あなたの傍に置いて下さい ~医者と奴隷~

如月あこ

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その後の話

前編

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 ふあ、とアイナは大きくあくびをした。凝った肩を動かしながら、先ほど終えた仕事の片づけをし、夕食を食べて身体を拭き、ベッドに入る。
 久しぶりの一人暮らしは、どうもつまらない。以前は当たりまえだった日常が非日常になりつつある危機感と心地よさに、苦笑をした。
 今朝がた、セディルと別れた。
 お互いに悔しくて悲しくて、抱きしめ合ったり、キスをしたり、名残惜しい時間を過ごした。昨夜は、長い時間をかけてお互いに愛し合い、掛け替えのない時間を得たのだ。
 夢中になってお互いを感じ合い、セディルに繰り返し熱い言葉をささやかれたことは、今尚、肌やこころを焦がすぬくもりとともに、アイナの身体に刻まれている。

「……なんだか、恥ずかしくなってきた」

 昨夜から今朝がたのことを思い出して、アイナはベットにもぐりこんだ。
 セディルは、二日後に帰ってくる。泊まりの仕事なのだ。永遠の別れのように、悲しみに盛り上がった自分を忘れてしまいたい。
 今頃、セディルは何を考えているのだろう。仕事をしているのか、もう眠っているのか。
 そんなことを考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
 ふいに、意識が覚醒する。どれだけの時間眠っていたかはわからないが、体の疲れが取れているようだから、本来の「眠る」目的は達成されたのだろう。
 ドンドン、というドアを叩く音が聞こえて、アイナは自分の意識が浮上した理由を察する。
 急患だろう。
 上着を羽織り、足早へ玄関へ向かう。ドアをひらくとレックスが立っていた。一気に気が抜ける。

「……寝てるんだけど」
「おう。俺もそう言ったんだけど、あいつがなぁ」
「あいつ?」
「ま、俺もアイナに会いたかったし? いい口実になったっつーか」
「用がないんでしょ、おやすみ」

 レックスが何を言いたいのかわからないが、睡眠を貪る続きをしたい。今はゆったりと話す時間でもない。閉めようとしたドアの間に、レックスが足を挟んだ。

「待てって」
「夜這いなら間に合ってるわ」
「間に合ってるってなんだよ。つか、俺って結構いい男だろ?」
「……で、なによ?」

 超がつく面倒くさがりであるレックスが、ここまで粘るということは、何か事情があるのだろう。そう察して、話だけでも聞いてやろうと、腕を組んでレックスを見やる。
 レックスは、ほっとしたように微笑んだ。どうやら緊急時ではないらしい。深夜にここへ訪ねてくる患者たちとは、表情が違う。
 だが。

「おー、実はさ。うちで預かってるショーンが一昨日から寝込んでるんだよ。見てやってくんね?」
「……一昨日から?」

 アイナは目を眇めた。
 今、子どもにだけ罹る××病が流行っている。発熱から始まり、全身に発疹ができるのだが、早めに薬物治療をしないと死に至ることがあった。かつては致死率八割といわれた病気でもあるが、現代では治療可能なものだ。
 それでも、流行している現在、治療を受けることができない貧民層を中心に、領主から緊急の注意喚起があった。

「身体に発疹は?」
「さぁ」
「熱はいつから?」
「知らね」

 思わずレックスを睨みつけると、レックスは肩をすくめた。

「知らねぇよ。フェダから預かっただけなんだ」
「預かったって……待って、すぐに準備するから」

 アイナは急いで往診の準備をすると、レックスの家へ向かう。治療道具が壊れないように走りながら、レックスへ問うた。すでに夜の帳が降りた外は星々の明かりでのみ明るくなっており、人々が寝静まっていることを知る。

「で、なんでショーンがレックスの家にいるの?」

 ショーンは、ミナルの息子だったはずだ。

「あ、明日からキノコ狩りに行くから……じゃないわよね」
「明日なのか? いいなぁ、マツタケ採れたら俺にもくれよ」
「わかったわ、って、そうじゃなくて!」

 きつくレックスを睨む。
 明日の朝、ミナルと合流して、一泊でキノコ狩りに行く予定だった。ちょっとした旅行のつもりであり、その時期に合わせてセディルも休みを取ってくれたのだが。
 ミナルがショーンを預けたのは、キノコ狩りと関係がある――とも、思えないのは、アイナ自身違和感を覚えているからだ。ミナルとショーンの関係に。
 これまで、アイナは何度かミナルの家へ行ったが、ショーンに会ったことはない。育ち盛りの男の子だから、遊びに行っているのかとも思っていたが、そういうわけではなさそうだ。
 見え隠れしている複雑な家庭環境まで、アイナはまだ踏み込めていない。踏み込み方も、踏み込んでいいのかもわからない。
 レックスは肩をすくめて、面倒くさそうに告げる。

「なんで、って言われてもなぁ。フェダに、預かってくれって言われたから、うちで預かってんだよ。掃除とかやってるみたいだぜ」
「雇ってるってこと? それって違法――」
「ちげぇって。働かせてるわけじゃねぇよ」

 アイナは口をひらいて、閉じた。ここで子どもの命について、や、子どもの人権などについてを延々を語るには、時間が勿体ない。そもそも、レックスとは友人だが、お互いの育ちや価値観も大きく違うだろう。
 アイナは、今知るべきことを優先する。

「私のところにきた、ってことは、悪化したってことね?」
「わかんね」
「レックス!!!」

 怒鳴ると、レックスは大きな身体をすくめて、唇を尖らせた。不満そうな表情には、せっかく呼びにきてやったのに、といった言葉が貼り付けてある。

「怒んなよ。あいつが、医者を呼べっていうから来たんだ。あいつがショーンが倒れてることに気づいてさ」
「さっきも言ってたけど、あいつって?」
「従兄弟。夕方頃に、この町に遊びに来たんだ。坊ちゃんでさ、王都に住んでやがんの。んで、あちこち飲み歩いて……さっき、俺んち帰った」

 アイナは怒りをぐっと抑えて、一つずつ確かめることにした。

「フェダさんじゃない従兄弟、ってことよね」
「おう。フィダは母方。今日来た奴は、父方」
「……あんたね、ショーンが具合悪いのに飲み歩いてたの?」

 レックスはまた、肩をすくめてみせた。やっちゃった、といったふざけた様子よりも、やはり「悪気がない」ような態度だ。具合の悪い子どもを放置しておくなんて、何を考えているのか。
 アイナは鼻息荒くレックスの自宅につくと、家主であるレックスに場所を聞きながら真っ直ぐにショーンの元へ向かった。
 ショーンが横たわっていたのは、居間にある絨毯だった。すぐ横にふかふかのソファがあるにも関わらず、絨毯で横たわっている姿を見てぎょっとが、それについてレックスを責めるより早く、ショーンの傍へしゃがみ込む。
 意識は――ほぼない。高熱があるのに身体が小さく震えているところみると、まだ熱はあがるだろう。だが、発疹はない。外傷も。
 例の、子どもの間で流行っている病ではないのか。それとも、新型だろうか。あらゆる知識を総動員して、可能性を潰していくが、意識がないことで焦りが募る。ショーンがどのような経緯を経て、現状となったのか誰からも説明を受けることができないことが痛い。熱以外の症状が、目視と触察でしかわからないのだ。

「……これって、もしかして」

 診療鞄に手を伸ばした瞬間、頭部に違和感を覚えた。
 刹那、意図せずに天井を見上げてしまったアイナは、何かに引っ張られるように意識が遠のくのを感じた。




 二日ぶりに帰宅したセディルは、温かく出迎えてくれるだろうアイナになんと言葉をかけるべきかと、そわそわしていた気分が、沈んでいくのを感じた。
 出迎えのないアイナに落ち込みながら、我が家の居間へと向かう。

「アイナ?」

 出かけているのだろうか、家じゅうを探してもアイナの姿はない。診療鞄がなくなっているので、往診へ行っているのだろう。セディルは、仕事熱心なアイナを誇らしく思いながらも、すぐに会えないことを悔しく思った。いや、悔しいとは違う。これは、寂しいという感情だ。
 アイナに出会ってから様々な感情を知ったと改めて考えると、いてもたってもいられなくなり、迎えにいこうと一歩踏み出した。アイナがどこにいるのかもわからないのに行動しようとするセディルだが、自分の愚かさに気づく前に、視界の端にあったキッチンに視線がいく。

「……?」

 鍋の蓋をあけたままの、料理がある。
 たしか、煮汁を染み込ませる必要がある魚料理だとアイナから聞いたことがある。寝る前に仕込んで翌日に調理をすると言っていたが、鍋の煮汁は蒸発しており、杓で触れるとねっとりと糸をひく。かなりの時間放置しているようだ。
 その意味を理解した途端、愕然とした。
 往診に向かった先で、急患に付きっ切りなのかもしれない。アイナは他者のために、己を顧みず行動することがある。こういうときこそ、セディルはアイナの傍にいたいというのに、何をしているのだろう。
 セディルは家を出ると、一目散にミナルのところへ向かった。
 日が暮れたばかりの時間だったためか、エプロン姿のミナルが出迎えた。ミナルはセディルを見るなり、ぱっと笑顔になる。以前、きつい言葉を彼女から投げかけられたせいか、顔を合わせても会話をすることはほぼなかった。ミナルもセディルを敬遠しているところがあるようだったが、今日は無防備な――アイナが「好きだわぁ」と言っていた笑みを、浮かべている。

「アイナが、回復したのね!」

 ミナルの第一声に、セディルは眉をひそめた。

「今ね、ちょうど卵粥ができたの。アイナに食べてもらいたいんだけど……いいかしら?」
「アイナは体調不良なのか」
「え?」

 ミナルは、ぱちぱちと長い睫毛を強調するように瞬きをした。

「アイナが、風邪をひいたって」
「風邪?」
「え? え、あの、だから、あなたが急遽仕事を休んで看病することになったって。キノコ狩りも行けなくなって、それで……お見舞いに行きたかったけど、風邪がうつっちゃ駄目だから、私も会いに行かないようにって……」

 セディルには全く身に覚えのないことだ。
 ぞくりと背筋に冷たいものを感じた。これまでに感じたことのない、恐ろしい何かが全身に広がっていくのを感じて、咄嗟に自らの胸を抑える。

「俺が、アイナを?」

 ミナルの表情が、強張っていく。まるで、セディルの不安を現わすかのように。

「……ええ。レックスが、そう伝えにきた、の、よ」


 警鐘が鳴る。
 うるさいほどに。

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