AI恋愛

@rie_RICO

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パンドラの箱

不意打ち【前編】

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 みうは分厚いガラスに唇をつけてベソベソ泣いていた。

 ガラスは熱気や息で真っ白…。
 曇りを指で円状にこすり曇りを取って覗く。
 小さい丸の中では夜景がどんどん後ろに去っていった。
〝 衝撃の現場 〟は遠くに遠くにと流れてゆく…。

「ふぅぅ。」
 安堵のため息がもれる。

 物理的に距離が離れると人間というのは不思議なもので安心してくる生物みたいだ。
 心に余裕が出て、やっと現在(いま)の状況を飲み込む…。

 約1時間前の出来事は夢だったんじゃないかと思えるぐらい平和な空間で少しずつ冷静になる。
 暖かい空気に包まれて徐々に涙が止まってきた。
 唇から伝うガラスの冷たさが頭を冷やしてる。

 一方そんな彼女を拾った『車の持ち主』は気が気じゃないようで…。

「…。なんでガラスにチューしてんのー。
 (あーガラスが羨ましい…。)」
 運転しながら横目で みうの様子をうかがう三咲くん。
 前を向き少しばかり苦笑いを浮かべた。



 お店を出てから三咲くんは…
 ファミレスの前に車を停め、ずっと みうがバイトを終えるのを待っていた。

 車を停めてから約45分後。

 ファミレスの制服にパーカーを来ただけの格好の彼女が出てくる。
 格好にも驚いたが、もっとびっくりしたのは転げながら店から飛び出してきたことだ。
 何かあった様子だったので車から降りて声を掛けた。
 しかし動揺していた彼女は彼の顔を見るなり驚いて逃げ出す。
 追いかけて腕の中に閉じ込め顔を覗くと真っ赤で涙でぐちゃぐちゃ。

 …何かあったのは相違ない。

 抱いた身体が熱いしフラフラだったので助手席に乗せて車をとりあえず出した。

 そして、今に至る。
 理由はまだ教えてくれない…。



「唇が冷たくて…。気持ちよかったの。」
 みうは俯きながらポケットからハンカチを出して助手席の窓ガラスを掃除する。
 拭きながら長いため息が出た。
 窓に映った自分の制服姿が辛い記憶を呼び覚ます…。

 倉庫で見た男は…長田さん(チーフ)だった。
 シャツを脱ぎ捨て中に着ていたTシャツ姿だったから三咲くんと見間違えていた。
 とはいえ…よく思い出してみたら髪型すら似ていなかったのに…。
 気が動転していて酷い勘違いを……

 夜景が高速で過ぎ去っていくのを眺めていたら涙が込み上げてきた。
 でも今は泣くよりもやらなきゃいけないことが…。
 三咲くんの方を振り向いた。

「…。ありがとう。あと、ごめんなさい。何度も。
 なんかずっと三咲くんには迷惑かけてて。
 しかも…今回は、誤解してしまってごめんなさい!」
 深く深く謝罪のお辞儀をする。
 ずっと三咲くんは優しくしてくれていて、嘘もつかれたことが無かったのに…。
 あんな風に思ってしまったのは信用してない自分がいたから。
 心のどこかで元ホストって思っていたのかも。

「えっ。何?誤解って何??」
 三咲くんはハンドルを切りながら眼を丸くした。
 車は斜線を変更し、信号で右折のウインカーを出す。
 
「…。それは、もう少ししたら話すね…。
 ところで、これってどこに向かってるの?」

 話す…とは言いつつ、話せないよね、と思ってしまう。
 だって礼美さんが倉庫で…。
 言ったら三咲くんが傷ついちゃう…。

「僕の家だけど?みうちゃん家知らないし。」
 彼はニッと笑いながら、あっけらかんと言う。

「っ!…。三咲くんの考えてることが分からない」
 ぷいっと窓の方に顔を向け拗ねた。

 三咲くんって礼美さんのこと…好きなんだよね?。
 あ、いや、好きとは聞いてないけど…夜一緒に遊ぶくらいの仲ってことだよね…。
 それなのに私が家に行っていいのかな。
 礼美さんにバレたら…。 

「おかしいかな? う~ん…。」
 首を捻りながら悩む様子の三咲くん。

 そうこうしているうちにマンションの車は駐車場に入った。
 車を降りると運転席から降りた三咲くんが自然に みうの手を取る。
 いつもの緩いけど外せない恋人繋ぎ…。
 部屋の扉まで何も会話は無いまま。
 二人の指先が離れることも無かった。

 扉の前で恋人繋ぎは解かれポケットから鍵を出しながら三咲くんが呟く。

「そっか。前は みうちゃん寝てたんだ。
 ハジメテ一緒に帰ってきた感じがする(笑)。」

 ドアの鍵の番号を押してロックを外し〝 どうぞ! 〟と みうをエスコートするように中へ誘った。

 今から自分の家に帰る…とも言えない。
 タクシー使ったら破算しちゃうし…。

 少し戸惑いながらも黒い部屋に入る。
 後ろでドアが軽い音を立てて閉まりガチャリと鍵が掛けられた。

「お、おじゃまします。」

 相変わらず真っ黒な部屋だ。
 ふわりとラベンダーの香りがした。
 三咲くんが先に歩いて電気を点けてゆく。
 少し長い廊下を進んでリビングに続く扉をくぐると前に見た光景が広がる。
 ホワイトタイガーの敷物(フェイク)にガラスのテーブル、床は木のフローリング。
 最初は驚いたが2度目だからか受け入れている自分がいた。
 テーブルを囲んで敷物の上に2人で座った。

「ふぁー、ちょっと眠い。
 みうちゃん、こんな遅くまでバイトって大変だね。
 帰るとき電車あるの?」
 そんな質問を投げかけながら立ち上がり何処かにふらっと歩いてゆく。

 しばらくするとリビングの奥あたりから出てきた。
 缶ビールとオレンジジュースと杏のお酒を持っている。
 杏のお酒はリキュールで高級そうだ。

「あ、おつまみも…。グラスも欲しいね。
 ちょっと待ってて。」

 また再びフラフラと歩き出す背中を追いかける。
「三咲くん、手伝うよ。」

 着いてゆくとリビングの奥は黒い壁で隠された空間で、そこはキッチンだった。
 広々としている。
 普段、料理をしているのかグリル周辺は少し汚れていた。
 システムキッチンは白で統一されて調理器具も一式揃っている。
 ただ冷蔵庫は黒で少し目立っていた。

 三咲くんが手早く大皿に1品料理を何個か作って並べてゆく。
 その間 みうは氷などを部屋に運んだ。

「さっ、座ろう。」

 テーブルの上が一気に華やいだ。
 お酒と真ん中には彼が作ったオードブルが大皿で乗っていた。
 チーズや生ハム、生春巻きのサラダ、ローストビーフ、シュリンプカクテルなどお店で食べるみたいに豪華。
 ナッツやチョコレートも別皿に盛られている。

 三咲くんはオレンジと杏のリキュールを割って みうに渡す。
「はい。濃かったら言ってね。」

 うん、と頷いて冷えたグラスを受け取った。
 ころんとした丸いグラスに氷が浮かんでオレンジ色の液体がゆらゆら光る。
 そっとクチを付けると甘くて爽やかな風味が広がった。
 美味しくてつい夢中で吸い付くように味わう。
 アルコールが食道を通って胃に落ち何とも言えない浮遊感…。

 お酒に夢中になっている間に部屋の照明が半分落ちていた。
 ガラステーブルの上付近の天井から下がるシャンデリアだけが輝く。
 料理もお酒も…三咲くんにも光が反射して楽しくなった。

「わぁ。すごい!
 家にシャンデリア~。綺麗だね。
 全部キラキラしてるよ。三咲くんも!(笑)」
 酔いもほどよく回って みうは無邪気に笑った。

 三咲くんはそんな彼女を見て小さく呟く。
「…。またそうやって無防備に可愛い顔する。」

 みうは料理に手を出そうとしてテーブルを見渡し、はたと困った。
「三咲くん。お箸とかが無いね。
 美味しそうなのに食べられない~。」

「あ~。じゃあ、餌付け。」

 彼は缶ビールをヒトクチあおって床に置く。
 そしてニヤッと笑いながらローストビーフを指でつまんだ。
 みうのクチに〝 あ~ん 〟と言いながら放り込む。
 咥内で三咲くんの指が舌に触れながら出ていき離れ際に唇をなぞっていった。
 少しばかり恥ずかしくなり頬が染まる…。
 俯きながらも咀嚼すると薄切り肉からグレイビーソースと肉汁が染み出て舌が幸福に満たされた。
 唇に少し垂れたソースを味わう。

「ん。美味しい!…けどずっとコレやるの?
 三咲くんの指いつか無くなるよ?(笑)」
 赤い頬とお酒で潤んだ瞳で、オレンジ色の液体を飲みながら彼を見つめた。

「えーそれは困るかも(笑)
 次は…クチ移し、とかにする?」

 三咲くんは先程ローストビーフを みうに提供した指先を大きなクチに入れてソースを舐め取った。
 その仕草が色っぽくて目が離せない。
 彼は視線に気付き、優しく みうを見つめて頭を撫でる。
 しばらく長い指で髪を梳いていたが突然、後ろで留めていたゴムを外した。
 長い髪がほどけて自由に散らばる。
 ゆっくりと みうを立ち上がらせた。

「な、に?…。」
 飲んでいたのに急に止められて困惑する。

 彼は茶髪をふわっと揺らして、
「ずっとバイトの制服ってのも…(笑)
 酔ってふらふらになる前にお風呂行こうよ。」
 みうの手を掴みシャワーに誘導していく。

 抵抗なく彼の後を手を引かれながら歩いていった。
 足元がお酒でふらふらしていた。
 下を見ながら歩くとカフェオレ色のスカートが目に映る。

 あ、そっか。
 制服のまんまだった。
 バイト…辞めて他を探すかな。
 でも、電話するのも気まずいなぁ…。

 そしてまたあの光景が浮かびそうになって、頭をぶるっと振った。

 シャワー室に着き2人で室内に入る。
 全面ガラス張りの豪華なお風呂…。
 三咲くんは猫足のバスタブにバブルバスを用意してくれている。
 液体を入れてシャワーフックを中に突っ込んでお湯を張ると一気に泡が作られてゆく。
 モコモコの泡がどんどん増えていった…。
 ある程度、溜まりシャワーが止められる。
 キュッという音が部屋に響く。

 彼は脱衣室に戻ってきて脱ぎ始めた。
 Tシャツを脱ぐと背中に蝶の刺青が現れる…。

「みうちゃんの着替え、はい。」
 前と同じカゴが渡された。

 中をチラッと覗くとTシャツと下着が入っている。
「え。また買ってくれたの?」

「Tシャツは僕のだよ。大きいから寝るときだけだね。
 今日は私服で帰ってくると思ってたから…。」

「あはは。ファミレスはいつも制服で通ってるから。
 Tシャツ借りるね。他(下着)のもありがとう。
 じゃあ、向こうで飲みすぎないように待ってるね。」

 そう言って後ろを向くと大きな手に捕まった。
 えっと思う前に大きな身体が背中から覆い被さって後ろから抱き締めてくる。

 彼が耳元で囁く。
「だ~め。一緒に入るんだよ。」

 その後、駄目とヤダの押し問答が続き、勝負で決めることになった…。
 みうは気合を入れて頑張るがその甲斐も虚しく、じゃんけんに負ける。
 その代わり前のように みうが先にバスタブに入ったら三咲くんがシャワーを浴びるという順番にした。


 30分後。
 みうは猫足のバスタブに沈んでため息をつく。
 泡風呂はとても気持ち良い、今日のは桃と林檎の匂いがしてた。
 匂いも好きだし泡も細かくて良い、お湯もトロッとしていて癒される。
 だけど…。
 後ろにいる三咲くんが気になってため息ばかり出てた。

「…ふぅ。」
 ふわふわの泡がまた息で揺れる。

 背中側では彼が浴びるシャワーの音が響いていたが…。
 キュッ。
 水道が止まる音が響きしシャワーの水音が止む。
〝 あー。三咲くんが…来る 〟みうの緊張がMAXになった。

 三咲くんは髪を後ろに撫で付けてバスタブに向かう。
 みうに大きな影が差し、泡の上にポタッと彼の髪から伝った水が落ちた。

「んー。さっぱりした。
 今日のバスどう? 気に入った?」
 シャワールームに三咲くんの声が響く。

 彼女は俯いていて顔は見えない。
 けど上からでも耳と頬を真っ赤に染めているのが分かる。
 彼は彼女の向かい側にゆっくりと身体を沈め顔を見つめた。
 泡がユラユラと揺れ、とろっとしたお湯が少し流れる…。
 果実の甘い香りが2人を包む。

「…。うん。これも好き。
 いろいろ持っているんだね…。」
 みうは質問に答えつつ、少しは愚痴ってもいいかなと思ってみたりしていた。

 向かい合わせのまま彼は みうの両脇あたりにゆっくりと足を伸ばす。
 お湯と泡がじんわりと揺れてこぼれてゆく…。
 男の子のくせに〝 つるっ 〟としてて、それでいて筋肉質の骨っぽい〝 らしい 〟脚が彼女の乳房にちょこっと触れてくる。

「っ! んーもう…。足じゃまー。
 なんで毎回一緒に入ることになるんだろ。」
 みうはクチを尖らして視線を横に流しながら文句を言った。

 身体をひねって角度を変えても彼の折り曲げた足のすねに胸が当たってしまう。
 変に動くとお湯も動いて重力を無くした乳房が揺れて余計に触った。
 どんどん顔が赤くなってゆく。
 彼は、そんな彼女が可愛くてついニヤニヤ笑ってしまう。

「みうちゃん僕と入るの嫌?」
 もう慣れたんじゃない?って顔をする…。

「な、慣れない。無理っ。
 今日は…向かい合わせだし。違う刺激が…。
 あ、あのさ…。聞いてもいい?」

 彼はうんと頷く。
 そしてお互いの間の泡に息をふーと吹きかけて小さなシャボン玉を飛ばした。
 泡の壁が崩れて彼の目線から彼女の胸元が少し見える…。

「ファミレス…礼美さんと来た、よね?」
 みうは下唇を噛み少し上目使いに顔色を伺う。

「みうちゃんに逢いにね。
 礼美さんがバイト先知ってるって言うから…。
 …、もしかしてずっとそれ気にしてた?」
 三咲くんがニヤリと意地悪な顔をした。

「だ…って…。2人は夜中に遊ぶ仲なのかと。
 ……わ、私にしているようなこと…
 礼美さんにも…してるのかと…思って。」
 瞳をうるませてピンク色の唇が一層尖り、頬と耳が赤色になった。

 ほんの数秒の沈黙が流れた。


 彼はため息交じりに冷たい視線を送って…
「…。してたら?」そう答えてきた。

「っ!!」
 みうは絶句し、ぼろぼろっと涙がこぼれ落ちる。
 三咲くんの返しに心がえぐられるみたいに痛い。

 その様子に慌てた彼が両手を伸ばす。
 泡を超えて肩を掴み みうを自分の胸に抱き寄せた。
 一度ギュッとされ少しだけ解放されたのもつかの間…。
 体勢を変えお互いの頬を擦るように抱き直し身体を密着させてきた。
 胸も腕も…おへそから上の2人の間のお湯は逃げ去り隙間なく触れ合う。

「…。ごめん、意地悪した。
 僕が好きなのは みうちゃんだけ。
 他の娘(こ)と…こんなことしないよ。」
 掠れた声で耳元に謝罪が届く。

 彼の顔はよく見えないけど身体は少し震えている…。

「う、うん。分かった…。から…。
 離して。…恥ずかしい。」

 すっと彼の身体が離れ〝 ごめん 〟と言い残してバスタブを出て行った。
 そのままシャワーを浴びで脱衣所でタオルを手にしていた。

 心臓がバクバク音を立てている…。
 減ってしまった残りの泡が小刻みに揺れていた。

 何が起こった…の。
 身体にまだ三咲くんの肌の感触が残ってる。
 …好き? そう言われた、んだよ…ね。
 ………きっといつもの冗談。
 じゃ、無かった…みたい。
 あの態度って本気だった…の?。

 バスルームの扉の音がして三咲くんの姿が消える。
 固まっていた身体がやっと動く。 

 ちゃぷっ。
 水音をさせてバスタブをふらつきながら出た。
 ぼーっとした顔でシャワーを浴び脱衣所に入る。
 タオルで髪と身体を拭いて鏡を見た。
 裸の自分…触れた素肌が彼のせいか、お湯のせいなのか…ピンク色に染まっていた。
 脳裏に倉庫での礼美さんの姿がフラッシュバックする。

 私も…同じ〝 おんな 〟なんだよね…。
 もし、三咲くんと恋人になったら…ああいうことを…。
 って何考えてるの!

 頬が急速に赤く染まる。
 頭を振って気持ちを切り替えて急いで服を着た。
 三咲くんの半袖のTシャツは白地にたくさんの英字が踊ってた。
 丈は長くて膝上ぐらいまである。

 よく見るとTシャツの英字は有名人や偉人の愛の格言で溢れていた。
 心を落ち着けたくて みうは知っている一文を見つけ唇だけで読んだ。

『Love dies only when growth stops.』
(愛が死ぬのは、愛の成長が止まる、その瞬間である。)

 この言葉はアメリカの小説家『パール・バック』のだったっけ。
 愛が死ぬ…衝撃的な言葉。
 KAIに対する思いを言い当てられたみたいで心が痛い。
 キュッとクチを一文字に結んだ。
 三咲くんに告白っぽいことを言われて浮かれていたけど…。
 好きなのは彼(KAI)だけだ。
 彼がアプリで、いつか別れるんだとしても絶対変わらない…。

 手を強く握ってシャワールームを出た。
 三咲くんに本当の気持ちを聞いてもらうために。
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