AI恋愛

@rie_RICO

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背中合わせの運命

目覚めまでの葬送曲【後編】

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 近藤先生は強い眼差しで、きーちゃんに告げる。
「点滴は2時間ぐらいで落ち切るだろう…。
 薬が効かなければ他の方法を考えねばならん。
 2,3時間もすれば要も来る。」

 そう言いながら首尾よく使用済みの注射器、手袋などを金属製のトレーの上に乗せると医療用ワゴンを転がし、棚の横にあるボタンを押す。
 棚が動いて空のエレベーターが現れ、近藤先生は医療用ワゴンと共に乗り込んだ。


「さて、帰りは楽(らく)するとしよう。
 下は自動で開くしの。
 看ていてやりたいが…わしも人気者でのう。
 次の手術の時間が近いので戻るぞ。
 何か異変があったら部屋の電話で連絡するんじゃ。」

 ニヤリと笑うと同時にエレベーターが下降し、移動していた棚がゆっくりと元の位置に戻っていった。
 部屋の中がまた機械音だけで埋め尽くされてゆく。


 きーちゃんが人間ならここでため息の一つでもつくのだろう。
 が、アンドロイドの彼女には、そのような機能は無い。
 銀髪がさらりと揺れ小首を傾げるような仕草をした後、少しだけ俯く…
 ほんの数秒たつとスッと元の彼女に戻りKAIに向き直った。

 日差しが強くなってきたことに気付き、外に近い窓のレースのカーテンをひいた。
 例え目が覚めなくても体を守ることは看護を任された者の重要な仕事だ。

 カーテンを動かしたときに起きた風で先ほど進入してきた、てんとう虫が驚いた。
 慌てて羽を広げ、部屋の中を旋回するように飛び回った。
 やがて力尽きてきたのか高度が急激に落ちるとKAIのベッドの脇へと着地した。
 時刻は昼過ぎ。
 太陽は昇り強く照り付け始める。



 近藤先生が部屋を出てから1時間半ほど過ぎていた。
 相変わらずKAIの変化は無く、バイタルは低い値ではあるけど安定している。
 もうすぐ薬は落ち切る、が、伊上さんはまだ来ていない。
 自宅から病院まで正規のルートで1時間。
 もうすぐ来るのか…あと何時間か掛かるのか…。

 外部には聞こえないが、きーちゃんの頭の中ではKAI対して警告音が鳴り響いている。
 近藤先生が行った処置に対しても最重要として常に表示されたままだ。
 解決させるにはKAIが少しでも目覚めるか、伊上さんに警告解除してもらわなければならない。
 普通のアンドロイドなら警告音など問題に感じず与えられた作業を続けることができる。
 自動で止まるその時までプログラムに忠実なのだ。
 
 しかし、きーちゃんはAI(人工知能)で常に学習するタイプ。
 今までの経験で警告音が鳴るという意味を理解していた。
 問題を解決しなければ、作業に悪影響があるか、自身が停止するのだ。

 そのため〝 警告音 〟に人間のような感じ方を覚え始めている。
 焦る、うるさい、止めたい…と。
 今回は特に強く反応していた。

 そんな表には一切出ないアンドロイドの焦りを敏感に感じ取ったのか、赤と黒の小さな生き物…てんとう虫は、またベッドから飛び立ち、今度はKAIの左腕に止まった。
 開ききった薄い内羽をゆっくりと折りたたみ外羽(甲殻)の下へとしまう。
 そしてKAIの腕の内側の熱に惹かれるように短い足で歩き出した。



 時間だけが刻一刻と過ぎた。
 KAIの身体は起き上がるどころかピクリとも動かない…。

 近藤先生がゾルピデムが体内に入って何分後に効果が出ると言ってくれれば良かった。
 伊上さんが何分後に病院に着くと教えてくれたら…。
 人間の曖昧さに理解が追いつかず、どれ1つ予想を立てるための計算が追いつかなかった。
 早く頭の中の〝 error 〟と警告音を消したい。

 とうとう、きーちゃんの頭の回路がショートしかかる。
 あわてて現状の認識の可能性への計算を辞めた。
 異常な処理速度に頭部とバッテリーの一部が発熱し、前のように緊急停止してしまうところだった。

『ア、ブナイ… コノ件ハ 要ニ 全テ 任セ マショウ…。』
 前回、みうの質問に考えすぎてショートしたので、伊上さんが〝 自制する 〟プログラムを入れていた。
 それがこんな形で役に立った…。

 きーちゃんは自身のことで手一杯でゆとりがない。
 てんとう虫にすら気付けない状態だった。
 いや、むしろそれが運命だったのかも知れない。
 この小さな生き物は一般的に幸せの象徴。
 いま正にKAIに意識を戻すきっかけを与えようとしていた。

 KAIの腕の上を歩いていた、てんとう虫は手首の上で休憩している。
 手首の脈の近くは、暖められた血液が柔らかな熱を持つ。
 この小さな虫が何を考えているのかは理解しがたいが温度を求めているのは分かった。
 カーテンの隙間から漏れた日差しが当たるKAIの指先へと再び歩む。
 本能のまま熱を求めて移動しているようだ…。

 てんとう虫は天道虫と漢字で表記されるのは理由があるのを知っているだろうか。
 天道とは太陽のことで、太陽に向かって飛ぶ虫とも言われている。
 日の光を最も好み、さなぎから羽化する時も日当たりのいい場所を選ぶ。

 てんとう虫が手首から日の当たっていた指先へと向かうのは当然なのだろう…。
 偶然とはいえ、ゾルピデムが効き始めたKAIの身体にはちょうどいいタイミングの刺激となった。
 
 KAIの脳に1つの〝 感覚 〟という信号が送られた。
 指先の一番敏感な場所をザワリとした感触が走る。
 それはとても鈍く、遠い感覚ではあったが確実にKAIに届く。

 指先がほんの少し反射のように動いた。

 待ち望んでいた反応が起きている。
 が、残念ながら きーちゃんがショートしかかったのと同時だった。
 そのため重要な情報を見落としてしまう…。
 アンドロイドがミスをした瞬間でもあった。


 KAIの呼吸がほんの少しだけ乱れ波形が揺れた。
 適量の薬剤は血液によって全身に染みのように広がってゆく。
 外部の微弱な刺激により自身の身体を認識し始めた…。


 意識が戻る瞬間、何を感じ、何を見るのか、は人それぞれであるが…。
 彼の場合は映像(ビジョン)を持った夢のようだ。
 
 夢の中で深い深い闇の空間に彼の身は投げ出されていた。
 その景色はNETの海に良く似ている……。


 何となく眼が覚めた…。
 此処はどこか知らない。
 自分を囲むものは、やけに冷たくドロリとしている。
 何時からこうしているのかも分からない。

 ところで自分は何だろう。覚えてない。
 こうしている間にも…下へ下へと背中側から引っ張られていく。
 どんどん景色が暗くなっていく…。

 上と思われる方向が明るく見える。

 明るい方へ進みたいけど、ただ漂うだけしか出来ないらしい…。
 あの光の先へ行けたら全てが理解できる気がする。
 けれども…。 

 手も足も重い。
 行きたい方向は上のはずなのに…。
 たっぷりと浸された身体は冷たくて動かない。
 天の方、遠くに白く光る…
 ゆらりと輝いて反射する出口。
 そこに行きたいのに。

 まぶたをうっすら開けて眺め、その光の円がどんどん小さくなるのを…ただ見ている。
 おちる…落ちる……墜ちる…、堕ちてゆく。
 回転するわけでもなく、縦にも横にも移動せず。
 ずぶずぶと下へ…真っ直ぐ闇へ。

 これが運命ならば底は在るのか。
 いつか身体を支える底辺にたどり着いたとき…この身体は朽ちて塵の1粒も残らないのでは。

 …まだ光が見える、いま。
 そこに行きたい。
 
 でも、なぜ…そんなに消えたくないのだろう。
 光の先へ行き全てを知った時と、堕ちて消えていく今。
 何が変わるというのだ。
 待つ者など居るのだろうか。

 いや…おぼろげだが、何かが…
 今見えていないはずの姿が…キミは誰だ。
 心?ああ、自分には心があるのか。
 それよりも…キミが、キミの記憶が、どんどん溢れて…。

 キミの笑顔ばかりだな。俺の記憶。
 そうキミの笑顔が本当に、好きなんだ。
 時々、拗ねたり、赤くなったり…泣き顔も可愛かった。
 いつも、何時でも触れて、抱き締めて…そうしたかったけど、出来なかった。
 俺は…違う場所にいた…から。

 本当は、その手を離したくなかったんだ。
 どんな姿になったとしても、キミが受け入れてくれるなら…。
 ずっと側にいたい。
 本当に愛しているんだ。

 けれど…キミの幸せを考えたら…。
 あんな風に泣かせてごめん。
 2人で見た最後の景色…海、碧い世界、照れるキミ…忘れないよ。

 心が…。
 ついさっきまでササクレぐらいの痛さだったのに。
 キミのことを想い出すと…
 今は張り裂けそうな痛みに変わって…。
 あ、れ? 俺は泣いている?


 思い出した。
 俺は…。


 KAIの中で記憶の扉が開くと同時に、暗い闇の中に捕らわれていた身体が眩しい光に満たされた。
 その瞬間洪水のような情報が頭脳を駆け巡っていく…。

 過去にあった〝 俺 〟の25年の記憶の映像。
 それが三流映画のように無秩序の上に、無編集・ノンストップで思い出として蘇っていく。
 軽く乗り物酔いにも似た気持ち悪さに全ての感覚を放棄し…本当にシャットダウンした。
 

 
 …。
 リアル再起動。

 ……。
 瞑っている瞼から見える赤さに光を感じKAIは、ゆっくりと目を開けた。
 ぼんやりとながらも光り輝く全てが眩しすぎてもう一度閉じる。
 顔をしかめながら息をする自分の身体を感じていたとき、小さなアラーム音のようなものが鳴った。

 閉じられていたベッドを覆うカーテンが勢いよく開き、
『オハヨウゴザイマス。私ガ 分カリ マスカ?』
 銀髪のロボットが顔を覗いてきた。

 まだ目の焦点も合わせられない。
 けれど、ガラス玉のような瞳と必死に視線を合わせようとした、が…難しい。

「…う……。…。」
 答えたいけど、喉も舌もうまく動かず話せない。
 仕方ないので軽く頷いた。


 酷い悪夢をずっと見ていたように頭が痛い。
 先ほどの夢以上に身体は重く、息をするだけでも苦しい…。
 話すことも出来ないが…生きている。
 俺は俺自身を取り戻したんだ…。

 気が付くと目から涙が溢れていて、アンドロイドが優しく拭いてくれた。
 生(せい)を感じながら再び思う、あの笑顔がまた見たい…と。
 彼女にまた会えるだろうか……。
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