アルファランドより、恩赦を込めて。

逢真まみ

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2章

くるくる、ぐるりと流れ落ちる記憶

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くるくる、ぐるり。
 真っ逆さまに勢いよく落ちたと思ったはずなのに、その流れは、やけに緩やかだった。

 まるでそれは、風に押されて弧を描きながら落ちていく一枚の落ち葉のようで――
 自分の身体が“重さ”を忘れてしまったかのようでもあった。

(あの女の子とはぐれちゃった……大丈夫かな?)

 胸がきゅっと縮む。

 そう思った瞬間、はたと気づく。

(そういえば……おれ、名前、聞いてなかった)

 出会ってからずっと一緒にいて、
 手をつないで、話して、笑って――それなのに。

 彼女の名前も教えてもらっていないし、
 自分だって名乗った覚えがない。

 でも、不思議と困らなかった。
 一緒にいることに自然さを感じていたからかもしれない。

(でも……名前、って……なんだったっけ。おれの名前……)

 そこまで考えて、頭の奥がぐらりと揺れる。名前。呼ばれていた音。にいちゃんがいつも呼ぶ、あの響き。

 ――おれのなまえは?

 思い出そうとしても、まるで記憶に霧がかかるように、ぼやけてかすんでしまう。

 その代わりに、ふっと別の景色が浮かんできた。

 あれは――
 いつだったか覚えていない、でも確かに楽しかった日の記憶。



「強すぎる切り札だから、ほんとは1枚だけなんだけど、―は、特別だよ?」

 おれはトランプ遊びが大好きで、その中でもジョーカーのカードがかっこ良くて1番好きだった。おれと年が近い、小さい従兄弟は、このカード、こわいって泣いていたけれど、おれは怖さを感じなかった。だってこれは、負けそうになっても逆転できる、最強のカードなんだ。今で言う、チートってやつだ。

 双子の兄が笑いながら、

『―はカードあそび弱いから。特別ね?ほんとは2枚入れたらゲームバランスが崩れるからやらないんだけど、1枚だけじゃ、逆転されて負けちゃうだろ?だから、逆転の逆転返し!にいちゃんは強いから、にいちゃんに勝つための、特別ルールにしてあげる』

 ―そう言っていつでも、いつだっておれを、甘やかしてくれたっけ。くしゃっとおれの頭を撫でながら、おれよりずっとずっと先を行く、大人も驚くかしこくて、すっごくかっこ良くて、運動だって得意な、自慢の、おれの双子のにいちゃん。

 
『ほら、勝った!やっぱり、―はもってるな!逆転勝利だよ!』

 そう言ってにいちゃんがわざと負けてくれているのは、本当は知っていた。それでも、この時間が何より楽しくて、ずっと、ずっと続くかと思っていた。でも―

でも――

(……どうしてだろ……)

 そこから先の記憶が、まるで破れたフィルムみたいに、ぷつり、と途切れている。

 にいちゃんの笑顔。
 くしゃっと撫でてくれた優しい手。
 「特別だよ?」って、いつも言ってくれた声。

 どれも鮮明なのに、
 “最後の瞬間”だけがどうしても思い出せない。

(おれ……にいちゃんと……何があったんだっけ……?)

 胸の奥がずきりと痛む。

 その痛みは、落下しているはずの身体のどこかではなく、“もっと心の深い場所”、
 記憶の底に沈んでいく自分自身に走ったようだった。

 そのとき――

 “パ キ ッ”

 まるでガラスに細いヒビが入ったような、鋭い音。

(……え?)

 次の瞬間。

 視界が、ゆっくりと白く反転した。

 くるり、くるり。

 落ちているのに、上昇しているような。
 上を向いているのに、下を見ているような。自分の居場所すら掴めない“あべこべ”の感覚が、ふわりと身体を包む。

 そして、

 ――ストン。

 着地した場所は、遊園地で見かけるような、くるくる回る、ティーカップの中だった。

「う、わ……っ」

 よろけて倒れそうになりながら、なんとかカップのふちを掴み、踏みとどまる。

 ゆっくりと目を開けると――

(……なに、ここ……)

 そこは森ではなかった。
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