新人種の娘

如月あこ

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第二章 飛龍島

7、

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 トワの家は、海岸からほど近い――大体、二百メートルほどの場所にあった。
 どっしりと構えた瓦屋根の古風な一軒家だが、小毬の地元である樹塚町にあった家屋とは少し違う。どこが違うのか、と考え始めて、すぐに気がついた。
 樹塚町にある民家も古くゆかしいが、ほとんどが部分的に近代化しているのだ。改修工事をするたびに、便利さや丈夫で安価な素材を使用しているためだろう。
 例えば、ここの家屋をぐるりと囲んでいるのは、大小様々な石を組み合わせて積み重ねた壁である。だが、樹塚町にある家のほとんどは、鉄のフェンスや洋風を取り入れたレンガなどを用いているのだ。最近では屋根にソーラーパネルをつけ、火を使わず電気を使って生活する家も多くなってきている。
 トワの家は、そういった「近代」の匂いが一切しない。日に焼けた、だが立派な瓦が屋根に並び、雨どいは竹で出来ている。壁は白の漆喰で、ここから見渡せる庭には小毬の背丈ほどの石の灯籠があり、手前には池のようなものが見えた。
「すごい立派な家だね」
「ここらの家は、どれもこんなものだ。しばらく留守にしていたから、あちこち痛んでいるかもしれないな」
 そう言って、トワが玄関のドアに手をかける。
鍵はかけていないようで、木枠に擦りガラスをはめ込んだ引き戸は横にスライドするだけで簡単に開いた。
 そこは、土間だった。
 正面玄関ではなく、裏口なのかもしれない。
 小毬は土間に足を踏み入れて、そこで立ち止った。上がり框に足をかけたトワが、訝しげに振り返る。
「何をしている。あがれ」
「私、びしょびしょだよ。靴を穿いてないから、足の裏は泥だらけだし」
「……ああ、そうだった。今何か拭くものと着替えを――」
「本当だったんだね」
 第三者の声は、小毬の背後から聞こえた。
 驚いて振り返ると、二十歳ほどの青年が戸口の前に立っている。勿論、彼もまた新人種だ。鼻筋の通った、整った顔立ちをしている。
 トワは彼を見て、大きく目を見張った。
「おお、久しいな」
 そう言いながら、トワは濡れた上着を脱いだ。
「悪いが、今帰宅したところなんだ。用があるなら、着替えてからでも構わないか」
「別にいいけど。百合子のやつが、言いふらしてるよ。トワの帰還と、あと」
 ちら、と青年が小毬を見る。
「トワが、『ヒト』を連れ帰ってきたって」
「構わんだろう」
「僕は構わないけどね。ひと波乱ありそうで、心配なんだよ」
 そう言いつつ、青年は小毬に向かって片目をつぶってみせた。唖然とする小毬の隣でため息をつく声が聞こえたかと思うと、トワはそのまま家の奥へと入って行った。
「あ、あの。……はじめまして」
 何か言わねば。
 自己紹介せねば。
 そう思い、がちがちに緊張しながらも、なんとか口をひらく。
「小毬です。よ、よろしく、お願いします」
「了解。小毬ちゃんね、よろしく。僕はトワの……弟子、かな」
「弟子、ですか」
「そう。まぁ僕に限らず、今この島を仕切ってるやつらはほとんどトワの弟子みたいなものだけどね」
 青年は上がり框に座ると、じっと小毬を見つめてくる。
「よくここにくる決意をしたね。知らないかもしれないけど、僕たちは『ヒト』が嫌いだ。トワは中立を貫いてるから、まぁ、ヒトにも甘いけど。悪いことは言わない。今からでも、この島を出ていったほうがいい」
 心臓が凍ったような気がした。
 やはり、小毬は歓迎されていないのはもちろん、ここに居てはいけない存在なのだ。どれだけ他者に迷惑をかけずに生きていこうかと悩んでいたのに、ここにいるだけで反感を買うのなら、小毬の居場所はここにはない。
 けれど。
 ぐ、と拳を握りしめる。
「出ていきません」
 きっぱりと告げた。
「行くところがないんです。ここに置いてください」
「行くところがない? ヒトなのに? いくらでも本土で暮らせるんじゃないの?」
「小毬は私を匿ってくれた。私は小毬に助けられたんだ」
 戻ってきたトワから、手ぬぐいと灰色の上下服を受け取る。部屋着のようなだぼっとした大きめの服だが、着替えがあるだけ有難い。
「足だけ拭いて、奥で着替えてくるといい」
 素直に頷いて、トワに言われるまま奥の座敷へと上がった。
 土間からかすかに聞こえてくる声は、音に近くて何を言っているのかは聞き取れなかった。
 その、音のようなもどかしい声を聞きながら、小毬は身体を拭きつつ服を着替えた。浴衣と甚平を足して二で割ったような白い上衣を身体に撒きつけるようにして羽織り、濃紺色の古びたズボンは、裾を何度も折ることでなんとか穿けた。
「……だぼっとしてる」
 鏡はないが、随分と格好悪い姿になっているだろう。
 脱いだ服を畳み、バスタオルで包んだ。
バスタオルごと服を抱え込んで、土間へと戻る。上がり框に腰をかけていたトワが、振り返った。
「あれ、さっきの人は?」
「帰った。集会場に皆を集めてくれるそうだ」
「何かはじまるの?」
「小毬を紹介する」
 息をつめる。
 紹介、と小さくつぶやく。
 ふと、トワは口元を緩めた。
「緊張しなくてもいい。大丈夫だ、私がいる。……多少強引かもしれないが、皆を納得させる理由も考えた」
「……ありがとう」
 そう告げるものの、すでに身体は緊張から強張っている。大勢の前に立つ機会などこれまでに数えるほどしかなかったせいもあるが、先ほどの百合子のように露骨な拒絶をされたらと思うと、なんだかトワに申し訳がないような気がした。
 小毬が我侭を言って、ここまで着いてきたのだ。
 皆から反感を買えば、それだけトワの立場が悪くなるだろう。迷惑はかけないと言ったのに。
 小毬はトワに連れられて、集会場を目指した。故郷でもほとんど見なくなった舗装されていない土道、その左右へまばらに並ぶ日本家屋は、どこか懐かしい気分にさせる。トワの家とよく似た屋敷からは、ぽつぽつと遠巻きに新人種たちがこちらを眺めていた。当然だが、小毬のように髪の黒い者は一人もいない。
 ぺたぺた、というトワに借りた草履の音を響かせながら、そっと息をつく。
「……浮かない顔だな」
 ふいに、トワが告げる。
「心配か?」
「うん。今更だけど、なんだか大変なことをしてるような気がして。私が連れてってトワに頼んだから、トワの立場を悪くしちゃうかもしれない」
 そう告げると、トワは肩を揺らした。
 おかしそうな笑い声が、小毬をきょとんとさせる。
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