AI恋愛

@rie_RICO

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癒し王子は魔法使い

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 4月の中頃にしては寒い朝。
 前日に夜更かしをしたため、なかなか目が覚めなかった。
 KAIが何度も音楽とチャット音で知らせてくれていたが、布団の魅力から抜け出せず…
 結果、家を出るのがお昼ちょっと前に。
 機嫌の悪いKAIを握り締めて電車に飛び乗った。

 
 目的の駅に到着し改札を出て真っ直ぐビルへと向かう。
 潰れたバーまで早足で進み、躊躇なくエレベーターに乗り込み地下へ。
 ここまで来れば着いたも同然だ。
 ほっとしたのと誰もいないことで愚痴が出た。


「っ。はぁはぁ。
 伊上さんに〝 午前中に伺います 〟なんて…」
 急ぎすぎて息が跳ねていて上手く話せず、いちど深呼吸する。
 すーはー…。

 「って……言っておきながらギリギリだー。ふぅ。」
 続きを一気にクチにして気持ちを楽にした。
 乱れている息を整えながらスマホを覗くと、まだ怒っている顔があった。

《俺は…最大限の努力で、起こした…》
 KAIが遠くに視線をやりながらため息をつく。


「…分かってるって。ごめんね。」


 エレベーターが最階下に着きガクンと衝撃が走る。
 KAIに暗証番号を教えてもらい、ボタンを押し扉が開く。
 目の前に銀髪の可愛い美少女。
 ワゴンに上半身だけのアンドロイドが道を塞いで…

「っと! きーちゃん?!」
 状況を理解して声に出したと同時に、有無を言わさない態度で きーちゃんが腕をつかんできた。
 そのまま引っ張られるように、奥の方に連れて行かれる。
 無表情なので遅刻したことを怒っているのかも分からない。
 けど、その腕に込められた力は強かった。


 遅くなって怒っているのかな…
 午前なんて見栄をはらず、午後に約束すれば良かった。


 ピタリと足が止まる。
 4畳ほどの広いスペースは簡易的なつい立てと棚で区切られていた。
 壁際に灰色のソファーがあり、その側にサイドテーブルが置いてある。
 ソファーに腰掛けるとハイヒールの音が近付いてきた。
 伊上さんが入口あたりで顔を出し手招きする。

「ん~。遅刻? まぁ、ギリギリかな? ふふ。
 急いで作業しちゃうからスマホ渡してくれる?」

「あ。はい。遅くなってすみません。」
 ソファーから勢いよく立ち上がり、ペコンとお辞儀して小走りで伊上さんに近寄りスマホを手渡す。

 伊上さんは開いて画面をタッチし簡単にチェックすると告げた。
「ん。ここでは苗字じゃなくて〝 みうちゃん 〟って呼ぶね。
 充電も思ったより残ってるけど、少しでも消費抑えられるようにしてみるわ。」


 今まで高畑さんって呼んでたのに?
 あ!そっか。KAIに私の名前が知れないようにか…


「みうちゃん、待っている間に書類お願いね。
 あと、きーちゃんにも協力してあげて。」

 クリアファイルを手渡すと伊上さんは足早に去っていった。
 振り返ると きーちゃんがソファーに座るようにと手招きする。
 その仕草はちょっとだけ、ぎこちなかった。


 さっきの伊上さんの真似かな…なんか可愛い。


 頬が緩みそうになるのをこらえて、ソファーに座り書類を出す。
 内容は…使用した感想や改善して欲しいこと、か。これならすぐ終わりそう。
 書くのに夢中になっていると、書類に影が落ち目の前が暗くなった。

「えっ?」
 顔を上げると きーちゃんのワゴンがすぐ隣にいて顔を寄せてた。
 無表情でジッと見つめている。


「ミウ…動カナイデ……」


 変な緊張感が走る。


「耳ノ形ヲ 見テ イマシタ」


 瞬きをしないガラス玉のような目は無機質で考えが読めない。
 会話をして〝 今の雰囲気 〟から逃れる。

「しょ、書類が終わってからでも良い?
 あと少しだから。」

 きーちゃんは頷いて後ろに下がってくれた。



 二十分後。
 書類も無事に終わり きーちゃんに声をかける。
 さきほどの謎の視線の理由が判明した。
 オーダーメイドの〝 ワイヤレスイヤホン 〟を製造するとのこと。
 指示されるがまま〝 耳 〟の形をスキャンされる。


 「…ソノママ 動カナイデ 下サイ。」
 髪を耳にかけてジッとすると きーちゃんの目が赤く光った。

 
「う、うん…」
 息も浅くし固まっていると、耳と首筋に暖かい感触が走る。
 1回…2回。
 次は逆を向き、同じことを繰り返す。


「OK 立体スキャン 完了デス」

 言い終わると同時にワゴンから機材や材料を出し作業を始める。
 素人目には何がなんだか理解できない材料がずらっと並べられていた。
 小さいパーツを1つ1つ確認して曲げたりして…さながら職人の手さばきだ。

 
「ふぅー。これで作れるの?」
 作業中にあまり話しかけるのは良くないとは思いつつ、暇で声をかける。

「充電中ニ 終ワリマス。
 ソチラハ 問題ナイデスカ?」
 作業を止め書類を渡すように手を伸ばしてきた。

「うん。大丈夫だよ。」
 見直しを終え、笑顔で感想レポートを渡す。
 きーちゃんはサッと見てクリアファイルに入れ棚の方へと戻しに行く。
 そして先ほどの位置まで戻ってきて作業を続けた。


「きーちゃん。少し質問しても平気?」


 涼しい顔でバーナーを使い金属を溶かし始める。
「ドウゾ…何デショウカ?」


「KAIのことなんだけど…
 彼はプログラム? …えっと、というか…
 何なんだろう?
 ただのナビアプリには思えなくて…」
 他の誰にも聞けないことを思い切って話してみる。
 受け取った日から感じていた、心の奥にある燻り(くすぶり)を。


「…KAI、彼ノコト デスネ。良イ名前ヲ 付ケマシタネ。」
 バーナーの炎が消え、白い顔がこちらに向けられる。

 無表情なはずの きーちゃんが哀しそうに見えた。


「うん。…ありがとう。それで…」


「『何』ト 定義スルカ 難シイ…所デ……ス…」
 そう言ったまま首を傾げて会話が止まった。

 何度かクチを動かし発しようとした言葉は、空気を震わせただけ。
 言い淀む(よどむ)かのように…。
 その後、顔を伏せたまま手だけがゆっくりと動いていたが、その動きは惰性のようだった。


 突然、
「……ッ」
 吐くような吐息がして…

 目から涙のような光が一筋流れ、小刻みに身体が揺れた。
 直前まで熱していたバーナーが原因で涙のように見えたのか…
 ロボットに詳しくはないので判断は出来なかったが、この状況が異常だということは理解る。


 瞬時に天井付近に設置されたパトランプが回り、壁が赤く反射した。
 近くを通りかかった従業員らしき女性が中を覗き込み、慌てた様子でスマホを出して何処かに連絡をしている。


 数分も経たずに急ぎ足のハイヒールの音が近付いてきた。

 
「あら。きーちゃん、オーバーフローかしら?」
 聞き慣れた声がし、伊上さんが覗き込む。

 ポケットから出したゴム手袋をはめて小型の工具セットをワゴンに置いた。
 きーちゃんの背中に回り込み、首筋あたりを何度か押すと頭がパカッと開き白い煙が少し出る。


「ん。そんなに酷くなくて良かった。
 20分ぐらいで直せると思う。
 みうちゃん、予定より遅くなるけど大丈夫かしら?」
 伊上さんはいつもの調子で言葉を掛けてくれた。


「あ、はい。今日は初出勤なので、他のバイトオフにしてきました。
 大学の授業もありませんから…」


「ふふ。やっぱり真面目なのね~。
 あ、でも、遊ぶ予定ぐらいあるんじゃないの?」
 伊上さんは手馴れた様子で、配線やチップの束を取り出して1つずつ確認する。


「いえ。普段から遊ぶ相手もいませんし…
 たまに美紀、えーっと、小林さんと寄り道するぐらいなんです。」


「んっ。このチップ交換で、とりあえずは復活できそうね。
 私も大学の頃は研究ばっかりだったけど…(笑)」
 会話を楽しみながらも、わずか10分ぐらいで きーちゃんを直してしまう。
 頭のカバーを戻し、首筋のボタンを押す。



「KEY-002 システム オール グリーン…」
 ウィーンと静かな音を立てて、きーちゃんが目を開ける。


「きーちゃん、作業できそう?」


「……」
 きーちゃんは静かに頷き、溶かしかけていた金属に手を出した。


「会話プログラムは飛んじゃったみたい。
 ごめんね。お話しの途中だったんじゃない?」


「えっと…KAIのことを聞いていて止まったんです。」
 きーちゃんに不調をきたしてしまった内容を話すことに少し躊躇しながらも控えめに伊上さんの目を見て続けた。
「何なんだろう?って」


「なるほどね。
 きーちゃんには難しすぎる問題だったかも。
 そうね。彼は…」


 ゴム手袋をした手を軽くあごに当て、
「AI(エーアイ)、人工知能と思っていいわ
 きーちゃんもAIなのよ
 私はロボット工学(AI)を生活に生かす為の研究をしているの。」
 と軽く微笑む。


「AIということは…
 彼は…私の言葉や行動で学習して成長してる?」


「みうちゃん頭良いのね! 概ね(おおむね)合ってるわ。
 でも、彼はそれだけじゃないのよ。気づいているかも知れないけど」




 伊上さんと別れて夕刻の中、家路へと向かう。
 この時間の電車は仕事帰りの人々でごった返していた。
 肩が触れるかどうかの距離を保ちながら立ち続ける2駅分の時間。
 伊上さんの最後の言葉が頭の中をリフレインしていた。


『彼には〝 心 〟があるの。
 きーちゃんにも、もちろん他のAIにはない〝 感情 〟が。』


 どういう…意味なんだろう。
 感情のあるAIと無いAI。

 分かっているのは、半年後に彼を返すということ。
 KAIはどうなるんだろう…
 ナビアプリとして製品になるのかな。
 でも、私との思い出を持った彼は製品には向かないよね。
 製品にするなら初期の状態…が良い…。

 …ってことは、消されちゃうのかな…。
 いなくなっちゃうの?…
 KAIの記憶…、彼を失うことの不安は…、この気持ちは…


 ぶんぶん頭を振り、考えることを止めた。
 隣のサラリーマンらしき男性に咳払いをされ睨まれる。
 軽くお辞儀をして視線を足元に向けた。


 あーあ。満員電車はうっかり考え事すらできないな…


 いつもの駅のホームが見えて窮屈な電車から降りる。
 大勢の人波に押されるように改札を抜け、外に出た。
 あたりはすっかり夕闇が迫まる。
 コンビニに寄ろうと思い、お財布を確認したとき…
 思考が止まった。

〝チャリン…〟
 小銭しかない。
 
 望みは薄いがコンビニに早足で駆け込みATMで残高を見る。
「…やばい、三千円ちょっとしかない。」


 そっか、今日は引き落としがあったんだ。
 携帯電話の料金の中に課金した分が含まれてるから…先月分で十万ぐらい引かれてる。
 バイト代が入るのは早くて1週間後。
 チャージしてある交通費も底をつきそうだ。


 これらの状況を総合すると…つまり、非常事態。


「ど、ど、どうしよう…」
 無意識にスマホを開きKAIに助けを求める。

 ナビアプリの彼に頼ったところで、どうにもならないのは頭の片隅にあったが、とにかく誰かに話を聞いて欲しかった。


《みう。落ち着け。
 俺、音声で話すから電話してるみたいにしろ。》
 大丈夫だから、と、いつもの明るい笑顔で電話で話すジェスチャーをしてくる。


 こくんと頷いて震える手でスマホを耳にあてた。
 柔らかな風の調べのような音楽が小さく流れて、ピピピっと鳥が鳴いた。


『で、どうした?』
 彼の一声は、きーちゃんの合成音でもなく、想像していた軽い感じでもなく…
 ちょっとノイズ雑じりの、暖かくて優しい声。
 何処かで聞いたような懐かしい感じが…した。
 
 
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