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第四章 隠された真実
7-3、
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私のなかで、感情の渦が起こり、それは私のなかを駆け巡った。どうしようもなくなって、何かしたくなって、気がつけば姫島屋先生に飛びつき、背中に手を回して抱きしめていた。
「――神崎っ」
「私だって、後悔してたんです。あのあと、強引にでも押しかけたらよかったって。先生は私の特別です。……どんな先生でも幻滅なんかするわけないですっ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
ふんわりと香る先生の匂いは、慣れ親しんだものだ。ジャージだからか、コーヒーの匂いはしないけれど、先生自身の大人の男性の匂いがする。
「私は、独占欲が強い……かもしれない」
「独占してください」
「さっきだって、空閑と話していたとき、照れているきみを見て嫌な気分になった。……本当に、幻滅しないか?」
「しませんって!」
ゆっくりと、姫島屋先生の手が私の背中に回される。
大きな手が、私の身体を抱きしめた。
「私は教師失格だ」
「……なんでですか」
「教師は、生徒が卒業するまでが仕事だ。手から離れたら、見守るしかない。だが、私はきみのなかに生涯残りたいと思った。……今も、これからも、きみといたい」
息をつめる。僅かな間のあと、全身を熱が包み込んだ。
喜びから、先生の背中に回した手に力が入る。
「私だって、放しませんから」
「放すなよ」
ふ、と首元で笑う気配がした。
軽く、撫でるように首筋をかすめた柔らかいそれは、きっと、唇だろう。ぞくりと甘い痺れが全身を駆け抜けたとき。
姫島屋先生の両手が、私の肩を押して、身体を引き離した。
「……落ち着こう」
「……はい」
露骨な咳ばらいをする姫島屋先生から視線をそらし、赤い顔を両手で隠す。
暗闇だから、大胆になってしまったのだろうか。でも、これまでわだかまりになっていたことを話せて、よかった。
距離が縮まったことは確かだろう。
「探索を続けるか」
「は、はい」
「……菜緒子」
「なんですか」
「私がこの学校へ来たのは、前の高校でトラブルを起こしたからだ。そのうち、詳しく話す」
姫島屋先生と再会したとき、なぜここに、と思った。雰囲気は変わらないが、生徒に対する対応への変化に驚いたものだ。
私は苦笑して、はい、と頷いた。
「実は、私もです。前の学校で、ちょっとトラブルがありまして。そのことも、お話しますね」
姫島屋先生は軽く目を見張って、そうか、と言って笑った。
急ぐ必要はない。ゆっくりと、お互いのことを知って行けばいい。私が先生を嫌いになることなんて、ないんだし。
姫島屋先生は、改めてライトで辺りを照らした。
私も気持ちを切り替えて、探索へ戻る。ライトに照らされたのは、錆びた鉄の机だった。錆が目立つそのうえに、書類が数枚散らばっている。
そのうち一枚を持ち上げた姫島屋先生は、眉をひそめた。
「……これは、読むのに時間がかかるな」
「どれですか?」
受け取ると、そこには漢字が中心の文章がずらりと並んでいた。ライトの淡い明かりでは顔を紙に近づけないとよく見えないうえに、用紙にインクが滲んでいて読みずらい部分がある。
ふいに、ライトが離れた。
ぱち、という音がして、頭上の電球に明かりがついた。姫島屋先生が、頭上にあった紐を引っ張ったのだ。
「まだつくようだ」
はい、と頷いたとき。
周囲の光景が視界に飛び込んできて、私は身をすくめた。
そこは書斎だった。
畳六畳ほどの小部屋に、ぎっしりと本棚と机が置かれ、本棚には分厚いファイルが並んでいる。ファイルには、『被検体』『臨床実験』といった単語とともに、漢数字が書いてあった。
姫島屋先生が本棚を見て回るなか、私は机の上にあった数枚の書類へ視線を落とした。内容を読むにつれて、全身が強張り始め、背中に冷たいものが伝い始める。
目の前がくらくらして現実から目を背けたかったけれど、すべての書類を読み終えた。
気がつくと、姫島屋先生が傍で身体を支えてくれていた。
「読めるのか」
「……はい」
「さすが国語教師だ」
真面目に褒める姫島屋先生に、私は微かに笑みを浮かべた。
ぎゅ、と姫島屋先生の手を握り締めて、身体を寄せる。震える私に気づいた姫島屋先生が、そっと腰を支えてくれた。
「今から話すことは、ここに書いてあったことです」
「――神崎っ」
「私だって、後悔してたんです。あのあと、強引にでも押しかけたらよかったって。先生は私の特別です。……どんな先生でも幻滅なんかするわけないですっ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
ふんわりと香る先生の匂いは、慣れ親しんだものだ。ジャージだからか、コーヒーの匂いはしないけれど、先生自身の大人の男性の匂いがする。
「私は、独占欲が強い……かもしれない」
「独占してください」
「さっきだって、空閑と話していたとき、照れているきみを見て嫌な気分になった。……本当に、幻滅しないか?」
「しませんって!」
ゆっくりと、姫島屋先生の手が私の背中に回される。
大きな手が、私の身体を抱きしめた。
「私は教師失格だ」
「……なんでですか」
「教師は、生徒が卒業するまでが仕事だ。手から離れたら、見守るしかない。だが、私はきみのなかに生涯残りたいと思った。……今も、これからも、きみといたい」
息をつめる。僅かな間のあと、全身を熱が包み込んだ。
喜びから、先生の背中に回した手に力が入る。
「私だって、放しませんから」
「放すなよ」
ふ、と首元で笑う気配がした。
軽く、撫でるように首筋をかすめた柔らかいそれは、きっと、唇だろう。ぞくりと甘い痺れが全身を駆け抜けたとき。
姫島屋先生の両手が、私の肩を押して、身体を引き離した。
「……落ち着こう」
「……はい」
露骨な咳ばらいをする姫島屋先生から視線をそらし、赤い顔を両手で隠す。
暗闇だから、大胆になってしまったのだろうか。でも、これまでわだかまりになっていたことを話せて、よかった。
距離が縮まったことは確かだろう。
「探索を続けるか」
「は、はい」
「……菜緒子」
「なんですか」
「私がこの学校へ来たのは、前の高校でトラブルを起こしたからだ。そのうち、詳しく話す」
姫島屋先生と再会したとき、なぜここに、と思った。雰囲気は変わらないが、生徒に対する対応への変化に驚いたものだ。
私は苦笑して、はい、と頷いた。
「実は、私もです。前の学校で、ちょっとトラブルがありまして。そのことも、お話しますね」
姫島屋先生は軽く目を見張って、そうか、と言って笑った。
急ぐ必要はない。ゆっくりと、お互いのことを知って行けばいい。私が先生を嫌いになることなんて、ないんだし。
姫島屋先生は、改めてライトで辺りを照らした。
私も気持ちを切り替えて、探索へ戻る。ライトに照らされたのは、錆びた鉄の机だった。錆が目立つそのうえに、書類が数枚散らばっている。
そのうち一枚を持ち上げた姫島屋先生は、眉をひそめた。
「……これは、読むのに時間がかかるな」
「どれですか?」
受け取ると、そこには漢字が中心の文章がずらりと並んでいた。ライトの淡い明かりでは顔を紙に近づけないとよく見えないうえに、用紙にインクが滲んでいて読みずらい部分がある。
ふいに、ライトが離れた。
ぱち、という音がして、頭上の電球に明かりがついた。姫島屋先生が、頭上にあった紐を引っ張ったのだ。
「まだつくようだ」
はい、と頷いたとき。
周囲の光景が視界に飛び込んできて、私は身をすくめた。
そこは書斎だった。
畳六畳ほどの小部屋に、ぎっしりと本棚と机が置かれ、本棚には分厚いファイルが並んでいる。ファイルには、『被検体』『臨床実験』といった単語とともに、漢数字が書いてあった。
姫島屋先生が本棚を見て回るなか、私は机の上にあった数枚の書類へ視線を落とした。内容を読むにつれて、全身が強張り始め、背中に冷たいものが伝い始める。
目の前がくらくらして現実から目を背けたかったけれど、すべての書類を読み終えた。
気がつくと、姫島屋先生が傍で身体を支えてくれていた。
「読めるのか」
「……はい」
「さすが国語教師だ」
真面目に褒める姫島屋先生に、私は微かに笑みを浮かべた。
ぎゅ、と姫島屋先生の手を握り締めて、身体を寄せる。震える私に気づいた姫島屋先生が、そっと腰を支えてくれた。
「今から話すことは、ここに書いてあったことです」
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