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第一章 初恋は実るもの
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本日最後の授業が終えると、生徒たちが意気揚々と帰っていく。
放課後に教室へ残ってしゃべるなんてことは、ほとんどない。なぜならば、ここが田舎の高校で、終電が早い時間に終わってしまうからだ。
学校が終えるとそのまま隣駅へ移動し、ファーストフード店やコンビニ、ゲームセンターなどへ遊びに行くのが生徒たちのセオリーになっている。
「ナオちゃん、気を落とさないでねー」
「ほんと、ナル千代なんて早く忘れちゃえーっ」
受け持ちクラスの女子生徒が、鞄をひっかけながら言う。
「こーらーっ」
軽く睨むと、女子生徒は笑い声をあげた。
「わかってるって。せんせーがナル千代のこと、なーんとも思ってないこと!」
「そうそう、あの嫌味な女狐が、何かしたんでしょー」
女子生徒は、ひらひらと手を振って教室を出て行った。
嫌味な女狐って、ミコ先生のことだろうか。一部分の女子生徒は、ミコ先生を嫌っている。男子生徒に色目を使うとか、女の武器を全力で出してきててキモいとか、そういった言葉を聞いたことがあった……けど。
思わず、力が抜けた。
今日いちにち、知らない間に気を張っていたらしい。生徒たちにも誤解されて、気まずくなったらどうしようと思っていた。
誤解している生徒もいるかもしれないが、全員ではないのだ。
私を信じてくれている――と言っても何も主張してないんだけど――生徒も、いるんだ。
「先生、お疲れでござるか?」
「ひゃっ!」
考えごとをしていたせいか、すぐ傍に生徒がいることに気がつかなかった。
分厚い瓶底眼鏡を、くいっと二本指で押し上げる男子生徒は、受け持ちクラスの空閑くんだった。
ズボンにシャツを綺麗にインしており、袖を二回ほど折り曲げ、シャツのボタンは一番上まできっちりとしめている。髪は軽く肩につくほどに伸ばしているが、校則にのっとって後ろで一つに結んでいる。
真面目を絵にかいたような生徒で、私にもこうしてよく話しかけてくれるのだ。
「じゃ、また明日な、せっしゃー」
「俺ら帰るぞ、せっしゃー」
「うむ、また明日でござるよ」
空閑くんは、クラスメートからは、『拙者』と呼ばれている。理由はおそらく、一人称が拙者だからだろう。
一風変わった口調だが、特別クラスで浮くようなこともなく、全体の生徒と万遍なく話すことができており、成績も平均点をあげる立場の生徒だ。
彼くらいの年頃だと、小グループをつくって仲間内での関わりが濃くなる頃だろうに、空閑君はその他の男子生徒より頭一つ分飛びぬけているというか、達観したような、そんな雰囲気を醸している。
「変な噂を聞いたでござるよ。先生が、ナル千代殿と別れたとかいう噂でござる」
「……その噂って、出回ってるの?」
「出回っているというより、宝田ミコ殿がさりげなく言いふらしているでござるな」
「え。ま、またまた、そんなこと」
「大丈夫でござる。拙者が、生徒のみなみなに、先生とナル千代殿は交際しておらず、宝田ミコ殿の勘違いであると、伝えておいたでござる」
思わず、目をぱちくりとさせる。
空閑くんは、ドヤァと笑みを浮かべると、鼻先にのっかった眼鏡をぐいっと押し上げた。
「礼には及ばぬでござる。拙者、いつでも先生の味方でござるゆえ」
「あ、りがとう」
空閑くんは、律儀に頭をさげると、「それでは、失礼するでござる」と挨拶を述べ、帰って行った。
ふと、気づけば笑みを浮かべていた。
心配したり、苛立っていた自分が馬鹿みたいだ。
私には私の立場があって、やるべきことがある。私は、教師なんだから。自分がどう見られているか気をつけることは必要だとしても、教師としての役割を果たさなきゃ。
よし。
とにかく今日は、飲もう。
気持ちよく飲めるかはともかく、今日の放課後は教師陣全員参加の『歓迎会』があるのだ。
放課後に教室へ残ってしゃべるなんてことは、ほとんどない。なぜならば、ここが田舎の高校で、終電が早い時間に終わってしまうからだ。
学校が終えるとそのまま隣駅へ移動し、ファーストフード店やコンビニ、ゲームセンターなどへ遊びに行くのが生徒たちのセオリーになっている。
「ナオちゃん、気を落とさないでねー」
「ほんと、ナル千代なんて早く忘れちゃえーっ」
受け持ちクラスの女子生徒が、鞄をひっかけながら言う。
「こーらーっ」
軽く睨むと、女子生徒は笑い声をあげた。
「わかってるって。せんせーがナル千代のこと、なーんとも思ってないこと!」
「そうそう、あの嫌味な女狐が、何かしたんでしょー」
女子生徒は、ひらひらと手を振って教室を出て行った。
嫌味な女狐って、ミコ先生のことだろうか。一部分の女子生徒は、ミコ先生を嫌っている。男子生徒に色目を使うとか、女の武器を全力で出してきててキモいとか、そういった言葉を聞いたことがあった……けど。
思わず、力が抜けた。
今日いちにち、知らない間に気を張っていたらしい。生徒たちにも誤解されて、気まずくなったらどうしようと思っていた。
誤解している生徒もいるかもしれないが、全員ではないのだ。
私を信じてくれている――と言っても何も主張してないんだけど――生徒も、いるんだ。
「先生、お疲れでござるか?」
「ひゃっ!」
考えごとをしていたせいか、すぐ傍に生徒がいることに気がつかなかった。
分厚い瓶底眼鏡を、くいっと二本指で押し上げる男子生徒は、受け持ちクラスの空閑くんだった。
ズボンにシャツを綺麗にインしており、袖を二回ほど折り曲げ、シャツのボタンは一番上まできっちりとしめている。髪は軽く肩につくほどに伸ばしているが、校則にのっとって後ろで一つに結んでいる。
真面目を絵にかいたような生徒で、私にもこうしてよく話しかけてくれるのだ。
「じゃ、また明日な、せっしゃー」
「俺ら帰るぞ、せっしゃー」
「うむ、また明日でござるよ」
空閑くんは、クラスメートからは、『拙者』と呼ばれている。理由はおそらく、一人称が拙者だからだろう。
一風変わった口調だが、特別クラスで浮くようなこともなく、全体の生徒と万遍なく話すことができており、成績も平均点をあげる立場の生徒だ。
彼くらいの年頃だと、小グループをつくって仲間内での関わりが濃くなる頃だろうに、空閑君はその他の男子生徒より頭一つ分飛びぬけているというか、達観したような、そんな雰囲気を醸している。
「変な噂を聞いたでござるよ。先生が、ナル千代殿と別れたとかいう噂でござる」
「……その噂って、出回ってるの?」
「出回っているというより、宝田ミコ殿がさりげなく言いふらしているでござるな」
「え。ま、またまた、そんなこと」
「大丈夫でござる。拙者が、生徒のみなみなに、先生とナル千代殿は交際しておらず、宝田ミコ殿の勘違いであると、伝えておいたでござる」
思わず、目をぱちくりとさせる。
空閑くんは、ドヤァと笑みを浮かべると、鼻先にのっかった眼鏡をぐいっと押し上げた。
「礼には及ばぬでござる。拙者、いつでも先生の味方でござるゆえ」
「あ、りがとう」
空閑くんは、律儀に頭をさげると、「それでは、失礼するでござる」と挨拶を述べ、帰って行った。
ふと、気づけば笑みを浮かべていた。
心配したり、苛立っていた自分が馬鹿みたいだ。
私には私の立場があって、やるべきことがある。私は、教師なんだから。自分がどう見られているか気をつけることは必要だとしても、教師としての役割を果たさなきゃ。
よし。
とにかく今日は、飲もう。
気持ちよく飲めるかはともかく、今日の放課後は教師陣全員参加の『歓迎会』があるのだ。
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