アルファランドより、恩赦を込めて。

逢真まみ

文字の大きさ
10 / 13
2章

まさかな逆さまトラップ

しおりを挟む
森の奥へ進むにつれて、木々はどんどん背を伸ばし、枝は通行の邪魔をするようにところどころ絡み合い、日差しは少しずつ陰り、明かりが削り取られていった。

 ベラドンナはひらりと軽い足取りで先へ先へと進み、うさぎはその横をぽよんぽよんと長い耳を弾ませながら跳ね続ける。

 一方で、わたしと男の子の足元には、静かに“違和感”が積もり始めていた。

 ――ザッ。

 ふたりの足音のはずなのに、まるで四、五人分に増えて跳ね返るような、奇妙な響き方をしていた。

「ねえ……この地面、なんか変じゃない?」

 男の子が立ち止まり、足元の土をツンツンと靴のつま先でつつく。

 たしかに変だ。
 ふかふか柔らかいはずの土が、どこか薄い。
 なにか一枚、紙のような層を踏んでいるような――そんな奇妙な感触だった。

(あれ……? さっきの“層”……?)

 嫌な想像が喉の奥で膨らむ。

 その瞬間、ベラドンナがくるりと振り返った。

「気づいた? ここ、足元も“あべこべ”なのよ。
 踏めば踏むほど、ほんとうの道から遠ざかるわ」

 声は甘いのに、まなざしだけが氷のように冷たい。

 男の子が一歩、後ずさった。

「そんなの……そんなの、森じゃない……!」

「森よ。あなたたちが迷うためにある、ね?」

 そう言いながら、ベラドンナはすっと手を伸ばす。

「ねぇ、坊や。お兄ちゃんに会いたいんでしょ?」

「……っ、うん!」

「なら急がなきゃ。でも、急ぐほど遠ざかるのが《あべこべ》。
 だから――こうするの。」

 ぱちん。

 ベラドンナが指を鳴らした瞬間だった。

 森の空気の“向き”が変わった。

 逆風が吹くでもなく、突風が起こるでもなく、
 ただ世界そのものがゆっくり、ゆらゆらと逆回転し始めたかのような――
 まるで乗り物酔いをしたような感覚が押し寄せてきた。

 視界の端がじわりとにじむ。
 木の影がぐにゃりとねじれる。
 足元の土がふわりと空気を含んだように持ち上がる。

「え……? 足が……!」

 男の子の身体が、一瞬ふわりと浮いた。

 その腕を、わたしは慌てて掴んだ。

「大丈夫!? 落ち着いて!」

「わ、わかんない! なんか、引っ張られて――」

 それは風でも、重力でもなかった。
 森そのものが、男の子を“どこかへ連れて行こうとしている”。

「ベラドンナ! やめて!!」

「やめてあげない♡」

 可愛らしく微笑んだまま、彼女は言った。

「――だって、離ればなれになるほど、
  “会いたさ”も想いも育つんだもの。」

 その言葉と同時に。

 男の子の足元の“地面”が、ぱきりと割れた。

「――っ!!」

「だめっ!!!」

 わたしは手を伸ばす。
 男の子も必死に伸ばす。

 あと少し。
 あと指一本分で届く――

『ぐるぐる迷って、ばらばらさ~♪
 見つけたいほど、見失う~♪』

 うさぎの歌声が、まるで引き金だった。

 ずるっ。

 男の子の体が、地面の“向こう側”へ吸い込まれた。

「――っ!!!!!」

 指先がスッと空を切る。

 さっきまで確かにあった温もりが消える。

「いやだ……! 待って!!」

 叫んでも、間に合わない。

 男の子は、くるりと反転した足元の裏側――
 “あべこべの道の下層”へと落ちていった。

 最後に見えたのは、彼の驚いた顔。
 わたしを呼ぼうとする口の形。

 次の瞬間。

 森は、静かになった。

 音も、風も、気配も。
 何もかもがシンと“一瞬で元通り”になっていた。

 ベラドンナだけが、くすくすと微笑んでいた。

「さぁ。ここからは、あなたひとりね?」

 その背後で――

 森の奥の影が、ゆっくりと“誰かの形”に変わりはじめていた。

 ――まるでカードのジョーカーのような、
  道化師のようにも見える、“ふしぎな影”へと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『☘ 好きだったのよ、あなた……』

設楽理沙
ライト文芸
2025.5.18 改稿しました。 嫌いで別れたわけではなかったふたり……。 数年後、夫だった宏は元妻をクライアントとの仕事を終えたあとで 見つけ、声をかける。 そして数年の時を越えて、その後を互いに語り合うふたり。 お互い幸せにやってるってことは『WinWin』でよかったわよね。 そう元妻の真帆は言うと、店から出て行った。 「真帆、それが……WinWinじゃないんだ」 真帆には届かない呟きを残して宏も店をあとにするのだった。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

処理中です...