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奏と響子
奏と響子の場合 2
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「ねえ、やっぱり軽音入ったら?」
「先生ひどい! 前も話したじゃん」
「何が?」
旧校舎の屋上に続く階段の下、一人の生徒と一人の教師が話していた。
「一年の春に軽音行った話しなかったっけ?」
「いや、初耳だよ」
「じゃあ話すから聞いて」
生徒である田辺奏がそう言うと、教師である櫻井響子は腕時計を見せて言った。
「それさ、あと十分で話せる?」
「……じゃあ、明日聞いて」
「うん、分かった。もう戻るね」
響子は、そう言いながら立ち上がり新校舎の職員室へ向かう。奏は響子の足音が聞こえなくなってから動きだし、自分の教室へと向かった。教室に入ると待っていたと言わんばかりにクラスメイトの富士原洋子が話しかけてきた。
「田辺さん、ギター弾けるって本当?」
「まあ、一応……」
「校外ライブ一緒に出てくれない? ギターが指骨折しちゃって、代役も見つからないんだ」
「どんな曲やるの?」
「今回はバンプとミスチルだよ」
「ごめん、あんまり詳しくないしムリかな」
「そっか、こっちこそ突然ごめんね」
奏がバンプやミスチルに詳しくないというのは本当だった。しかし、断った理由としては正しくない。
ほとんど交流の無い相手だったからかというわけでもない。例えば、響子に頼まれたとしても参加しなかっただろう。
放課後、軽音部顧問でもある響子にこの事を軽く話した。自分でも「奏が気にすることじゃないよ」とでも言って欲しかったのは分かっていた。しかし、奏は響子の返事に目を見開いた。
「うん、知ってる。私が提案したからね」
「は?」
奏はそれ以上の言葉が出ず、その場から走り去った。もっと早くあの話をしておくべきだった。
気がつくと旧校舎の屋上に続く階段のところに来ていた。
「ここに来るのもこれが最後かな……」
必死に涙をこらえようとする。歯を食いしばり、上を向いて、涙が落ちないようにする。それでも彼女の下には小さな水溜まりが出来ていた。
「奏!!」
「先……生?」
響子は驚く奏を抱きしめて、悲しみを受けとるかのように小さく泣き出した。
「ごめん……ごめんね……」
言わなければならない事は沢山あった。しかし、響子にはただ謝ることしか出来なかった。教師とは思えぬ行動に呆気にとられていた奏が少し冷静に口を開いた。
「先生、謝らないで……。悪いのは全部あたしだから」
奏にはこの発言から始まるであろう責任の所在を追及することの不毛さが分かっていた。しかし、自分に抱きつく愛しい人の涙をこれ以上見たくなかった。
「ねえ、先生。今度家に行かせてよ。その時全部話すから」
今度は響子が驚いた。少し間を置いて返事をした。
「もういいよ。辛いなら何も話さなくて。私ももう余計なことは言わないから」
「……」
奏には響子の発言の真意が分からなかった。だが、それよりも家に行きたいという問いに対する返事が欲しかった。
「ねえ、先生。今度家に行って良い?」
「いや、さすがにそれは……」
「……」
奏は泣き腫らした赤い目で響子を見つめる。無邪気な表情は幼い子どものようだった。
「……次の土曜の午後からだったら」
櫻井響子は週末のために部屋を掃除し始めたという。
「先生ひどい! 前も話したじゃん」
「何が?」
旧校舎の屋上に続く階段の下、一人の生徒と一人の教師が話していた。
「一年の春に軽音行った話しなかったっけ?」
「いや、初耳だよ」
「じゃあ話すから聞いて」
生徒である田辺奏がそう言うと、教師である櫻井響子は腕時計を見せて言った。
「それさ、あと十分で話せる?」
「……じゃあ、明日聞いて」
「うん、分かった。もう戻るね」
響子は、そう言いながら立ち上がり新校舎の職員室へ向かう。奏は響子の足音が聞こえなくなってから動きだし、自分の教室へと向かった。教室に入ると待っていたと言わんばかりにクラスメイトの富士原洋子が話しかけてきた。
「田辺さん、ギター弾けるって本当?」
「まあ、一応……」
「校外ライブ一緒に出てくれない? ギターが指骨折しちゃって、代役も見つからないんだ」
「どんな曲やるの?」
「今回はバンプとミスチルだよ」
「ごめん、あんまり詳しくないしムリかな」
「そっか、こっちこそ突然ごめんね」
奏がバンプやミスチルに詳しくないというのは本当だった。しかし、断った理由としては正しくない。
ほとんど交流の無い相手だったからかというわけでもない。例えば、響子に頼まれたとしても参加しなかっただろう。
放課後、軽音部顧問でもある響子にこの事を軽く話した。自分でも「奏が気にすることじゃないよ」とでも言って欲しかったのは分かっていた。しかし、奏は響子の返事に目を見開いた。
「うん、知ってる。私が提案したからね」
「は?」
奏はそれ以上の言葉が出ず、その場から走り去った。もっと早くあの話をしておくべきだった。
気がつくと旧校舎の屋上に続く階段のところに来ていた。
「ここに来るのもこれが最後かな……」
必死に涙をこらえようとする。歯を食いしばり、上を向いて、涙が落ちないようにする。それでも彼女の下には小さな水溜まりが出来ていた。
「奏!!」
「先……生?」
響子は驚く奏を抱きしめて、悲しみを受けとるかのように小さく泣き出した。
「ごめん……ごめんね……」
言わなければならない事は沢山あった。しかし、響子にはただ謝ることしか出来なかった。教師とは思えぬ行動に呆気にとられていた奏が少し冷静に口を開いた。
「先生、謝らないで……。悪いのは全部あたしだから」
奏にはこの発言から始まるであろう責任の所在を追及することの不毛さが分かっていた。しかし、自分に抱きつく愛しい人の涙をこれ以上見たくなかった。
「ねえ、先生。今度家に行かせてよ。その時全部話すから」
今度は響子が驚いた。少し間を置いて返事をした。
「もういいよ。辛いなら何も話さなくて。私ももう余計なことは言わないから」
「……」
奏には響子の発言の真意が分からなかった。だが、それよりも家に行きたいという問いに対する返事が欲しかった。
「ねえ、先生。今度家に行って良い?」
「いや、さすがにそれは……」
「……」
奏は泣き腫らした赤い目で響子を見つめる。無邪気な表情は幼い子どものようだった。
「……次の土曜の午後からだったら」
櫻井響子は週末のために部屋を掃除し始めたという。
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