不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ

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第一章 初恋は実るもの

2、

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 昼休み、早めに昼食を終えた私は、書類を届けに高等部の校舎へ向かった。
 ここ山城ヶ原村南高等学校は、つい昨年、中高一貫学校へと変わった。時代の流れとはいえ、山城ヶ原村は辺鄙も辺鄙なド田舎だ。
 民家同士のお隣さんまでの間には、平屋が五件は建つほどの距離があるし、どの民家も瓦屋根の立派なもので、離れや蔵があって当たり前。道はかろうじてコンクリートに整備されているが、数年前までは土道だったという。
 かつては集落だったが、徐々に人口が増え、現在では市町村合併を経て、名ばかりの市になった。
 山城ヶ原村は、周囲を山脈に囲まれた自然豊かで閉鎖的な村だが、かつて鉱山があったこともあり、交通の便は物凄くよいのだ。
 私の母が子どもだった時代は、駅がある、それだけで凄いことだった。
 今では「なんでこんな辺鄙な場所に高校なんか作ったんだ」という生徒ばかりだが、当時にしてみれば、理にかなっていたのだろう。閉鎖的なのは城山ヶ原村だけで(××市城山ヶ原村という名前になったため、市なのに村でもある)、最寄り駅からひと駅移動すれば、商店街賑わう町が点在している。
 山脈で隔てられてさえいなかったら、それら町の中心に、この村があるのだ。
 だからこそ、電車で行き来できる今、ド田舎で過疎化しつつあるこの村の高校が、中高一貫に変わったのも、わからなくはない話だった。
 ある意味、縁があったのだろう。
 私は中学の社会科教師だし、昨年度の、中間一貫へ変更に伴う職員補充がなければ、この城山ヶ原村南高等学校へ、転任など出来なかっただろうから。
 中学部と高等部は、それぞれ別の校舎になっていて、渡り廊下で繋がっている。
 高等部のほうは四階建てで、中等部は三階建てということ以外、校舎に違いはない。
 建築当初は男女別々の校舎だったらしく、ただっぴろい中庭には柵が設けられていたとか。それを聞いたとき、そんなに生徒がいたのかなと疑問に思ったが、校舎は徐々に増築されて今の姿になったという。
 そんなわけで、今では柵も何もない、行き来し放題の高等部校舎へ足を踏み入れた私は、真っ直ぐ一階の職員室へ向かった。
 職員室のドアをノックして、そろそろとスライドドアを押すと。
 緑川先生とミコ先生が談笑している姿が、目に飛び込んできた。窓側の陽の当たる場所で、まるでスポットライトを浴びるかのように、満面の笑みで会話をしている。
 ミコ先生、なんで高等部の職員室にいるんだろう。
 行くなら、書類を持っていってくれればよかったのに。
 休憩時間だけど、次の授業の準備や引継ぎ、連絡諸々やることがあるんだよ。そう言ってやりたい気持ちを、ぐっと堪えた。
 ミコ先生が新卒で就職してきたのは、今年からだ。
 季節も夏に移りつつあるとはいえ、まだ四月の後半。
 新しい環境に慣れるまで時間がかかるのは、生徒も教師も変わらないのだ。
 うん。
 私は、ミコ先生の先輩なんだから、彼女が成長するように指導しないと。私だって転任一か月目は、やることだらけで苦労したんだし。
 ふいに。
 カタン、と椅子が揺れて、私に背中を向けて仕事をしていた男性教諭が立ち上がった。その瞬間、私の心拍数は一気に上昇する。
 あれから、何年も経ってるのに。
 再会してから、一年以上が過ぎているのに。
 未だ、初恋の先生がここにいるという現実が、私には夢のように思えてしまう。
 立ち上がった男性教諭――姫島屋先生は、周りをざっと見てため息をつくと、私の方へ歩み寄ってきた。
 当時よりやや歳をとった、影のある整った顔立ち。
 ふわりと香る、ブラックコーヒーの香り。
 腕時計をした長い指が、私の前に差し出された。
「書類か。受け取ろう」
 身体を震わせる、低く優しい声。
 私の耳の奥で、ふわりと暖かなものが灯る。
「あ、は、はい」
 持ってきたのは、体験学習の資料だ。
 希望者のみ、近隣の工場で体験学習をするというもので、この体験学習は、中等部高等部合同で行われる。
 姫島屋先生は、その場で資料を確認し始めた。
 長い指が、ぺらりと紙をめくる。真剣に書類を見つめる目に、瞬きのたびに揺れる長いまつ毛。眉間の皴は、姫島屋先生が真剣に物事を考えている証拠。
 私が姫島屋先生と再会したのは、昨年度。
 高等部側の教師陣と、初顔合わせがあったときだった。
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