4 / 76
第一章 初恋は実るもの
3、
しおりを挟む
姫島屋先生は、当時と変わらない雰囲気で、高等部教師として参加していた。中学校教師になって、ううん、高校を卒業してから初めての、再会。
なんて挨拶しようか、失礼にならない言葉はなんだろうか、私が教師になってるなんて驚くだろうか、なんて考えた――けれど。
――「はじめまして」
姫島屋先生が、顔合わせの席で私に告げた言葉だ。
全員に自己紹介をしたのならば、わかる。
けれど、姫島屋先生は、私の目を見て、私に言ったのだ。
とっさに、はじめましてと挨拶を返した。
私は、またもや自惚れていたのだ。
姫島屋先生にとっては、数多いる生徒の一人に過ぎず、そもそも受け持ちクラスどころか学年でさえなく、成長して大人になった私なんて、わかるはずないのに。
そのまま、姫島屋先生とはほとんど関わることなく、今日まで過ぎた。
たった一年、されど一年。
高校時代に覚えた、姫島屋先生がいるだけで満たされるような恋愛は、私の想像でしかなかったのかと思っていた。でも、違った。こうして再会し、当時のことを思い出すようになって、やはり、私は姫島屋先生が好きなのだと思い知らされた。
前向きだけが取り柄なのに、どうして当時、連絡手段をブロックされたときに会いに行かなかったんだろう。
勢いのまま、会いにいけばよかった。
卒業後に何かしら関わりを持っていたら、「はじめまして」なんて、言われることがなかったかもしれないのに。
今でも、言えばいい。
高校時代に会ってるんです、って。
忘れられているのならばまだいい。思い出したくない記憶にされているのなら――関わるだけで、迷惑になってしまうだろう。
だから、まだ、言えずにいる。
会いたかったです、その一言を。
「……確かに、受け取った」
「はい」
優しい声。
姫島屋先生は、当時のまま、そこにいる。
違うところといえば、早朝に校門に立たなくなったことだろうか。生徒に厳しく規則を遵守させることはせず、むしろ、無関心になったように思う。
この十年近くのあいだ、私に様々なことが起きたように、姫島屋先生にもあったのだろう。
何気なく、視線を窓の外へ向けた。
校門がある。
誰よりも早く出勤して、生徒の登校を見守っていた姫島屋先生は、とても、格好よかった。
ふと。
視線を感じて、目をむける。
緑川先生と視線が合って、慌てたように、逸らされた。
そういえば、窓側でミコ先生と談笑してたんだっけ。
二人の存在さえ忘れていた私は、緑川先生の態度に軽い苛立ちを覚えつつも、怒りを胸の奥で押し込めた。
元カレか、あんたは!
さらにミコ先生も私に気づいて、持ち前の悪女笑いを浮かべた。
もはや、色々と面倒くさい。
ストレスを貯めるだけ、無駄だ。
私は、退出の挨拶をしようと口をひらいた。
「さすがに、気まずいな」
姫島屋先生の言葉に、挨拶を飲み込む。
「え?」
気まずい。
それってつまり、私と再会したことが嫌とか、そういうことじゃ――。
「緑川先生が仰っていた。神崎先生と別れて、宝田先生と交際することになったとか」
「……はい?」
「よい大人だから、男女の関係には口を出さないつもりだが。こうも露骨に宝田先生と仲良くされると、空気が悪くなる」
「あの、今のお話の、神崎先生っていうのは……私?」
軽く緑川先生を睨んでいた姫島屋先生は、驚いたように振り向いた。
「ああ。そうだが」
「私、緑川先生と付き合ってたんですか?」
「違うのか?」
「初耳ですよ。私、お付き合いしてる人、いませんし」
まさに、寝耳に水というやつだ。
本人だけが誤解しているのならば害はないと放っておいたけれど、まさか、言葉にして第三者に交際していると言っていたなんて。
姫島屋先生は何度か目を瞬いて、視線を、緑川先生と私のあいだを往復させたあと。静かに深い、ため息をついた。
「……すまん、誤解していた」
「……いえ」
軽く、緑川先生を睨みつけるけれど。
鼻の下を伸ばして談笑するナル千代は、気づかない。
なんて挨拶しようか、失礼にならない言葉はなんだろうか、私が教師になってるなんて驚くだろうか、なんて考えた――けれど。
――「はじめまして」
姫島屋先生が、顔合わせの席で私に告げた言葉だ。
全員に自己紹介をしたのならば、わかる。
けれど、姫島屋先生は、私の目を見て、私に言ったのだ。
とっさに、はじめましてと挨拶を返した。
私は、またもや自惚れていたのだ。
姫島屋先生にとっては、数多いる生徒の一人に過ぎず、そもそも受け持ちクラスどころか学年でさえなく、成長して大人になった私なんて、わかるはずないのに。
そのまま、姫島屋先生とはほとんど関わることなく、今日まで過ぎた。
たった一年、されど一年。
高校時代に覚えた、姫島屋先生がいるだけで満たされるような恋愛は、私の想像でしかなかったのかと思っていた。でも、違った。こうして再会し、当時のことを思い出すようになって、やはり、私は姫島屋先生が好きなのだと思い知らされた。
前向きだけが取り柄なのに、どうして当時、連絡手段をブロックされたときに会いに行かなかったんだろう。
勢いのまま、会いにいけばよかった。
卒業後に何かしら関わりを持っていたら、「はじめまして」なんて、言われることがなかったかもしれないのに。
今でも、言えばいい。
高校時代に会ってるんです、って。
忘れられているのならばまだいい。思い出したくない記憶にされているのなら――関わるだけで、迷惑になってしまうだろう。
だから、まだ、言えずにいる。
会いたかったです、その一言を。
「……確かに、受け取った」
「はい」
優しい声。
姫島屋先生は、当時のまま、そこにいる。
違うところといえば、早朝に校門に立たなくなったことだろうか。生徒に厳しく規則を遵守させることはせず、むしろ、無関心になったように思う。
この十年近くのあいだ、私に様々なことが起きたように、姫島屋先生にもあったのだろう。
何気なく、視線を窓の外へ向けた。
校門がある。
誰よりも早く出勤して、生徒の登校を見守っていた姫島屋先生は、とても、格好よかった。
ふと。
視線を感じて、目をむける。
緑川先生と視線が合って、慌てたように、逸らされた。
そういえば、窓側でミコ先生と談笑してたんだっけ。
二人の存在さえ忘れていた私は、緑川先生の態度に軽い苛立ちを覚えつつも、怒りを胸の奥で押し込めた。
元カレか、あんたは!
さらにミコ先生も私に気づいて、持ち前の悪女笑いを浮かべた。
もはや、色々と面倒くさい。
ストレスを貯めるだけ、無駄だ。
私は、退出の挨拶をしようと口をひらいた。
「さすがに、気まずいな」
姫島屋先生の言葉に、挨拶を飲み込む。
「え?」
気まずい。
それってつまり、私と再会したことが嫌とか、そういうことじゃ――。
「緑川先生が仰っていた。神崎先生と別れて、宝田先生と交際することになったとか」
「……はい?」
「よい大人だから、男女の関係には口を出さないつもりだが。こうも露骨に宝田先生と仲良くされると、空気が悪くなる」
「あの、今のお話の、神崎先生っていうのは……私?」
軽く緑川先生を睨んでいた姫島屋先生は、驚いたように振り向いた。
「ああ。そうだが」
「私、緑川先生と付き合ってたんですか?」
「違うのか?」
「初耳ですよ。私、お付き合いしてる人、いませんし」
まさに、寝耳に水というやつだ。
本人だけが誤解しているのならば害はないと放っておいたけれど、まさか、言葉にして第三者に交際していると言っていたなんて。
姫島屋先生は何度か目を瞬いて、視線を、緑川先生と私のあいだを往復させたあと。静かに深い、ため息をついた。
「……すまん、誤解していた」
「……いえ」
軽く、緑川先生を睨みつけるけれど。
鼻の下を伸ばして談笑するナル千代は、気づかない。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする
九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声-サスペンス×中華×切ない恋
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に引きずり込まれていく。
『強情な歌姫』翠蓮(スイレン)は、その出自ゆえか素直に甘えられず、守られるとついつい罪悪感を抱いてしまう。
そんな彼女は、田舎から歌姫を目指して宮廷の門を叩く。しかし、さっそく罠にかかり、いわれのない濡れ衣を着せられる。
翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。
優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
嘘をついているのは誰なのか――
声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる