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第二章 飛龍島
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そんなことを考えていた小毬の頭を、トワが強引に押した。
「頭を下げろと言ってるだろうが」
「痛い痛い痛い。隠れろってこと? でもあの船こっちに来てるよ。絶対見つかると思うけど」
海原にぽつんと小船が浮かんでいるのだ。漁船が相手ならまだしも巡視船相手にやり過ごすことが出来るとは思えない。
トワは唸って、飛龍島を見た。
飛龍島はここから百メートルほど先と、かなり近い。もう一度巡視船を振り返れば、やはりこちらのほうへ移動してきている。ただ順路通り進んでいるのだと思いたいが、もしかしたらすでにこの小船は発見されているのかもしれない。
「あれに見つかるとどうなるの?」
「飛龍島からの脱走者として捕らえられ、拷問を受ける。最悪殺される」
「脱走、って。飛龍島に戻ってきたのに、脱走者扱いされるんだ」
それもおかしな話だが、こんな飛龍島近郊で捕らえられれば、確かに「戻ってきた」のか「脱走者」なのかは判別がつかないだろう。戻ってきたのだと説得しても、それは脱走という過程を経てのことなので、どの道捕まってしまう。
「仕方がない、船を捨てる」
トワはそういうと、ため息をついた。
「泳いでいくの?」
「ああ。泳ぎは得意か?」
「……あんまり。でも、これだけ岩礁があるんだから、捕まりながら移動できると思う」
「信じるぞ。このまま真っ直ぐ行っても上には上がれない。右へ行け。右側に陸に上がれる道が整えてある」
そう言うと、トワは近くの岩礁に小船を近づけた。小さな山のような大きな岩だ。
ぶつかるぎりぎりで止まり、小毬に岩礁へ移動するように促してくる。波に揺られる小船のうえでバランスを取りながら、岩礁に両手を伸ばした。
小毬はちらっと濁った海水を見て、下が果てしないことを確認する。身体が震えた。けれど、飛龍島はすぐ目の前だ。
新人種から見れば、小毬こそが異端者だろう。そんな小毬が易々と龍島に行けるわけがない。これは試練なのだ。これさえこなせたら、晴れて小毬は飛龍島へ足を踏み入れることができる。
そう思い、決死の思いで岩礁へと飛び乗った。巡視船に見つからないように、身体を半分海に沈めて、両手でしっかりと岩に掴まる。海水は冷たくもあったが、足がつかないことのほうに恐ろしさを感じた。
海に馴染みがない小毬にとって、水に浸かる機会などこれまでに学校のプールくらいしかない。
足がつかない水場など初めてで、覚悟をしていたとはいえ、このまま遥か深淵まで引きずり込まれてしまいそうで身体が震えた。
トワは小船を叩き割って沈めると、小毬と同じように岩礁に掴まった。
巡視船が近づくにつれ、死角になるような場所へ移動する。あの巡視船が通り過ぎたら、岩礁に掴まりながら海岸を目指そう。岩礁は途切れ途切れにそびえているが、何とか勢いをつければ移動できるはずだ。
波が小毬を襲う。息を止める間もなく一瞬で全身が海水に浸かり、鼻から海水を吸い込んでしまう。波が去って咳き込みながら、少しずつ岩礁沿いに移動した。このままここで待機していては、すぐに溺れてしまう。
巡視船が過ぎるまで待とうと思ったが、小毬の体力では無理そうだ。身体の奥底が冷え込むように感じる悪寒は、死という言葉が脳裏にちらついているからだろう。
巡視船やトワの居場所を確認している余裕などない。
ただがむしゃらに岩礁から岩礁へ移動する。近いと思っていた島だったが、こうして移動していると遥か遠くにあるように感じられた。
波にさらわれないよう用心深くいくつもの岩礁を移動し、大きめの岩礁までたどり着く。
飛龍島のほうへ細長く伸びたその岩礁を辿れば、島まで辿りつけるだろう。感覚のなくなってきた腕と、衣類がまとわりついて動きにくい身体を叱咤して、懸命に岩礁を移動する。
もうすぐだ、と思い一度動きを止めた。波のあいまに呼吸を整えて、目指す場所を明確にしようと飛龍島を見上げる。その瞬間、絶望が胸に広がった。目の前にそびえるのは、断崖絶壁と呼ぶにふさわしい崖だった。
(これじゃあ、登れない)
頭のなかが、パニックになる。
冷静になれ、と自分に言い聞かせるものの、岩礁に掴まっていた手は傷だらけで、体力もほとんど残っていない。それでも懸命に冷静を取り戻そうと、息を整える。
(あ、そうだ)
たしか、トワは右側に行けと言っていた。
それを思い出して、首を伸ばしながら断崖絶壁の右側を眺める。ここからではよく見えないが、断崖絶壁の下方に上陸できる陸地があるのが確認できた。
(あそこまで行けば)
小毬は息を大きく吸い込み、勢いをつけて目的の地面へ続く岩礁へ飛び移った。正確には、飛び移ったつもりだった。
大きな波に煽られてバランスを崩し、両手でしがみつく予定だった岩礁へ到達できず、何も掴まるもののない海へ放り出されてしまう。
岩礁へ向かって必死で泳ぐが、息が続かずに海水を飲みこんだ。息が苦しい。両手に力が入らずに、身体が海に沈んでしまう。どちらが上なのかさえ分からないまま、意識は遠くなっていく。
(死にたくない)
もっとトワのことを知りたかった。
ふと、沈んでいく小毬の腕を、誰かが強く引っ張った。沈みかけていた小毬は、岩礁のうえに引っ張り上げられる。
「頭を下げろと言ってるだろうが」
「痛い痛い痛い。隠れろってこと? でもあの船こっちに来てるよ。絶対見つかると思うけど」
海原にぽつんと小船が浮かんでいるのだ。漁船が相手ならまだしも巡視船相手にやり過ごすことが出来るとは思えない。
トワは唸って、飛龍島を見た。
飛龍島はここから百メートルほど先と、かなり近い。もう一度巡視船を振り返れば、やはりこちらのほうへ移動してきている。ただ順路通り進んでいるのだと思いたいが、もしかしたらすでにこの小船は発見されているのかもしれない。
「あれに見つかるとどうなるの?」
「飛龍島からの脱走者として捕らえられ、拷問を受ける。最悪殺される」
「脱走、って。飛龍島に戻ってきたのに、脱走者扱いされるんだ」
それもおかしな話だが、こんな飛龍島近郊で捕らえられれば、確かに「戻ってきた」のか「脱走者」なのかは判別がつかないだろう。戻ってきたのだと説得しても、それは脱走という過程を経てのことなので、どの道捕まってしまう。
「仕方がない、船を捨てる」
トワはそういうと、ため息をついた。
「泳いでいくの?」
「ああ。泳ぎは得意か?」
「……あんまり。でも、これだけ岩礁があるんだから、捕まりながら移動できると思う」
「信じるぞ。このまま真っ直ぐ行っても上には上がれない。右へ行け。右側に陸に上がれる道が整えてある」
そう言うと、トワは近くの岩礁に小船を近づけた。小さな山のような大きな岩だ。
ぶつかるぎりぎりで止まり、小毬に岩礁へ移動するように促してくる。波に揺られる小船のうえでバランスを取りながら、岩礁に両手を伸ばした。
小毬はちらっと濁った海水を見て、下が果てしないことを確認する。身体が震えた。けれど、飛龍島はすぐ目の前だ。
新人種から見れば、小毬こそが異端者だろう。そんな小毬が易々と龍島に行けるわけがない。これは試練なのだ。これさえこなせたら、晴れて小毬は飛龍島へ足を踏み入れることができる。
そう思い、決死の思いで岩礁へと飛び乗った。巡視船に見つからないように、身体を半分海に沈めて、両手でしっかりと岩に掴まる。海水は冷たくもあったが、足がつかないことのほうに恐ろしさを感じた。
海に馴染みがない小毬にとって、水に浸かる機会などこれまでに学校のプールくらいしかない。
足がつかない水場など初めてで、覚悟をしていたとはいえ、このまま遥か深淵まで引きずり込まれてしまいそうで身体が震えた。
トワは小船を叩き割って沈めると、小毬と同じように岩礁に掴まった。
巡視船が近づくにつれ、死角になるような場所へ移動する。あの巡視船が通り過ぎたら、岩礁に掴まりながら海岸を目指そう。岩礁は途切れ途切れにそびえているが、何とか勢いをつければ移動できるはずだ。
波が小毬を襲う。息を止める間もなく一瞬で全身が海水に浸かり、鼻から海水を吸い込んでしまう。波が去って咳き込みながら、少しずつ岩礁沿いに移動した。このままここで待機していては、すぐに溺れてしまう。
巡視船が過ぎるまで待とうと思ったが、小毬の体力では無理そうだ。身体の奥底が冷え込むように感じる悪寒は、死という言葉が脳裏にちらついているからだろう。
巡視船やトワの居場所を確認している余裕などない。
ただがむしゃらに岩礁から岩礁へ移動する。近いと思っていた島だったが、こうして移動していると遥か遠くにあるように感じられた。
波にさらわれないよう用心深くいくつもの岩礁を移動し、大きめの岩礁までたどり着く。
飛龍島のほうへ細長く伸びたその岩礁を辿れば、島まで辿りつけるだろう。感覚のなくなってきた腕と、衣類がまとわりついて動きにくい身体を叱咤して、懸命に岩礁を移動する。
もうすぐだ、と思い一度動きを止めた。波のあいまに呼吸を整えて、目指す場所を明確にしようと飛龍島を見上げる。その瞬間、絶望が胸に広がった。目の前にそびえるのは、断崖絶壁と呼ぶにふさわしい崖だった。
(これじゃあ、登れない)
頭のなかが、パニックになる。
冷静になれ、と自分に言い聞かせるものの、岩礁に掴まっていた手は傷だらけで、体力もほとんど残っていない。それでも懸命に冷静を取り戻そうと、息を整える。
(あ、そうだ)
たしか、トワは右側に行けと言っていた。
それを思い出して、首を伸ばしながら断崖絶壁の右側を眺める。ここからではよく見えないが、断崖絶壁の下方に上陸できる陸地があるのが確認できた。
(あそこまで行けば)
小毬は息を大きく吸い込み、勢いをつけて目的の地面へ続く岩礁へ飛び移った。正確には、飛び移ったつもりだった。
大きな波に煽られてバランスを崩し、両手でしがみつく予定だった岩礁へ到達できず、何も掴まるもののない海へ放り出されてしまう。
岩礁へ向かって必死で泳ぐが、息が続かずに海水を飲みこんだ。息が苦しい。両手に力が入らずに、身体が海に沈んでしまう。どちらが上なのかさえ分からないまま、意識は遠くなっていく。
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