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第二章 飛龍島
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「頼まれても、嫌なら断るさ。小毬を連れていこうと決めたのは、私だ。私自身の意志で決めたことであって、そこに小毬が心を痛めることはない」
「でも」
「私の意志は、誰にも左右させない」
その言葉に、小毬は静かに身体を強張らせた。知らずのうちに足を止めかけていたことに気づいて、徐々に遠くなるトワの後を早足で着いていく。
トワの意志。そこには、例え小毬であっても介入できない。それはつまり、小毬の言葉ごときにトワの意志を変える力はないのだ、と。驕るな、と。そう言われているような気がした。
トワは小毬を励まそうとして言ってくれただろうに、トワの言葉で傷ついている自分がいる。そんな自分が馬鹿みたいで、なんだか逆に吹っ切れた。
(私は、トワに望まれてここにいる)
その決定に、小毬は介入していない。トワが望んで、トワが決めて、トワが選んだことなのだ。
自分に言い聞かせて、ぐっと顔をあげた。
「あそこが、集会場だ」
なだらかな登り坂の先に、『飛龍島公園』と看板がかかった公園があった。どことなく育った児童養護施設を彷彿とさせるが、遊具などは一切なく、公園というよりは広場に近しい。規模もこじんまりとしている。
そんな公園の奥に、建物があった。
平屋の木造建築物で、なぜかドラム缶が建物の周りを囲っている。
「公民館みたいだね」
「まさにその通りだ。何かあると、皆ここに集まることになっている」
あのドラム缶はなに? と聞こうとしたとき、公民館の戸がひらいた。顔をのぞかせたのは、つい先ほどトワの家に来ていた青年だ。
「来たみたいだね。みんな集まってるよ」
「随分と早いな」
「みんな、トワの帰りを心待ちにしてたから」
トワは苦笑をして、青年が大きく開いた戸をくぐる。小毬もぺこりと青年にお辞儀をしてから、戸をくぐった。
目前には襖があった。
この向こうに新人種たちが大勢いることは、玄関に脱ぎ捨てられた草履の多さから容易に想像がつく。
トワが肩ごしに振り返る。無言で小毬の頭を優しく撫でた。大丈夫だ、と彼の翡翠色の目が優しい色を灯す。
小毬は小さく頷いて、精一杯笑ってみせた。
トワは前を向き直ると、襖をひらく。
そこは十畳ほどの、畳の部屋だった。
ざっと見て、十人以上の新人種がいる。年齢は皆、十代後半から二十代前半ほど。揃いも揃って髪が緑色だが濃淡は様々で、黒に近い緑の者もいれば色素の薄い透明感のある緑色の者もいた。瞳の色も、一環して同じというわけではないらしい。
ただし。
小毬を見る瞳が、ぎらぎらと光っているのは同じだった。
「さあトワ。説明してちょうだい」
真っ先に口をひらいたのは、海岸で出会った百合子という少女だった。不機嫌そうに腕を組み、小毬を睨みつけてくる。
「ここは、私たちの住処よ。よそ者を――『ソトの人間』を入れるなんて、どうかしてるわ」
「まぁまぁ、落ち着いて。トワはついさっき帰ってきたんだ。まずは、無事帰還したことを祝うべきじゃないかな」
そう取り成したのは、先ほど出迎えてくれた青年だった。
「豪理(ごうり)、あんたは黙ってて」
百合子はそう言うと、さらに不機嫌な顔になり、そっぽを向いてしまう。豪理というのが、どうやら彼の名前らしい。
様子を伺っていたほかの者たちが、ぽつぽつとトワに挨拶をはじめた。
小毬は黙ってそれを見ていたが、トワは彼らにとって特別な存在である、というのを感じ取れた。皆が皆、言葉の端々からトワに敬意を払っているように思えたし、中にはトワの帰還について涙を浮かべて喜ぶ者もいた。
一通り挨拶が終えると、トワはげふんげふんと露骨に咳払いをした。
「皆に、紹介したい者がいるんだ」
(――きた!)
トワが小毬の背をそっと押す。
「小毬だ。私が連れてきた」
紹介は完結だった。
皆の視線が、小毬へ向く。舐めるように全身を見つめられて、居た堪れない。拳を握ることで、なんとか下を向いてしまわないように耐えた。
「でも」
「私の意志は、誰にも左右させない」
その言葉に、小毬は静かに身体を強張らせた。知らずのうちに足を止めかけていたことに気づいて、徐々に遠くなるトワの後を早足で着いていく。
トワの意志。そこには、例え小毬であっても介入できない。それはつまり、小毬の言葉ごときにトワの意志を変える力はないのだ、と。驕るな、と。そう言われているような気がした。
トワは小毬を励まそうとして言ってくれただろうに、トワの言葉で傷ついている自分がいる。そんな自分が馬鹿みたいで、なんだか逆に吹っ切れた。
(私は、トワに望まれてここにいる)
その決定に、小毬は介入していない。トワが望んで、トワが決めて、トワが選んだことなのだ。
自分に言い聞かせて、ぐっと顔をあげた。
「あそこが、集会場だ」
なだらかな登り坂の先に、『飛龍島公園』と看板がかかった公園があった。どことなく育った児童養護施設を彷彿とさせるが、遊具などは一切なく、公園というよりは広場に近しい。規模もこじんまりとしている。
そんな公園の奥に、建物があった。
平屋の木造建築物で、なぜかドラム缶が建物の周りを囲っている。
「公民館みたいだね」
「まさにその通りだ。何かあると、皆ここに集まることになっている」
あのドラム缶はなに? と聞こうとしたとき、公民館の戸がひらいた。顔をのぞかせたのは、つい先ほどトワの家に来ていた青年だ。
「来たみたいだね。みんな集まってるよ」
「随分と早いな」
「みんな、トワの帰りを心待ちにしてたから」
トワは苦笑をして、青年が大きく開いた戸をくぐる。小毬もぺこりと青年にお辞儀をしてから、戸をくぐった。
目前には襖があった。
この向こうに新人種たちが大勢いることは、玄関に脱ぎ捨てられた草履の多さから容易に想像がつく。
トワが肩ごしに振り返る。無言で小毬の頭を優しく撫でた。大丈夫だ、と彼の翡翠色の目が優しい色を灯す。
小毬は小さく頷いて、精一杯笑ってみせた。
トワは前を向き直ると、襖をひらく。
そこは十畳ほどの、畳の部屋だった。
ざっと見て、十人以上の新人種がいる。年齢は皆、十代後半から二十代前半ほど。揃いも揃って髪が緑色だが濃淡は様々で、黒に近い緑の者もいれば色素の薄い透明感のある緑色の者もいた。瞳の色も、一環して同じというわけではないらしい。
ただし。
小毬を見る瞳が、ぎらぎらと光っているのは同じだった。
「さあトワ。説明してちょうだい」
真っ先に口をひらいたのは、海岸で出会った百合子という少女だった。不機嫌そうに腕を組み、小毬を睨みつけてくる。
「ここは、私たちの住処よ。よそ者を――『ソトの人間』を入れるなんて、どうかしてるわ」
「まぁまぁ、落ち着いて。トワはついさっき帰ってきたんだ。まずは、無事帰還したことを祝うべきじゃないかな」
そう取り成したのは、先ほど出迎えてくれた青年だった。
「豪理(ごうり)、あんたは黙ってて」
百合子はそう言うと、さらに不機嫌な顔になり、そっぽを向いてしまう。豪理というのが、どうやら彼の名前らしい。
様子を伺っていたほかの者たちが、ぽつぽつとトワに挨拶をはじめた。
小毬は黙ってそれを見ていたが、トワは彼らにとって特別な存在である、というのを感じ取れた。皆が皆、言葉の端々からトワに敬意を払っているように思えたし、中にはトワの帰還について涙を浮かべて喜ぶ者もいた。
一通り挨拶が終えると、トワはげふんげふんと露骨に咳払いをした。
「皆に、紹介したい者がいるんだ」
(――きた!)
トワが小毬の背をそっと押す。
「小毬だ。私が連れてきた」
紹介は完結だった。
皆の視線が、小毬へ向く。舐めるように全身を見つめられて、居た堪れない。拳を握ることで、なんとか下を向いてしまわないように耐えた。
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