不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ

文字の大きさ
5 / 76
第一章 初恋は実るもの

4、

しおりを挟む
 本日最後の授業が終えると、生徒たちが意気揚々と帰っていく。
 放課後に教室へ残ってしゃべるなんてことは、ほとんどない。なぜならば、ここが田舎の高校で、終電が早い時間に終わってしまうからだ。
 学校が終えるとそのまま隣駅へ移動し、ファーストフード店やコンビニ、ゲームセンターなどへ遊びに行くのが生徒たちのセオリーになっている。
「ナオちゃん、気を落とさないでねー」
「ほんと、ナル千代なんて早く忘れちゃえーっ」
 受け持ちクラスの女子生徒が、鞄をひっかけながら言う。
「こーらーっ」
 軽く睨むと、女子生徒は笑い声をあげた。
「わかってるって。せんせーがナル千代のこと、なーんとも思ってないこと!」
「そうそう、あの嫌味な女狐が、何かしたんでしょー」
 女子生徒は、ひらひらと手を振って教室を出て行った。
 嫌味な女狐って、ミコ先生のことだろうか。一部分の女子生徒は、ミコ先生を嫌っている。男子生徒に色目を使うとか、女の武器を全力で出してきててキモいとか、そういった言葉を聞いたことがあった……けど。
 思わず、力が抜けた。
 今日いちにち、知らない間に気を張っていたらしい。生徒たちにも誤解されて、気まずくなったらどうしようと思っていた。
 誤解している生徒もいるかもしれないが、全員ではないのだ。
 私を信じてくれている――と言っても何も主張してないんだけど――生徒も、いるんだ。
「先生、お疲れでござるか?」
「ひゃっ!」
 考えごとをしていたせいか、すぐ傍に生徒がいることに気がつかなかった。
 分厚い瓶底眼鏡を、くいっと二本指で押し上げる男子生徒は、受け持ちクラスの空閑くがくんだった。
 ズボンにシャツを綺麗にインしており、袖を二回ほど折り曲げ、シャツのボタンは一番上まできっちりとしめている。髪は軽く肩につくほどに伸ばしているが、校則にのっとって後ろで一つに結んでいる。
 真面目を絵にかいたような生徒で、私にもこうしてよく話しかけてくれるのだ。
「じゃ、また明日な、せっしゃー」
「俺ら帰るぞ、せっしゃー」
「うむ、また明日でござるよ」
 空閑くんは、クラスメートからは、『拙者』と呼ばれている。理由はおそらく、一人称が拙者だからだろう。
 一風変わった口調だが、特別クラスで浮くようなこともなく、全体の生徒と万遍なく話すことができており、成績も平均点をあげる立場の生徒だ。
 彼くらいの年頃だと、小グループをつくって仲間内での関わりが濃くなる頃だろうに、空閑君はその他の男子生徒より頭一つ分飛びぬけているというか、達観したような、そんな雰囲気を醸している。
「変な噂を聞いたでござるよ。先生が、ナル千代殿と別れたとかいう噂でござる」
「……その噂って、出回ってるの?」
「出回っているというより、宝田ミコ殿がさりげなく言いふらしているでござるな」
「え。ま、またまた、そんなこと」
「大丈夫でござる。拙者が、生徒のみなみなに、先生とナル千代殿は交際しておらず、宝田ミコ殿の勘違いであると、伝えておいたでござる」
 思わず、目をぱちくりとさせる。
 空閑くんは、ドヤァと笑みを浮かべると、鼻先にのっかった眼鏡をぐいっと押し上げた。
「礼には及ばぬでござる。拙者、いつでも先生の味方でござるゆえ」
「あ、りがとう」
 空閑くんは、律儀に頭をさげると、「それでは、失礼するでござる」と挨拶を述べ、帰って行った。
 ふと、気づけば笑みを浮かべていた。
 心配したり、苛立っていた自分が馬鹿みたいだ。
 私には私の立場があって、やるべきことがある。私は、教師なんだから。自分がどう見られているか気をつけることは必要だとしても、教師としての役割を果たさなきゃ。
 よし。
 とにかく今日は、飲もう。
 気持ちよく飲めるかはともかく、今日の放課後は教師陣全員参加の『歓迎会』があるのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声-サスペンス×中華×切ない恋

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に引きずり込まれていく。 『強情な歌姫』翠蓮(スイレン)は、その出自ゆえか素直に甘えられず、守られるとついつい罪悪感を抱いてしまう。 そんな彼女は、田舎から歌姫を目指して宮廷の門を叩く。しかし、さっそく罠にかかり、いわれのない濡れ衣を着せられる。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。 優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 嘘をついているのは誰なのか―― 声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...