アルファランドより、恩赦を込めて。

逢真まみ

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1章

崩れないしあわせの味

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うさぎが男の子に向けて、サッと透明な三日月型の缶を取り出して差し出した。

『崩れないしあわせの味~♪
 ハートフルミルフィーユだよ~☆
 重なるしあわせ、崩れない♪
 さくさくほろろ、溶けていく~♪』

 歌うようなリズムで差し出された缶は、淡い光を透かしてきらりと揺れた。

 男の子は「わぁ!」と声をあげ、嬉しそうに缶のフタをパカッと開ける。

 中には、缶と同じ三日月型に重ねられたミルフィーユが入っていた。
 何層にも折り重なったパイ生地が淡く光り、
 まるで小さな“月”を閉じ込めたようだった。

「これも美味しそう!いただきます!」

 男の子がミルフィーユをひとくちかじるたび、
 ザク、ザク、と軽快な音が響き、
 そのたびに甘い香りが空気にほどけていく。

 いま、その瞬間だけは、彼は静かに、
 ゆっくりと味わうように少しずつ口に含んでいた。

『ざくざく食べても崩れない♪
 それでもしあわせ溶けていく☆』

 ぴょんぴょんと上下に揺れながら、うさぎは楽しげに歌い続ける。

 しかし、男の子が最後のひとくちを頬張った瞬間――
 それまでとは打って変わって、神妙な面持ちが彼の表情に浮かんだ。

「……そうだ……おれ、なんで大事なこと、忘れてたんだろう……?」

 ぽつりと落ちた男の子の言葉に、胸がひやりと冷える。

「大事なこと?」

 おれ、双子のにいちゃんがいるんだけどね?たぶん、一緒に来てたんだ。
……にいちゃん、どこ……?」

 男の子の声は震えていた。
 目の奥に浮かんだ不安の色は、先ほどまでの無邪気さとはまるで別物だった。

(双子……? そんな大事なこと……どうして急に……)

 ざわり、と心の奥をかき立てるような警鐘が鳴る。

 その時――
 うさぎが、男の子の前にぴょこっと跳ねて立った。

『迷子のまいごのおつれさん~♪
 探して遊ぼう♪アンダーワールド☆』

 軽やかに歌い終えると、
 うさぎはぴょーんと大きく飛び、
 そのままぴょんぴょん跳ねながら奥へと去っていった。

 不気味な軽さだけを残して。

「……ねぇ、いつから、お兄ちゃんのこと思い出したの?」

「わかんない……でもね……さっきの飴とはまた違った“おいしい味”がしたんだ。
 今度はもっと味わわなきゃって思ってゆっくり食べてたら、なんか……
 たいせつな“思い出の層”が出てきたみたいで……。
 おれ、にいちゃんを探さなきゃ……!」

 男の子の小さな手は、汗ばむほどひんやりしていた。

(この“崩れないしあわせ”って……
 本当に幸せなの……?)

 そんな疑念が胸をかすめた瞬間――
 足元の地面が淡く光り出す。

 スイーツハウスの奥に続く通路が、
 金色の粒子をまき散らしながら、ギィ、と音を立てて“開いて”いった。

『さぁ~♪次のエリアで“しあわせの層”を探そうね~☆
 アンダーワールドはまだまだ続くよ~~~♪』

 遠ざかるうさぎの歌声が、どこか空虚に響く。

 私は深く息を吸い込んで、男の子の手を握った。

「……一緒に、探そう。
 お兄ちゃん、絶対見つけようね」

「……うん!」

 ゆらゆらと揺れる金色の道へ向けて、
 私たちはゆっくりと歩き始めた。
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