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2章
くるくる、ぐるりと流れ落ちる記憶
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くるくる、ぐるり。
真っ逆さまに勢いよく落ちたと思ったはずなのに、その流れは、やけに緩やかだった。
まるでそれは、風に押されて弧を描きながら落ちていく一枚の落ち葉のようで――
自分の身体が“重さ”を忘れてしまったかのようでもあった。
(あの女の子とはぐれちゃった……大丈夫かな?)
胸がきゅっと縮む。
そう思った瞬間、はたと気づく。
(そういえば……おれ、名前、聞いてなかった)
出会ってからずっと一緒にいて、
手をつないで、話して、笑って――それなのに。
彼女の名前も教えてもらっていないし、
自分だって名乗った覚えがない。
でも、不思議と困らなかった。
一緒にいることに自然さを感じていたからかもしれない。
(でも……名前、って……なんだったっけ。おれの名前……)
そこまで考えて、頭の奥がぐらりと揺れる。名前。呼ばれていた音。にいちゃんがいつも呼ぶ、あの響き。
――おれのなまえは?
思い出そうとしても、まるで記憶に霧がかかるように、ぼやけてかすんでしまう。
その代わりに、ふっと別の景色が浮かんできた。
あれは――
いつだったか覚えていない、でも確かに楽しかった日の記憶。
*
「強すぎる切り札だから、ほんとは1枚だけなんだけど、―は、特別だよ?」
おれはトランプ遊びが大好きで、その中でもジョーカーのカードがかっこ良くて1番好きだった。おれと年が近い、小さい従兄弟は、このカード、こわいって泣いていたけれど、おれは怖さを感じなかった。だってこれは、負けそうになっても逆転できる、最強のカードなんだ。今で言う、チートってやつだ。
双子の兄が笑いながら、
『―はカードあそび弱いから。特別ね?ほんとは2枚入れたらゲームバランスが崩れるからやらないんだけど、1枚だけじゃ、逆転されて負けちゃうだろ?だから、逆転の逆転返し!にいちゃんは強いから、にいちゃんに勝つための、特別ルールにしてあげる』
―そう言っていつでも、いつだっておれを、甘やかしてくれたっけ。くしゃっとおれの頭を撫でながら、おれよりずっとずっと先を行く、大人も驚くかしこくて、すっごくかっこ良くて、運動だって得意な、自慢の、おれの双子のにいちゃん。
『ほら、勝った!やっぱり、―はもってるな!逆転勝利だよ!』
そう言ってにいちゃんがわざと負けてくれているのは、本当は知っていた。それでも、この時間が何より楽しくて、ずっと、ずっと続くかと思っていた。でも―
でも――
(……どうしてだろ……)
そこから先の記憶が、まるで破れたフィルムみたいに、ぷつり、と途切れている。
にいちゃんの笑顔。
くしゃっと撫でてくれた優しい手。
「特別だよ?」って、いつも言ってくれた声。
どれも鮮明なのに、
“最後の瞬間”だけがどうしても思い出せない。
(おれ……にいちゃんと……何があったんだっけ……?)
胸の奥がずきりと痛む。
その痛みは、落下しているはずの身体のどこかではなく、“もっと心の深い場所”、
記憶の底に沈んでいく自分自身に走ったようだった。
そのとき――
“パ キ ッ”
まるでガラスに細いヒビが入ったような、鋭い音。
(……え?)
次の瞬間。
視界が、ゆっくりと白く反転した。
くるり、くるり。
落ちているのに、上昇しているような。
上を向いているのに、下を見ているような。自分の居場所すら掴めない“あべこべ”の感覚が、ふわりと身体を包む。
そして、
――ストン。
着地した場所は、遊園地で見かけるような、くるくる回る、ティーカップの中だった。
「う、わ……っ」
よろけて倒れそうになりながら、なんとかカップのふちを掴み、踏みとどまる。
ゆっくりと目を開けると――
(……なに、ここ……)
そこは森ではなかった。
真っ逆さまに勢いよく落ちたと思ったはずなのに、その流れは、やけに緩やかだった。
まるでそれは、風に押されて弧を描きながら落ちていく一枚の落ち葉のようで――
自分の身体が“重さ”を忘れてしまったかのようでもあった。
(あの女の子とはぐれちゃった……大丈夫かな?)
胸がきゅっと縮む。
そう思った瞬間、はたと気づく。
(そういえば……おれ、名前、聞いてなかった)
出会ってからずっと一緒にいて、
手をつないで、話して、笑って――それなのに。
彼女の名前も教えてもらっていないし、
自分だって名乗った覚えがない。
でも、不思議と困らなかった。
一緒にいることに自然さを感じていたからかもしれない。
(でも……名前、って……なんだったっけ。おれの名前……)
そこまで考えて、頭の奥がぐらりと揺れる。名前。呼ばれていた音。にいちゃんがいつも呼ぶ、あの響き。
――おれのなまえは?
思い出そうとしても、まるで記憶に霧がかかるように、ぼやけてかすんでしまう。
その代わりに、ふっと別の景色が浮かんできた。
あれは――
いつだったか覚えていない、でも確かに楽しかった日の記憶。
*
「強すぎる切り札だから、ほんとは1枚だけなんだけど、―は、特別だよ?」
おれはトランプ遊びが大好きで、その中でもジョーカーのカードがかっこ良くて1番好きだった。おれと年が近い、小さい従兄弟は、このカード、こわいって泣いていたけれど、おれは怖さを感じなかった。だってこれは、負けそうになっても逆転できる、最強のカードなんだ。今で言う、チートってやつだ。
双子の兄が笑いながら、
『―はカードあそび弱いから。特別ね?ほんとは2枚入れたらゲームバランスが崩れるからやらないんだけど、1枚だけじゃ、逆転されて負けちゃうだろ?だから、逆転の逆転返し!にいちゃんは強いから、にいちゃんに勝つための、特別ルールにしてあげる』
―そう言っていつでも、いつだっておれを、甘やかしてくれたっけ。くしゃっとおれの頭を撫でながら、おれよりずっとずっと先を行く、大人も驚くかしこくて、すっごくかっこ良くて、運動だって得意な、自慢の、おれの双子のにいちゃん。
『ほら、勝った!やっぱり、―はもってるな!逆転勝利だよ!』
そう言ってにいちゃんがわざと負けてくれているのは、本当は知っていた。それでも、この時間が何より楽しくて、ずっと、ずっと続くかと思っていた。でも―
でも――
(……どうしてだろ……)
そこから先の記憶が、まるで破れたフィルムみたいに、ぷつり、と途切れている。
にいちゃんの笑顔。
くしゃっと撫でてくれた優しい手。
「特別だよ?」って、いつも言ってくれた声。
どれも鮮明なのに、
“最後の瞬間”だけがどうしても思い出せない。
(おれ……にいちゃんと……何があったんだっけ……?)
胸の奥がずきりと痛む。
その痛みは、落下しているはずの身体のどこかではなく、“もっと心の深い場所”、
記憶の底に沈んでいく自分自身に走ったようだった。
そのとき――
“パ キ ッ”
まるでガラスに細いヒビが入ったような、鋭い音。
(……え?)
次の瞬間。
視界が、ゆっくりと白く反転した。
くるり、くるり。
落ちているのに、上昇しているような。
上を向いているのに、下を見ているような。自分の居場所すら掴めない“あべこべ”の感覚が、ふわりと身体を包む。
そして、
――ストン。
着地した場所は、遊園地で見かけるような、くるくる回る、ティーカップの中だった。
「う、わ……っ」
よろけて倒れそうになりながら、なんとかカップのふちを掴み、踏みとどまる。
ゆっくりと目を開けると――
(……なに、ここ……)
そこは森ではなかった。
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