまた姿を変えます」
そう言って、仮面の人は指を鳴らした。
瞬間、目の前の風景がざわめき、街の色が一気に反転する。
甘い香りは消え、代わりに焼けた鉄と油の匂いが漂った。
さっきまでピンクだった空が、煤けた灰色に変わっていく。
「やめて……! 何、これ……!」
「恐れることはありません。これは“あなたが隠した心”です」
声は穏やかだったが、その響きはどこか冷たい。
気づくと、足元に散らばる破片の中に、小さな自分の姿が映っていた。
泣き顔の私。
転んだ膝を抱えて、誰かを呼んでいる。
――“お母さん”。
息を呑んだ。
ずっと、心の奥にしまいこんでいた記憶。
思い出したくなくて、見ないふりをしていたもの。
「これは……やめて……見たくない……」
案内人は首をかしげた。
「見たくない、ですか? ですが――赦しは、見つめるところから始まるのですよ」
その声を聞いた瞬間、世界がまたひときわ強く揺れた。
そして、次の瞬間には、私は観覧車の前に立っていた。
夜明け前の空が、かすかに青く染まり始めている。
観覧車はひときわ大きく、軋む音を立てながらゆっくりと動いていた。
その中心には、あの金色の光――まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで瞬いている。
「これは……最初の“赦し”を受ける場所、です」
案内人の言葉が、耳の奥でこだまする。
「一周ごとに、あなたの“未練”がひとつ消えていく。
けれど、同時に――“あなた自身”もひとつ、失われていくかもしれません」
「……どういう、こと?」
「失うことが、赦しになるのです」
その言葉の意味を理解する前に、観覧車のドアがひとりでに開いた。
中は柔らかな光で満ちている。
誘われるように、一歩、足を踏み入れる。
ギィ――。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
街の音も、風の音も、すべてが遠ざかっていく。
代わりに、どこか懐かしい子守唄のような旋律が流れ始めた。
回転する観覧車の中で、私は小さなガラス玉を見つけた。
掌に収まるほどの透明な球体。
覗き込むと、そこには“昔の私”がいた。
小さな手で、何かを一生懸命に描いている。
それは、色鉛筆で描かれた“笑顔”。
今の私よりずっと素直で、ずっとまっすぐな笑顔。
――ああ、あのときの……。
涙が、勝手に零れた。
悲しいわけじゃない。ただ、何かを取り戻したような気がした。
「これが……赦し?」
囁いたその瞬間、観覧車の中心が光を放ち、世界が一瞬だけ白に包まれた。
次に目を開けたとき、私は元の姿に戻っていた。
けれど、胸の奥にあった“あの痛み”が、少しだけ軽くなっていた。
外では、仮面の案内人が静かに手を振っていた。
「ようこそ、アンダーワールドへ――」
その声は、優しく、けれどどこかで哀しみを帯びていた。
さきほどのキャストが深々とお辞儀をした瞬間、あたり一面が七色の空気に包まれた。
「―今の姿じゃあ、心から楽しめないでしょう?どうぞ童心に返ってお楽しみ下さい」
ハッと我に返って自分の姿を見てみると、いつの間にか子どもの頃の姿になっていた。
「えっ!?何これ、どういうこと!?」
私が慌てた素振りを見せても、キャストは知らん顔で続ける。
「私どもからのちょっとしたプレゼントです。さあ、ゆっくりと園内をお楽しみ下さい――」
軽やかな音楽が流れ、キャストが腕を広げる。
“Ladies and gentlemen, welcome to... the Wonder Underland — where memories come alive!”
その声が響いた瞬間、場面が切り替わったように、エリアが様変わりしていた。
視界が反転したように、光の粒が世界を塗り替えていく。
さっきまでの夜はすっかり消え失せ、そこには絵本の中みたいな街並みが広がっていた。
ピンクと水色の家々、雲の上を走る汽車、チョコレートの匂いを漂わせる川――まるで夢の国そのものだった。
けれど、そのどれもが、どこか「懐かしい」のに「思い出せない」。
記憶の断片をかき混ぜられるような違和感が、胸の奥を小さく叩いた。
「……すごい。これ、本当に現実?」
誰にともなく呟くと、風が答えるように頬を撫でていった。
風の匂いさえも、幼いころに嗅いだ“夏祭りの夜”の空気と同じだった。
浴衣を着て、誰かの手を握って――。
……誰の、手?
その記憶を辿ろうとした瞬間、視界の端で金の光が瞬いた。
ふと見ると、道の向こうに仮面をつけた案内人が立っていた。
仮面には、変わらず“笑顔”が描かれている。
けれど、その笑みが、今は少しだけ歪んで見えた。
「ゲスト様、ワンダーアンダーランドへようこそ。ここは、“思い出が反射する世界”でございます」
「思い出が……反射?」
案内人は静かに頷いた。
「そう、あなたの心が映し出す景色。その心が変われば、世界もまた姿を変えます」
そう言って、仮面の人は指を鳴らした。
瞬間、目の前の風景がざわめき、街の色が一気に反転する。
甘い香りは消え、代わりに焼けた鉄と油の匂いが漂った。
さっきまでピンクだった空が、煤けた灰色に変わっていく。
「やめて……! 何、これ……!」
「恐れることはありません。これは“あなたが隠した心”です」
声は穏やかだったが、その響きはどこか冷たい。
気づくと、足元に散らばる破片の中に、小さな自分の姿が映っていた。
泣き顔の私。
転んだ膝を抱えて、誰かを呼んでいる。
――“お母さん”。
息を呑んだ。
ずっと、心の奥にしまいこんでいた記憶。
思い出したくなくて、見ないふりをしていたもの。
「これは……やめて……見たくない……」
案内人は首をかしげた。
「見たくない、ですか? ですが――赦しは、見つめるところから始まるのですよ」
その声を聞いた瞬間、世界がまたひときわ強く揺れた。
そして、次の瞬間には、私は観覧車の前に立っていた。
夜明け前の空が、かすかに青く染まり始めている。
観覧車はひときわ大きく、軋む音を立てながらゆっくりと動いていた。
その中心には、あの金色の光――まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで瞬いている。
「これは……最初の“赦し”を受ける場所、です」
案内人の言葉が、耳の奥でこだまする。
「一周ごとに、あなたの“未練”がひとつ消えていく。
けれど、同時に――“あなた自身”もひとつ、失われていくかもしれません」
「……どういう、こと?」
「失うことが、赦しになるのです」
その言葉の意味を理解する前に、観覧車のドアがひとりでに開いた。
中は柔らかな光で満ちている。
誘われるように、一歩、足を踏み入れる。
ギィ――。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
街の音も、風の音も、すべてが遠ざかっていく。
代わりに、どこか懐かしい子守唄のような旋律が流れ始めた。
回転する観覧車の中で、私は小さなガラス玉を見つけた。
掌に収まるほどの透明な球体。
覗き込むと、そこには“昔の私”がいた。
小さな手で、何かを一生懸命に描いている。
それは、色鉛筆で描かれた“笑顔”。
今の私よりずっと素直で、ずっとまっすぐな笑顔。
――ああ、あのときの……。
涙が、勝手に零れた。
悲しいわけじゃない。ただ、何かを取り戻したような気がした。
「これが……赦し?」
囁いたその瞬間、観覧車の中心が光を放ち、世界が一瞬だけ白に包まれた。
次に目を開けたとき、私は元の姿に戻っていた。
けれど、胸の奥にあった“あの痛み”が、少しだけ軽くなっていた。
外では、仮面の案内人が静かに手を振っていた。
「ようこそ、アンダーワールドへ――」
その声は、優しく、けれどどこかで哀しみを帯びていた。
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