悪 ―愚かな女王―

如月あこ

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序章

全てのはじまり

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 セフィリアが「女」を殺したのは、七歳のころだった。

 恐怖に引きつる「女」の顔は美しく、セフィリアは生まれて初めて他者の優位に立った。凶器に短剣を選んだのは、母の形見だからだ。

「女」はセフィリアの母を殺した。気位の高い「女」は、夫に愛人がいることが許せなかったのだろう。あえて愛人の娘であるセフィリアを生かしたのは、死よりも苦しめるためだと言っていた。

 目の前で血を流し、力なく痙攣する「女」を見つめて、落胆する。

 母も、そしてこの「女」も、セフィリアを血走った目で睨んでは罵倒していた。死んだように生きていた母も、セフィリアを睨むときだけは生気に満ちていた。

 もしかしたら、「女」が死ぬとき、またセフィリアへ血走った目を向けるのではないかと期待したけれど、ただ恐怖におびえたまま死んでいくつもりらしい。

 最近ずっと、「女」はセフィリアを虐めるのを辞めた。存在自体無いように振る舞い、ただの侍女として傍に置き、成長して自我が芽生えた息子のリュンヴェルばかり構っていた。

 やがて、「女」は動かなくなった。

 おかしい。

 ついさっき、殺している最中は心地よかった。初めて他者より優位に立てたとき、これまでに感じたことのない高揚感を覚えたのだ。けれど、セフィリアが欲しているものはこれではない――気がする。

 似ているけれど、セフィリアが欲しいのはもっと別のもの。

 けれど、それが何かわからない。ただ漠然と、これではない、と思う。

「女」の亡骸を見つめて、セフィリアはふと閃いた。

 もっと優位に立てば、自分が欲しているものが何かわかるかもしれない。この「女」だけでなく、多くの者を見下し従え自由にできる立場になれば、きっと。

「そうだ、国のてっぺんに立とう」

 ふいに呟いた考えに、独りで頷く。

 ただ日々を過ごしているだけだったセフィリアに、生まれて初めて目標が出来た。自然と笑みがこぼれて、虫が這っているときのように、胸がむずむずとこそばゆくなる。不思議な感覚だった。母や「女」から血走った目で睨まれたときと、少し似ている。





 そして、月日が流れてセフィリアは三十歳になる――。

 不慮の事故で夫を二度失ったセフィリアは、側室で唯一男児を生んだ立場であることを理由に、四歳だった息子王子の後見になった。

 後見として国政に携わったセフィリアは、平民でありながらも豊富な知識を貴族らに見せつけて味方を着実に増やし、身分問わず誰にでも優しく接した心の広さと慈悲で国民からの支持を得て――ついに、初の王家の血をひかない王として、女王の地位に君臨する。





 これは。

 人々を騙し続けて王座を得た、愚かな娘の最後の物語。



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