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第二章 飛龍島
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完成した船は、予想より遥かに小舟だった。
それでも制作に三日かかり、途中で必要になった工具や足りなくなった資材などを買いに出たりもした。
辺りの薄闇が徐々に明るくなりつつあった。もうじき夜が明けるだろう。早朝のひんやりとした空気を吸い込みながら、小毬は言いにくそうに口をひらく。
「トワってお金どのくらい持ってるの?」
「必要最低限だな。必要になればまた取ってくる」
これまで買い出しのたびにトワから金を渡されていたが、新人種であるトワがなぜ金をこんなに持っているのか不思議だった。その事実が今明かされて、軽い眩暈を覚える。
「盗んできてたんだ」
「仕方あるまい。だが、なぜだ?」
「お金があるなら、船を一槽買うっていうのはどう? ちょっといいやつを」
小毬の提案に、トワは不機嫌そうな顔をした。
「大きな買い物はそれだけ足がつきやすい。あまり目立つことはしたくない」
「これだけ資材を集めたんだから、もうすでに目立ってると思うけど」
「とにかく、私が作ったのだからこれでいいだろう」
「でも、飛龍島ってあれなんでしょう?」
海を眺めた。まだ薄暗くて辺りははっきりと見えないが、晴れた日には遠くにぽつんと小さな島が見える。目を凝らさなければ見えないほどの大きさだが、それが飛龍島なのだそうだ。小毬自身、トワに言われて初めて気づいたほどに小さい。つまり、ここからかなり遠いということだ。
波は穏やかだが、沖に出てもそうとは限らない。途中で雨でも降れば、転覆は免れないだろう。
「トワは船で飛龍島からここまで来たの?」
「いや、別ルートで来た。私は丈夫だからな」
「つまり、トワくらいの回復力がないとそのルートは無理で、消去法として船で渡るしかないってことか」
「その通りだ。小毬は頭がいいな」
褒められたが、喜ぶ余裕はなかった。生きるか死ぬかの別れ道に差し掛かっているのだから。だが樹塚町に引き返すという選択肢はないので、結局はこの小船で飛龍島へ渡ることになるのだろう。
トワの作った小船を砂浜まで運び、海に浮かべた。
船は見事に浮かんだが、あの遠くに見える島までこれで渡れるのか不安である。
「やっぱり船を買わない?」
「渋るな、小毬は。大丈夫だと言っているだろう。おそらく」
「おそらくって言ったよね、今」
「何事も確実ということはない。飛龍島の裏側に船をつけるが、もし運悪く警備隊に見つかれば……まぁ、この話は辞めておこう」
「何!? なんの話? 見つかるとどうなるの?」
「決まっている」
「なにが決まってるの!?」
「とにかく出るぞ。夜のほうが見つかりにくいが、夜目では岩壁にぶつかる可能性があるからな」
強引に促されて、小船に乗り込む。ぎしりと軋む船に座り込むと、トワもまた小船に乗り込んだ。もしかしたらそれだけで沈むんじゃないかと思ったが、小船は案外丈夫らしく、二人を乗せて海原へと旅立った。
最初こそトワのこぐオールを怖々と眺めていたが、次第に不安は消えていった。予想より小船は快適で、水漏れもなければ波に煽られて転覆することもない。今のところは、だが。
小船のうえでさらに船をこぎ始めていた小毬は、トワの声で意識が浮上した。
「どうしたの」
すでに海岸は遥か遠く、その分飛龍島が間近に迫っていた。辺りには岩礁が多く、一歩間違えばぶつかって難破しかねない。
「巡視船だ。頭を低くしていろ」
「巡視船?」
トワの振り返った方向を見れば、白い立派な船がこちらに向かってやってくるのが見えた。甲板のうえには紺色の服を着た人間の姿があり、人間の背後にはいくつもの窓がある箱のような建物が乗っかっている。大砲や見張り台、避雷針などのようなものも見えた。
小毬たちが乗っている船の二十倍はあるだろう。一船だというのに、随分と迫力がある。
それでも制作に三日かかり、途中で必要になった工具や足りなくなった資材などを買いに出たりもした。
辺りの薄闇が徐々に明るくなりつつあった。もうじき夜が明けるだろう。早朝のひんやりとした空気を吸い込みながら、小毬は言いにくそうに口をひらく。
「トワってお金どのくらい持ってるの?」
「必要最低限だな。必要になればまた取ってくる」
これまで買い出しのたびにトワから金を渡されていたが、新人種であるトワがなぜ金をこんなに持っているのか不思議だった。その事実が今明かされて、軽い眩暈を覚える。
「盗んできてたんだ」
「仕方あるまい。だが、なぜだ?」
「お金があるなら、船を一槽買うっていうのはどう? ちょっといいやつを」
小毬の提案に、トワは不機嫌そうな顔をした。
「大きな買い物はそれだけ足がつきやすい。あまり目立つことはしたくない」
「これだけ資材を集めたんだから、もうすでに目立ってると思うけど」
「とにかく、私が作ったのだからこれでいいだろう」
「でも、飛龍島ってあれなんでしょう?」
海を眺めた。まだ薄暗くて辺りははっきりと見えないが、晴れた日には遠くにぽつんと小さな島が見える。目を凝らさなければ見えないほどの大きさだが、それが飛龍島なのだそうだ。小毬自身、トワに言われて初めて気づいたほどに小さい。つまり、ここからかなり遠いということだ。
波は穏やかだが、沖に出てもそうとは限らない。途中で雨でも降れば、転覆は免れないだろう。
「トワは船で飛龍島からここまで来たの?」
「いや、別ルートで来た。私は丈夫だからな」
「つまり、トワくらいの回復力がないとそのルートは無理で、消去法として船で渡るしかないってことか」
「その通りだ。小毬は頭がいいな」
褒められたが、喜ぶ余裕はなかった。生きるか死ぬかの別れ道に差し掛かっているのだから。だが樹塚町に引き返すという選択肢はないので、結局はこの小船で飛龍島へ渡ることになるのだろう。
トワの作った小船を砂浜まで運び、海に浮かべた。
船は見事に浮かんだが、あの遠くに見える島までこれで渡れるのか不安である。
「やっぱり船を買わない?」
「渋るな、小毬は。大丈夫だと言っているだろう。おそらく」
「おそらくって言ったよね、今」
「何事も確実ということはない。飛龍島の裏側に船をつけるが、もし運悪く警備隊に見つかれば……まぁ、この話は辞めておこう」
「何!? なんの話? 見つかるとどうなるの?」
「決まっている」
「なにが決まってるの!?」
「とにかく出るぞ。夜のほうが見つかりにくいが、夜目では岩壁にぶつかる可能性があるからな」
強引に促されて、小船に乗り込む。ぎしりと軋む船に座り込むと、トワもまた小船に乗り込んだ。もしかしたらそれだけで沈むんじゃないかと思ったが、小船は案外丈夫らしく、二人を乗せて海原へと旅立った。
最初こそトワのこぐオールを怖々と眺めていたが、次第に不安は消えていった。予想より小船は快適で、水漏れもなければ波に煽られて転覆することもない。今のところは、だが。
小船のうえでさらに船をこぎ始めていた小毬は、トワの声で意識が浮上した。
「どうしたの」
すでに海岸は遥か遠く、その分飛龍島が間近に迫っていた。辺りには岩礁が多く、一歩間違えばぶつかって難破しかねない。
「巡視船だ。頭を低くしていろ」
「巡視船?」
トワの振り返った方向を見れば、白い立派な船がこちらに向かってやってくるのが見えた。甲板のうえには紺色の服を着た人間の姿があり、人間の背後にはいくつもの窓がある箱のような建物が乗っかっている。大砲や見張り台、避雷針などのようなものも見えた。
小毬たちが乗っている船の二十倍はあるだろう。一船だというのに、随分と迫力がある。
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