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第十九話 報告 ―フィリア―
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ソードの姿が酒場から消えて、フィリアはカウンターに向き直った。
フィリアとリーゼロッテの前に、リンゴ酒が差し出される。
それを受け取り、リマにお礼を言った。
「ゆっくりしていって。僕は少し仕事をしてくるよ」
そう言って奥へ入って行ってしまったリマに、フィリアは唇を尖らせる。
(せっかくリーゼロッテ様がこられたのに)
臥せって以降、リーゼロッテがミーツディ酒場にくるのは初めてだ。
ソードとリマが知り合いであり、この酒場にもソードが顔を出していると知ったリーゼロッテは、突然ミーツディ酒場を敬遠するようになったのだ。
ソードに爵位目当てで結婚された哀れな令嬢だと思われ、軽蔑されるのが怖いのだという。
けれど、リマには会いたい気持ちは強くなる一方とのこと。
今日は強引に誘ったのだが、まさかばったりソードと会ってしまうなんて。
「平気よ」
リーゼロッテの言葉に、はっとした。
「わたくしは平気。リマ様に同情の目で見られたらどうしようかと思ったけれど、リマ様は今、ご自分のことで精一杯みたい」
リーゼロッテの言葉が意味するところを察して、フィリアは視線を落とす。
そんなフィリアを見て、リーゼロッテはくすりと微笑んだ。
「わたくし、あなたにリマ様を任せようと思ったけれど、やっぱり、わたくしが傍にいたいの。これからこの酒場に通うことにするわ。そして、私の魅力でリマ様の愛を得るの」
リーゼロッテは握り締めたジョッキを、愛おしげに見つめる。
「わたくしは、ソード様が嫌いだわ。だから正直、離婚できてほっとしている。……もう、顔も見たくないわ。でも、あなたが彼を望むのなら――」
リーゼロッテが、フィリアを見つめる。
「本当に、フィリアはあの男を愛しているの? 最低な男よ」
「あ、あい、しています」
彼女の夫であった人物に対して抱く感情ではないので、つい躊躇ってしまうけれど、それでもきっぱりと言い切った。
リーゼロッテは困ったように微笑む。
「正直、あまり結婚には賛成できないけれど、でも、いつか応援でるようになるから……必ず」
「……リーゼロッテ様。よいのです、私がいけないのです。ソード様はあなたの夫で、私がそれを」
「誤解しないで。賛成できないのは、ソード様が私よりあなたを選んだからとか、妻としての面子が立たないとか、そういうのではないの。決して。……嫌いな男に、可愛い妹を嫁がせるのが嫌なのよ」
あんぐりと口を開いた。
震える手からジョッキが落ちて、カウンターのうえに転がってリンゴ酒が飛び散ってしまう。
「まぁ、フィリア火傷していない? ねぇ、どうし……フィリア?」
「い、いもうと」
「え? ええ、あなたはわたくしの妹でしょう」
歓喜で胸が震えた。
やはり、フィリアはリーゼロッテが好きだ。
ソードへの愛とはまた違う種類だけれど、リーゼロッテへの愛しさが消えたわけではない。
ふいにリーゼロッテは視線を泳がせた。
「都合がいいことを言ったわね、ごめんなさい」
リーゼロッテは自嘲の笑みを浮かべて、そっと息をつく。
「もう十年以上前かしら。お父様たちのあなたに対する態度が変わったでしょう」
リーゼロッテは当時、訳が分からなかったという。
けれど、伯爵夫妻に嫌われるのが怖くて、伯爵夫妻が望むまま、フィリアを使用人だと思い込むことにしたらしい。
気がつくと、フィリアも使用人になりきっていて、戻れなくなってしまった。
フィリアは不満も言わずに使用人に徹していたし、リーゼロッテも見て見ぬふりをして……いつの間にか、この歪な関係が当たり前になっていた。
リーゼロッテは、ふと、微笑んだ。
力強い瞳で、フィリアを見つめてくれる。
吸い込まれてしまいそうな美しい瞳に、フィリアは見入ってしまう。
「昔に戻りましょう。あなたは、わたくしの妹よ」
「……リーゼロッテ様」
「お姉様、でしょう?」
ぼぼぼぼっ、と頬が熱くなる。
望んでいた言葉だ。
ずっと、欲しくて、言いたかった言葉。
フィリアはカウンターのほうをじっと見つめたまま、
「おねえさま」
と、たどたどしく呟いた。
(い、言っちゃった!)
リーゼロッテに対して、お姉様、と。
恐れ多くて、けれども嬉しくて、フィリアの視界が涙で歪んでいく。
「ありがとう、フィリア」
「ありがとうございます……嬉し、あ、ありがとうございます」
気持ちが溢れて涙がこぼれ、ありがとうと繰り返し呟くと、リーゼロッテに笑われてしまった。
フィリアとリーゼロッテの前に、リンゴ酒が差し出される。
それを受け取り、リマにお礼を言った。
「ゆっくりしていって。僕は少し仕事をしてくるよ」
そう言って奥へ入って行ってしまったリマに、フィリアは唇を尖らせる。
(せっかくリーゼロッテ様がこられたのに)
臥せって以降、リーゼロッテがミーツディ酒場にくるのは初めてだ。
ソードとリマが知り合いであり、この酒場にもソードが顔を出していると知ったリーゼロッテは、突然ミーツディ酒場を敬遠するようになったのだ。
ソードに爵位目当てで結婚された哀れな令嬢だと思われ、軽蔑されるのが怖いのだという。
けれど、リマには会いたい気持ちは強くなる一方とのこと。
今日は強引に誘ったのだが、まさかばったりソードと会ってしまうなんて。
「平気よ」
リーゼロッテの言葉に、はっとした。
「わたくしは平気。リマ様に同情の目で見られたらどうしようかと思ったけれど、リマ様は今、ご自分のことで精一杯みたい」
リーゼロッテの言葉が意味するところを察して、フィリアは視線を落とす。
そんなフィリアを見て、リーゼロッテはくすりと微笑んだ。
「わたくし、あなたにリマ様を任せようと思ったけれど、やっぱり、わたくしが傍にいたいの。これからこの酒場に通うことにするわ。そして、私の魅力でリマ様の愛を得るの」
リーゼロッテは握り締めたジョッキを、愛おしげに見つめる。
「わたくしは、ソード様が嫌いだわ。だから正直、離婚できてほっとしている。……もう、顔も見たくないわ。でも、あなたが彼を望むのなら――」
リーゼロッテが、フィリアを見つめる。
「本当に、フィリアはあの男を愛しているの? 最低な男よ」
「あ、あい、しています」
彼女の夫であった人物に対して抱く感情ではないので、つい躊躇ってしまうけれど、それでもきっぱりと言い切った。
リーゼロッテは困ったように微笑む。
「正直、あまり結婚には賛成できないけれど、でも、いつか応援でるようになるから……必ず」
「……リーゼロッテ様。よいのです、私がいけないのです。ソード様はあなたの夫で、私がそれを」
「誤解しないで。賛成できないのは、ソード様が私よりあなたを選んだからとか、妻としての面子が立たないとか、そういうのではないの。決して。……嫌いな男に、可愛い妹を嫁がせるのが嫌なのよ」
あんぐりと口を開いた。
震える手からジョッキが落ちて、カウンターのうえに転がってリンゴ酒が飛び散ってしまう。
「まぁ、フィリア火傷していない? ねぇ、どうし……フィリア?」
「い、いもうと」
「え? ええ、あなたはわたくしの妹でしょう」
歓喜で胸が震えた。
やはり、フィリアはリーゼロッテが好きだ。
ソードへの愛とはまた違う種類だけれど、リーゼロッテへの愛しさが消えたわけではない。
ふいにリーゼロッテは視線を泳がせた。
「都合がいいことを言ったわね、ごめんなさい」
リーゼロッテは自嘲の笑みを浮かべて、そっと息をつく。
「もう十年以上前かしら。お父様たちのあなたに対する態度が変わったでしょう」
リーゼロッテは当時、訳が分からなかったという。
けれど、伯爵夫妻に嫌われるのが怖くて、伯爵夫妻が望むまま、フィリアを使用人だと思い込むことにしたらしい。
気がつくと、フィリアも使用人になりきっていて、戻れなくなってしまった。
フィリアは不満も言わずに使用人に徹していたし、リーゼロッテも見て見ぬふりをして……いつの間にか、この歪な関係が当たり前になっていた。
リーゼロッテは、ふと、微笑んだ。
力強い瞳で、フィリアを見つめてくれる。
吸い込まれてしまいそうな美しい瞳に、フィリアは見入ってしまう。
「昔に戻りましょう。あなたは、わたくしの妹よ」
「……リーゼロッテ様」
「お姉様、でしょう?」
ぼぼぼぼっ、と頬が熱くなる。
望んでいた言葉だ。
ずっと、欲しくて、言いたかった言葉。
フィリアはカウンターのほうをじっと見つめたまま、
「おねえさま」
と、たどたどしく呟いた。
(い、言っちゃった!)
リーゼロッテに対して、お姉様、と。
恐れ多くて、けれども嬉しくて、フィリアの視界が涙で歪んでいく。
「ありがとう、フィリア」
「ありがとうございます……嬉し、あ、ありがとうございます」
気持ちが溢れて涙がこぼれ、ありがとうと繰り返し呟くと、リーゼロッテに笑われてしまった。
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