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【17】一人
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夫婦の寝室、そのソファに座ってステュアートが遠征に出掛けるための準備をしながら、アリアドネは気分が落ち込むのを感じていた。
明日の早朝、ステュアートは遠征に出掛けてしまう。
(この気持ち、何かしら……)
心配だから、というのは勿論ある。
だが、他にも理由があるような気がするのだ。
「アリアドネさん?」
ステュアートがドアのところに立っていた。
不安を押し隠すように、アリアドネは笑顔を作る。
「あ、準備ができました。確認して頂けますか?」
準備といっても、遠征に必要なものはフューリア教本部がすべて用意するため、アリアドネが揃えたのは彼自身の鞄に入れる程度のものだ。
主に身だしなみに関する細々としたもので、予めステュアートから聞いていた品を揃えたに過ぎない。
「ええ、ありがとうございます。……私が遠征に行く間、寂しいかもしれませんが、ブッチたちもいるので安心してください」
「わかりました」
答えながら、すとんと納得した。
この気持ちは「寂しい」だ。
フューリア教本部にきてステュアートと暮らし始めてから、ブッチとディーソル、ノーラがいつも傍にいてくれた。
アランも仕事終わりに様子を見に来てくれる。
これまでのアリアドネの生活を振り返ると、これほど多くの人に囲まれた生活は孤児院時代以来だ。
毎日がとても楽しい。
だがその「楽しい」は、ステュアートが生活の中心にいるからだとアリアドネは理解していた。
「……わかりました、けど」
「はい?」
アリアドネは、荷物を確認していたステュアートの隣にそっと身を寄せる。
「アリアドネさん?」
「わかっていても、でも、寂しいです」
ステュアートが目を見張る。
「だから、無事に帰ってきて下さいね」
「ええ。それは勿論……」
何かを考える素振りを見せたステュアートが、ふむ、と一人で頷く。
ソファに座り直すと、彼はアリアドネをひょいと抱き上げて自らの膝に座らせた。
「じつは、今回の遠征には違和感を感じてるんです」
「昨日おっしゃっていたことですね」
「ええ」
「その……理由は、聞いても大丈夫ですか?」
ステュアートはくすりと笑って頷いた。
「今回の遠征理由なのですが、悪魔が出たそうです」
ヒュッ、とアリアドネの喉が鳴る。
フューリア教は人に仇成す異形を、悪と見なす。
それは『悪魔』『魔物』といった種族単位で決定されるわけではない――というのが、基本だ。
だが、知能が高く異能を持つ悪魔は、これまで例外なく人の敵だった。
それというのも、彼らの欲求が人を堕とすことを望むからだ。
よく例えとして使われるのが、狩りだ。
悪魔は人を堕落させるためにあらゆる武器を使うし、下調べもする。
たった一人の人間を堕とすためには苦労を厭わない――それが、悪魔だ。
だからこそ手強く、人では到底太刀打ちできないとされていた。
アリアドネは青くなる。
(ステュアート様が、危険なんじゃ……!)
アリアドネの様子に気付いたステュアートが、微笑みながらアリアドネの額にキスをした。
「遠征はいつも唐突です。しかし――」
ステュアートがいうには遠征はいつも唐突だが、それはあくまで遠征の決定を下されることが唐突、という意味だ。
当然それまでに前触れなり事前報告なり、現場の状況について連絡が入っている。
だが今回は、悪魔が出たという話そのものが降って湧いたように出たという。
報告が大袈裟に改竄されている可能性を考えたが、現場からの緊急連絡はとても詳細で、嘘とは思えない内容だった。
すでに被害者も出ているというので、ステュアートの遠征が決定したのだ。
「報告書通りのことが起きているとしたら、なぜ今まで情報が入ってこなかったのか……これは、上層部でも問題点としてあがっていました」
「誰かが意図的に隠していた、ということですか?」
「そういった前例もございます。以前、神の使徒を名乗る宗教団体に悪魔が現れたことがあったのですが……」
ステュアートは苦い顔をしながら、当時のことを語った。
宗教団体は事態の隠蔽を図ったようで、フューリア教に救助要請が来た際にはすでに甚大な被害が出ていたという。
近くの村に悪魔は身をひそめ、村人の誰が悪魔かわからない状態となっていた。そんななか、毎夜誰かが死体となって発見される――。
ステュアートが駆けつけた際には、村人たちは疑心暗鬼に陥っていた。
「村人に、悪魔が紛れ込んでたんですか!?」
「正しくは、悪魔と契約した者が、ですね。強い悪魔と契約すれば、それだけ人間離れした異能が使えますから。もっとも、代償に命そのものを奪われてしまいますけれど」
「ステュアート様は、村からどうやって悪魔と契約した者を見つけたんですか……?」
「悪魔が苦手とする印がありまして。こういった、六芒星にマークをつけたものです」
ステュアートは空中に指でマークを書いてみせた。
「……この聖なる印を、村人全員の身体に刻みました。焼きごてで」
(聖なる……焼きごて……)
なんでも聖なるをつければよいというものではない、と思ったがアリアドネは言わなかった。
「そういうわけで、誰にも知られずに事態が悪化した事例がないわけではないのです。なので、今回の遠征も行くことになったのですが……やはり、違和感が拭えません」
「そうでしたか。悪魔、って強いんですよね。ステュアート様は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思いますよ。私に何かあっても、あなたのことはベリザード大神官に頼んでありますし心配は――」
「私じゃなくて、ステュアート様が心配なんです」
つい言葉を遮って、語気を強くしてしまった。
慌てて謝罪するアリアドネを、ステュアートが強く抱きしめる。
「……ステュアート様?」
「あなたはよく私を心配して下さりますね」
あ、とアリアドネは気付いた。
ステュアートはフューリア教でもっとも力のある大神官だ。
そのため、彼のもとに回されるのは常に最重要であり凶悪ともいえる案件ばかりなのである。
最前線で戦うステュアートは、当然のように憧れて頼られる存在となっていた。
――もしかしたら、彼自身を心配する声は、アリアドネが思うより少ないのかもしれない。
「もし、私の違和感が当たっていた場合。誰が何のために、私を遠征に行かせたのか理由がわかりません。私を罠にはめるつもりならば受けて立ちますが、別に目的があった場合が厄介です」
「別、ってなんですか?」
「例えば、私をフューリア教本部から離したい、といったものでしょうか」
そっとステュアートの表情を伺うと、彼は真剣な表情で空中を睨んでいた。
(思い当たることがあるのかしら)
ステュアートはすぐに笑顔でアリアドネを見た。
「まぁ、大丈夫です。私が不在の間、ベリザードがここで寝泊まりしてくれるそうですし」
「……え。ええっ!? あの、初耳なんですが。ベリザード様って、大神官様、なんですよね。昨日おっしゃってた……」
「そうですね。ああ、準備は不要です。寝袋持参するよう言っておきました」
「そっ、そうですか」
ステュアートが出掛けたらすぐに空き部屋を整えようと決めた。
大神官を迎えるのだから、このあとアリアドネはノーラと走り回らなければならなくなるだろう。
ふいに、ステュアートが頬を寄せてきた。
ぐりぐりとアリアドネの頬に彼の頬が押しつけられる。
ふわふわと暖かな気持ちになって、アリアドネは胸が切なく疼くのを感じた。
もっと触れたい、などと考えてしまう。
「すぐに戻りますから」
「はい……待っています」
アリアドネは、そっとステュアートを抱きしめた。
◇◇
翌朝、早朝。
ステュアートが出発した。
少しでも力になりたいと思ったアリアドネは、ステュアートにドーナツ型の座布団を贈った。
これで遠征の道のりが、ほんの僅かでも楽になってくれればいいと思いながら。
その日の午後。
フューリア教本部からほど近い街で、魔物が出現したという。神官が討伐に向かったが、今度はまた別の村で魔物が出現した。
結果、力のある神官が駆り出され、その護衛につく騎士神官が不足する事態になった。
騎士神官は元々数が少ないようで、急遽、元騎士神官であったディーソルが、一時的に派遣の神官の護衛へつくことになった。
さらに数時間後、今度はブッチまで駆り出されてしまった。
べリザードが使う部屋を整え終えたアリアドネは、一緒にティータイム休憩をしているノーラに言う。
「こんなふうに連続して魔物が出現することって、あるのかしら。魔物についてよく知らないのだけど」
ノーラは首を傾げた。
「どうでしょう。魔物には群れで移動する物もいますので、村のあちこちに同時に出現した……なんてことは聞きますけど。複数の街でほぼ同時刻に魔物が出現するなんて、初めて聞きました」
ふいに、ノッカーが鳴った。
来客である。
ノーラがすぐに対応に向かい、戻ってきた彼女は一通の手紙を持っていた。
「それはなに?」
「わたくし宛てのようです。こちらで泊まり込みで働くようになったので、手紙関係はすべて転送してもらっているのです。……しかしこれは……」
ノーラの元に届いたのは、緊急を知らせる手紙だった。
彼女は、赤い文字で緊急と大きく書かれた手紙を懐に押し込んだ。
「急ぎの手紙でしょう、すぐに見たほうがいいんじゃない?」
「ですが、勤務中ですので」
「気になってるくせに」
ふふ、と笑うと、ノーラは苦笑した。
「では、お言葉に甘えて……」
戸惑いながらも手紙に目を通したノーラは、途端に驚愕に目を見張った。
「どうしたの?」
「……わたくしがお世話になった恩師が、事故で危篤状態だと……」
アリアドネは驚きで口元を抑えた。
ノーラは顔色をなくしている。
落ち着くよう言ってから、アリアドネはすぐにノーラを恩師のもとに向かわせた。ノーラは何度も謝罪しながら、最低限の荷物だけを持って出掛けていく。
慌ただしく見送ってから、ふと気付いた。
辺りが、しん、としている。
つい今朝まで和気藹々とした雰囲気があったはずなのに、いつの間にか屋敷に一人になっていたのだ。
「……仕方が無いわよね。早くて一週間で、ステュアート様が戻ってきてくださるもの」
アリアドネは自分に言い聞かせる。
フューリア教本部にきて、もう一カ月なのだ。
皆が仕事や緊急時なのだから、心細い、などと言っていられない。
よし、と軽く頬を叩いて気合いをいれた。
明日の早朝、ステュアートは遠征に出掛けてしまう。
(この気持ち、何かしら……)
心配だから、というのは勿論ある。
だが、他にも理由があるような気がするのだ。
「アリアドネさん?」
ステュアートがドアのところに立っていた。
不安を押し隠すように、アリアドネは笑顔を作る。
「あ、準備ができました。確認して頂けますか?」
準備といっても、遠征に必要なものはフューリア教本部がすべて用意するため、アリアドネが揃えたのは彼自身の鞄に入れる程度のものだ。
主に身だしなみに関する細々としたもので、予めステュアートから聞いていた品を揃えたに過ぎない。
「ええ、ありがとうございます。……私が遠征に行く間、寂しいかもしれませんが、ブッチたちもいるので安心してください」
「わかりました」
答えながら、すとんと納得した。
この気持ちは「寂しい」だ。
フューリア教本部にきてステュアートと暮らし始めてから、ブッチとディーソル、ノーラがいつも傍にいてくれた。
アランも仕事終わりに様子を見に来てくれる。
これまでのアリアドネの生活を振り返ると、これほど多くの人に囲まれた生活は孤児院時代以来だ。
毎日がとても楽しい。
だがその「楽しい」は、ステュアートが生活の中心にいるからだとアリアドネは理解していた。
「……わかりました、けど」
「はい?」
アリアドネは、荷物を確認していたステュアートの隣にそっと身を寄せる。
「アリアドネさん?」
「わかっていても、でも、寂しいです」
ステュアートが目を見張る。
「だから、無事に帰ってきて下さいね」
「ええ。それは勿論……」
何かを考える素振りを見せたステュアートが、ふむ、と一人で頷く。
ソファに座り直すと、彼はアリアドネをひょいと抱き上げて自らの膝に座らせた。
「じつは、今回の遠征には違和感を感じてるんです」
「昨日おっしゃっていたことですね」
「ええ」
「その……理由は、聞いても大丈夫ですか?」
ステュアートはくすりと笑って頷いた。
「今回の遠征理由なのですが、悪魔が出たそうです」
ヒュッ、とアリアドネの喉が鳴る。
フューリア教は人に仇成す異形を、悪と見なす。
それは『悪魔』『魔物』といった種族単位で決定されるわけではない――というのが、基本だ。
だが、知能が高く異能を持つ悪魔は、これまで例外なく人の敵だった。
それというのも、彼らの欲求が人を堕とすことを望むからだ。
よく例えとして使われるのが、狩りだ。
悪魔は人を堕落させるためにあらゆる武器を使うし、下調べもする。
たった一人の人間を堕とすためには苦労を厭わない――それが、悪魔だ。
だからこそ手強く、人では到底太刀打ちできないとされていた。
アリアドネは青くなる。
(ステュアート様が、危険なんじゃ……!)
アリアドネの様子に気付いたステュアートが、微笑みながらアリアドネの額にキスをした。
「遠征はいつも唐突です。しかし――」
ステュアートがいうには遠征はいつも唐突だが、それはあくまで遠征の決定を下されることが唐突、という意味だ。
当然それまでに前触れなり事前報告なり、現場の状況について連絡が入っている。
だが今回は、悪魔が出たという話そのものが降って湧いたように出たという。
報告が大袈裟に改竄されている可能性を考えたが、現場からの緊急連絡はとても詳細で、嘘とは思えない内容だった。
すでに被害者も出ているというので、ステュアートの遠征が決定したのだ。
「報告書通りのことが起きているとしたら、なぜ今まで情報が入ってこなかったのか……これは、上層部でも問題点としてあがっていました」
「誰かが意図的に隠していた、ということですか?」
「そういった前例もございます。以前、神の使徒を名乗る宗教団体に悪魔が現れたことがあったのですが……」
ステュアートは苦い顔をしながら、当時のことを語った。
宗教団体は事態の隠蔽を図ったようで、フューリア教に救助要請が来た際にはすでに甚大な被害が出ていたという。
近くの村に悪魔は身をひそめ、村人の誰が悪魔かわからない状態となっていた。そんななか、毎夜誰かが死体となって発見される――。
ステュアートが駆けつけた際には、村人たちは疑心暗鬼に陥っていた。
「村人に、悪魔が紛れ込んでたんですか!?」
「正しくは、悪魔と契約した者が、ですね。強い悪魔と契約すれば、それだけ人間離れした異能が使えますから。もっとも、代償に命そのものを奪われてしまいますけれど」
「ステュアート様は、村からどうやって悪魔と契約した者を見つけたんですか……?」
「悪魔が苦手とする印がありまして。こういった、六芒星にマークをつけたものです」
ステュアートは空中に指でマークを書いてみせた。
「……この聖なる印を、村人全員の身体に刻みました。焼きごてで」
(聖なる……焼きごて……)
なんでも聖なるをつければよいというものではない、と思ったがアリアドネは言わなかった。
「そういうわけで、誰にも知られずに事態が悪化した事例がないわけではないのです。なので、今回の遠征も行くことになったのですが……やはり、違和感が拭えません」
「そうでしたか。悪魔、って強いんですよね。ステュアート様は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思いますよ。私に何かあっても、あなたのことはベリザード大神官に頼んでありますし心配は――」
「私じゃなくて、ステュアート様が心配なんです」
つい言葉を遮って、語気を強くしてしまった。
慌てて謝罪するアリアドネを、ステュアートが強く抱きしめる。
「……ステュアート様?」
「あなたはよく私を心配して下さりますね」
あ、とアリアドネは気付いた。
ステュアートはフューリア教でもっとも力のある大神官だ。
そのため、彼のもとに回されるのは常に最重要であり凶悪ともいえる案件ばかりなのである。
最前線で戦うステュアートは、当然のように憧れて頼られる存在となっていた。
――もしかしたら、彼自身を心配する声は、アリアドネが思うより少ないのかもしれない。
「もし、私の違和感が当たっていた場合。誰が何のために、私を遠征に行かせたのか理由がわかりません。私を罠にはめるつもりならば受けて立ちますが、別に目的があった場合が厄介です」
「別、ってなんですか?」
「例えば、私をフューリア教本部から離したい、といったものでしょうか」
そっとステュアートの表情を伺うと、彼は真剣な表情で空中を睨んでいた。
(思い当たることがあるのかしら)
ステュアートはすぐに笑顔でアリアドネを見た。
「まぁ、大丈夫です。私が不在の間、ベリザードがここで寝泊まりしてくれるそうですし」
「……え。ええっ!? あの、初耳なんですが。ベリザード様って、大神官様、なんですよね。昨日おっしゃってた……」
「そうですね。ああ、準備は不要です。寝袋持参するよう言っておきました」
「そっ、そうですか」
ステュアートが出掛けたらすぐに空き部屋を整えようと決めた。
大神官を迎えるのだから、このあとアリアドネはノーラと走り回らなければならなくなるだろう。
ふいに、ステュアートが頬を寄せてきた。
ぐりぐりとアリアドネの頬に彼の頬が押しつけられる。
ふわふわと暖かな気持ちになって、アリアドネは胸が切なく疼くのを感じた。
もっと触れたい、などと考えてしまう。
「すぐに戻りますから」
「はい……待っています」
アリアドネは、そっとステュアートを抱きしめた。
◇◇
翌朝、早朝。
ステュアートが出発した。
少しでも力になりたいと思ったアリアドネは、ステュアートにドーナツ型の座布団を贈った。
これで遠征の道のりが、ほんの僅かでも楽になってくれればいいと思いながら。
その日の午後。
フューリア教本部からほど近い街で、魔物が出現したという。神官が討伐に向かったが、今度はまた別の村で魔物が出現した。
結果、力のある神官が駆り出され、その護衛につく騎士神官が不足する事態になった。
騎士神官は元々数が少ないようで、急遽、元騎士神官であったディーソルが、一時的に派遣の神官の護衛へつくことになった。
さらに数時間後、今度はブッチまで駆り出されてしまった。
べリザードが使う部屋を整え終えたアリアドネは、一緒にティータイム休憩をしているノーラに言う。
「こんなふうに連続して魔物が出現することって、あるのかしら。魔物についてよく知らないのだけど」
ノーラは首を傾げた。
「どうでしょう。魔物には群れで移動する物もいますので、村のあちこちに同時に出現した……なんてことは聞きますけど。複数の街でほぼ同時刻に魔物が出現するなんて、初めて聞きました」
ふいに、ノッカーが鳴った。
来客である。
ノーラがすぐに対応に向かい、戻ってきた彼女は一通の手紙を持っていた。
「それはなに?」
「わたくし宛てのようです。こちらで泊まり込みで働くようになったので、手紙関係はすべて転送してもらっているのです。……しかしこれは……」
ノーラの元に届いたのは、緊急を知らせる手紙だった。
彼女は、赤い文字で緊急と大きく書かれた手紙を懐に押し込んだ。
「急ぎの手紙でしょう、すぐに見たほうがいいんじゃない?」
「ですが、勤務中ですので」
「気になってるくせに」
ふふ、と笑うと、ノーラは苦笑した。
「では、お言葉に甘えて……」
戸惑いながらも手紙に目を通したノーラは、途端に驚愕に目を見張った。
「どうしたの?」
「……わたくしがお世話になった恩師が、事故で危篤状態だと……」
アリアドネは驚きで口元を抑えた。
ノーラは顔色をなくしている。
落ち着くよう言ってから、アリアドネはすぐにノーラを恩師のもとに向かわせた。ノーラは何度も謝罪しながら、最低限の荷物だけを持って出掛けていく。
慌ただしく見送ってから、ふと気付いた。
辺りが、しん、としている。
つい今朝まで和気藹々とした雰囲気があったはずなのに、いつの間にか屋敷に一人になっていたのだ。
「……仕方が無いわよね。早くて一週間で、ステュアート様が戻ってきてくださるもの」
アリアドネは自分に言い聞かせる。
フューリア教本部にきて、もう一カ月なのだ。
皆が仕事や緊急時なのだから、心細い、などと言っていられない。
よし、と軽く頬を叩いて気合いをいれた。
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